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46. 何も…
しおりを挟む「来てくれてありがとう。」
侍女を下がらせた後、やっと言えた言葉に『違うだろ!』と自分で突っ込みを入れたくなった。
他にもっと言わなければいけない言葉があるだろ。
「こちらこそ手続きをお任せしてしまって申しわ…」
「違う!謝らないといけないのは、俺の方だ。色々と…すまなかった。君を傷つけてしまって…。」
下げた頭を上げ、彼女を見た。
少し首を傾げ、悲しげに微笑むその表情に、胸が痛む。
「いいえ、閣下が謝られるような事は何も…。王命とはいえ、心から想う方が居られたのに私と婚約せねばならなかった事、申し訳なく思っております。」
ショックだった。
彼女の口から出た、“閣下”、“心から想う方”という言葉に…。
「フ、フラン…聞いてくれ、俺は…」
「閣下…閣下は私に言い訳せねばならないような事は何もないと思っております。」
「いや、そんな事は…婚約者を蔑ろにした事は事実で…。」
「いいえ、婚約者と言っても王命だっただけですし…。他に想う方が居られたのですから、致し方無かったかと…。」
彼女から拒絶されている事に打ちのめされる。
いくらクラウディアに、そう思わせなければいけなかったとはいえ、彼女が傷つく事も、俺が後悔する事も、誤算だった。
そう。俺が彼女に心惹かれる事は誤算だった。
クラウディアを愛しているとフランに誤解される事も…。
誤算だったのだ。
言い訳すらさせてもらえないとは…。何よりクラウディアを愛していると誤解され、フランを傷つけてしまった。
「フラン、聞いてくれお…」
「もう、いいのです。」
「いや、そうじゃ…」
「ご心配無く。元より契約だけの仮初めだったのですから。閣下が責任を感じるような事は何も…。」
穏やかな口調で言う。
そんな彼女に
「違う、違うんだ!聞いてくれ!俺は君を…」
「いえ、本当にお気遣い無く。それよりも書類を…サインをしますので。」
それ以上何も言えず、書類を取り出してテーブルの上、何も置かれていない所に置いた。
フランにペンを手渡すと、何の躊躇いも無くサインする。
それが又、アルベルトの心を容赦なく抉るが彼女は気付かない。
その事に胸を痛めながらも、契約結婚の書類を書類箱から取り出した。
サインし終わったフランも書類を取り出す。
「フラン。」
「何でしょうか?」
「申請書が認可されたら、正式に解消という事になる。それまでは、俺の婚約者でいてくれないか?」
疑問に思ったのか、首を傾げる。
「頼まれなくとも、認可されるまでの間、書類上は婚約者だと理解しておりますが…。」
堪らず彼女の傍に移動した。
そして、その手を取り、両手で包むように握る。
手を引き抜こうとしているのが分かったが、離すつもりなど無い。
彼女の顔を見上げ、
「違う。違うんだ。指輪も花も…何も無いのに、こんな事を言っても信じてもらえないかもしれないが…俺と結婚してくれ!」
フランが固まってしまった。
が、すぐに立ち直って
「はあッ!?」
「え?」
「何を言っているんですか?たった今、サインしましたよね?」
「あ、ああそうだ。だが、それは…」
「契約結婚の書類も破棄するんですよね?違いますか?」
「いや、それは…」
フランが怒って…いる?
「聞いてくれ!結婚して欲しい。王命なんかじゃ無く、俺がフランと結婚したいんだ。」
「へ?」
キョトンとした彼女が…可愛い。
可愛くて…つい…
バシッ!ベシッ!
彼女の唇に軽く口づけただけなのに…。
往復ビンタを食らった。
「い、いきなり何するんですか!?」
「いきなり…じゃなかったらいいのか?」
「ダメに決まってます!」
『本当に、いきなり何て事するのよ!』
女嫌いじゃなかったの?
…じゃなくて…。
訳が分からない!
「結婚も、契約結婚じゃなくて、本当に結婚したいんだ。一生、フランと一緒に居たい。」
一瞬で、茹でダコのように真っ赤になった彼女。
触れたくて一歩近づいたら、三歩が下がられた。
『何で?!何でだよ。』
「…分かった。座るよ。座るからフランも座って。」
取り敢えず、書類の方を先に片付ける事にした。
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