優しすぎる貴方

雫喰 B

文字の大きさ
上 下
4 / 40

4.優しすぎる貴方

しおりを挟む
あれから5日経ち、今日は両家の話し合いと言っても、婚約破棄の話し合いです。

そして、婚約破棄に伴う条件等を決める為のものです。

婚約破棄の話をする前に、彼が謝罪をしたいと言うので、それを聞く事にしました。
彼は私に向かって、不貞行為をして申し訳なかった。すまなかった。と言って頭を下げました。

けれど、次に続いた言葉に絶句しました。

「マグダレーナ、君の事を今でも愛しているんだ。彼女の事は、妹の様に思っていて、支えてあげたかっただけだ。けれど慰めているうちに、魔が差したと言うか、彼女に誘惑されてあんな事になってしまって、後悔している。もうこんな事は二度としない。できればやり直したい。お願いだ!本当に愛していて、妻にしたいのは君だけなんだ!!」

私は、一瞬彼が何を言っているのか分かりませんでした。
優しい彼は、私を傷つけてしまったから、その償いがしたいのでしょうか?
愛していると言っていましたが、家族や友人に対する、親愛や友愛の情でしょう。
本当に愛していて妻にしたいのは、彼女だけのはずです。
だって、私はあんなに熱い目を向けられた事などありません。
あんなに、愛おしくて、宝物の様に力強く抱き締められた事も…。

私には、罪悪感から償いをしたいと思っているだけなのです。
きっとそうなのでしょう。
優しすぎるぐらい優しい人なのですから。

でなければ、そう言った後でこんな信じられない様な事を言ったりはしないでしょう。

「ただ、離縁され身も心も傷付いて可哀想な彼女を、切り捨てる事など出来ない。勿論、彼女には愛情は無い。同情や家族に対する情しかない。妻にしたくて、一生側にいて欲しいと思って愛しているのは君だけだ。けれど、魔が差したとはいえ、関係を持ってしまった彼女を切り捨てる事など出来ない。責任をとる意味で結婚後、彼女を家族として、支えてあげる事を許して欲しい。」

やっぱり、彼は優しすぎるぐらい優しい人だわ。
私と彼女に、責任を取りたいと本気で思っているのね。

けれど、私には無理だわ。
貴族家の女として産まれたなら、愛人の存在も許してあげないといけないと言われても、心の狭い私には絶対に無理。出来ない。
たとえ、愛人にするのではなく、家族として支えたいと言われても…。

そんな狭量な私には、彼の様に優しい(優しすぎる)人と結婚するのはムリ。

だから、そう言う事にした。

「リンドブルム侯爵令息様。やっぱり貴方は、優しい(優しすぎる)人なのですね。けれど、無理なのです。こんな狭量な私には、貴方のおっしゃる事を全て受け入れる妻になる事は無理ですわ。」

「レーナ、君を愛しているんだ!…けれど、関係を持ってしまった今、彼女に対する責任もあるのを分かって欲しい。」

最後に私の愛称である、レーナと呼んでくださいますのね。本当に優しい方。

「ですから、婚約を破棄しましょう。私さえいなければ、彼女只一人を愛する事が出来るのです。そして、二人で幸せになれますわ。」

「嫌だ。君を失いたくない。」

「コンラート様、お願いします。最後のお願いなのです。私は、もうこれ以上、お二人の幸せの邪魔をしたくないのです。分かって下さい。」

そう言うと、彼の顔は青くなり、俯いてしまった。
けれど、嫌味でも何でもなく、本当にそう思っているのです。お二人には幸せになって欲しいと。

私は、婚約破棄の書類にサインをして、彼と話す事はもう無いと告げ、後の条件等の話し合いは両親にお願いすると、応接室から出て行った。

そして、暫く一人になりたいと侍女に告げ、自室に入った。

長椅子に腰掛け、肘置きに凭れ掛かって溜め息を吐いた。
酷い倦怠感を覚えた。精神的な疲労も…。

けれど、不思議と心は薙いでいた。
あんなに彼の事を愛していたはずなのに…。

私は本当は、冷たい人間だったのでしょう。
だって、優しい(優しすぎる)彼の、償いたいという気持ちを理解出来ないどころか、許せないのだから…。

ならば、あの時ドアを開けたのは間違いでは無かったのでしょう。
所詮、優しい(優しすぎる)彼の隣に居れる様な人間ではなかったのだから。
彼の気持ちを聞いた今では素直にそう思えた。

…終わったのだ。何もかも。
彼と私の未来なんて、最初から無かったのです。

この先、彼は彼女と結婚して、死ぬまでその愛を貫き、幸せな家庭を築いていくのでしょう。

そう思って、心が千切れる様な痛みを堪え、真実に愛し合う二人に幸せになって欲しくて、彼を諦めたのです。

なのに、これで終わりでは無かった…。

この時の私は、今は悲しくとも、いつか前を向いて、明日に向かって歩いていけると、本当に信じていたのです。

けれど、それは叶わなかった。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

どうやら貴方の隣は私の場所でなくなってしまったようなので、夜逃げします

皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。 完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。

処理中です...