願わくは…

雫喰 B

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── 第一章 ──

23. 誕生

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    ジジが仕事に復帰したのはいいけど、やはり口さがない連中というのは居るもので、対外的には気にしていないように見える彼女も、内心では傷付いていると思う。

    そんな彼女を見ていられなくて、一度聞いた事があった。

「辛いようなら、辞めるか、再度休職でもするか?それで、一緒に住もう。俺の留守中に家の事を取り仕切って…。俺の帰りを待っていてくれたら嬉しい。」

    だが、俺の言葉を聞いた彼女は寂しそうに笑うと、

「そう言ってもらえるのは嬉しい。でも、あなたを待っている間、きっと悪い事や、嫌な事を考えてしまうわ。…だから、もう少し頑張ってもいいかしら?」

    俺は彼女を抱き締める事しか出来なかった。励ます言葉や、慰める言葉をかける事も不器用な俺の頭には思い浮かばなかった。
  
   こんな時に、気の利いた言葉がスラスラ出てくる奴が羨ましい。

「気の利いた言葉をかけてやる事が出来ない男ですまない…。」
「バカね。その方があなたらしいから、信じられるのよ。」

  『マジ可愛い。今すぐ囲い込みたい!』

    が、副官の咳払いによって阻まれた。

『ぬーん…。』(眉間に皺が寄る。)

    邪魔しやがって…。と思うが仕方ない。ここで仕事を放り出すような男は、ジジが嫌いなタイプだからな。

    彼女のおでこに軽く口付け、

「じゃあ、終業時間まで一緒に仕事頑張るか。」
「はい!」

    そう言ったら、極上の笑顔付きの返事が返ってきた。

    先ずは、俺に気持ち悪い愛称を付けてくれた、お色気が、突き抜けて過剰な娘の家を探らせるか。

    見るからに、叩かなくても埃が(大量に)出そうな親子だったからな。
    色々出てくるのを期待して部下に命じた。


~~~~~

━  同年・12月初旬、ローエングリン公爵邸  ━


    アルフォンスは、ベッドの上で悔し涙を流していた。
     
    ル-イ(ルイーゼ)が、初めての出産で何時間も苦しんでいるというのに、何故こんな所にいなくてはいけないのか…。

    せめて彼女の手を握っていてやりたいのに!

    だが、二人に病気が移したりしたら、と考えると暫く会えない。

    ベッドの上で、悶々として既に10時間以上経過しているが、「産まれた!」と言って来ない。

    ひょっとして、忘れられているのか?と思ったりもするが、違うらしい。

    時間と共に、不安になってくる。
    彼女は?お腹の子は?
    だが、それに答えてくれる者はいない。

    ここにいる自分に分かるのは、早朝から使用人達が慌ただしく、バタバタと走り回り、邸内に緊張感が漂っている事だけ…。

    そんな中、使用人を呼び出すベルを何度も鳴らす訳にもいかず、壁に掛かった時計と睨み合っている。

    ベッドから出て、様子を見に行きたい!
    が、既に一度見つかって、義母からこっ酷く叱られたのだ。
    これ以上は流石にマズいだろう。

    まだか!
    まだなのか!

    何度も時計を見るが、さっき見てから5分も経っていない。
    俺の中では何時間も経っているのに!

    お陰で、朝食も昼食も喉を通らなかった。

    名前は既に決めてあった。
    男児なら、ミハイル
    女児なら、マグダル

    どちらでもいい!元気で産まれてきてくれ!!

    コンコン

    扉がノックされた!

    飛び起きて、入室を許可した。
    が、入ってきたのは、侍女と食事を乗せたワゴンだった。

    ガックリと肩を落とす俺を見て、侍女がクスクス笑う。

「ご心配なのは分かりますが、早くお子様を抱っこ出来るように、元気になって下さいませ。」

    と言われてしまった。
    尤もである。
    耳を垂れ、シュンとした子犬のようになってしまった俺の姿に、顔を横に向け、肩を小刻みに震わせている。

    絶対、笑っているだろ?

    妻が産みの苦しみに堪えているというのに、夫である俺は駄目だな。
    自虐的な気分になる。

    そして、やはりというか、夕食も喉を通らなかった。

    まだなのか?まだ産まれないのか?

    悪いとは思ったが、もう堪えられなかった。使用人を呼び出す為にベルを鳴らした。

    ノックの後、扉が開き、侍女が顔を出した。

「お呼びでしょうか?」

    眼の前にいる侍女に尋ねた。

「もう、17時間以上経つが、まだ産まれないのか?医者は?医者は何と言っている?」

     矢継ぎ早に質問する俺に、まだ新人の侍女がオロオロし出した。

「まだ慣れていないのにすまない。誰か…侍女長か執事にでも…。」
「畏まりました。」

    酷く焦ったように、バタバタと駆け出して行く。

    初産の場合、時間が掛かるのは何度も聞いたから分かっている。だが、長時間に及ぶ出産の場合、あまり時間が掛かりすぎると母子共に、掛かる負担が大きいと聞いた事を思い出して、気が気ではない。

    その時、外が騒がしくなった。
    ノックも無く扉が開き、執事のオイゲンが息も絶え絶えに、

「お…お産まれ…に…おと、男の子…です!…母子…ともお元気で…。」

    言い終わるなり、その場に座り込んだ。

    俺も、彼が告げた言葉を理解するまで、少し時間が掛かった。

    今、オイゲンは産まれたと…?
    男の子だと…。
    母子とも元気!

「やった-ッ!!お、おい、オイゲン!ルイーゼに労いの言葉を、有り難うと伝えてくれ!!」

    立ち上がった彼は、膝が笑っているようだったが、部屋から駆け出して行った。

    俺がルーイとミハイルに対面出来たのは、それから一週間後の事だった。
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