願わくは…

雫喰 B

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── 第一章 ──

22. 結婚延期

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    俺は一刻も早くジジに会いたかった。が、暫く会えない日が続いた。
    仕事に行けば会えると思っていた。

    しかし、彼女は休職扱いとなっていて職場でも会えなかった。

    そして、人の口に戸は立てられないもので、彼女が誘拐された事件は、あっという間に宮殿内に広がった。

    しかも、広がった噂は事件の事だけじゃなかった。
    俺とジジの婚約がされ、結婚話も無くなった。などという巫山戯た内容の噂が真しやかに囁かれた。

    そんなある日、父から呼び出された俺は、結婚延期の決定を告げられた。

    「何でだ!」、「横暴だ!」と怒りに任せ父に詰め寄ったが、

「予定通りに式を挙げて、すぐに子ができれば、ギーゼラも子も、謂われ無き誹謗、中傷に傷つく事になるが、お前はそれでいいのか?」

    と言われて、ハッとなった。

    突ける所は、それこそ重箱の隅を突くように突く貴族社会。
    そんな中で、噂が彼女や子の耳に入らないようにする事など不可能だ。

    故に、婚約の解消は絶対に有り得ない。結婚も噂が収まれば式を挙げていい。結婚出来ない訳では無いからと、説得され渋々頷いた。

    なのに、邸や職場には結婚を申し込む封書が大量に届き、部下や受付からも苦情が寄せられた。

     邸も同じ状況だったので、使用人達に謝れば、「風呂やお湯を沸かす時の焚き付けに困らない上に、薪を節約出来て助かっている。」と、ニッコリと言われた時には笑ってしまった。

    と同時に、良い使用人に恵まれた事を感謝した。

    ただ、ここだけの話、噂を聞きつけた侍女達に

「ギーゼラ様との婚約を破棄して、結婚を取り止めたというのは本当ですか?」

    と、取り囲み、詰め寄られた時には、チビりそうになった。
    (あの鬼気迫る、殺気立ったオーラは、経験した者にしか分からない。(涙目))

    そして、筆不精だった俺は、筆マメに進化した。
    せっせと手紙を書き、彼女に送った。時には花を、また、ある時にはプレゼントを添えて。

    そして、人の噂も七十五日と言われる頃、彼女が職場に復帰した。

    長かった…。いや、本当に長かったのだ。

   何せ、結婚の申し込みは封書だけでは無かったのだから…。

    何をトチ狂ったのか、着飾った娘を連れて 俺の執務室まで押し掛ける輩が大勢いたのだ。

    兎に角、ジジの顔を見る事が出来て幸せだった。

    なのにその幸せをぶち壊す、頭のネジがぶっ飛んだ親子が来た。

「ウル様ぁ~、会いに来ちゃいましたぁ~」

    受付もノックも無しで、いきなり扉を開けて現れた、頭の中がお花畑の女が一人。その後ろから、大量の汗をかき、水分量が飽和状態のハンカチで汗を拭う巨漢が、ひーひー言いながら歩いて来ている。

「チッ!また来やがった。」
「ええ、また来やがりましたね。」

    嫌悪感丸出しで、思い切り舌打ちをした俺を、ジジが苦笑して見ている。

「ウル様ぁ、今度ぉディナーをご緒しません事ぉ。今日こそ頷いて頂きますわよン。」
「いや~、申し訳ありませんなぁ。イライザが、どうしてもと言って聞きませんでして…。ふぅ。健気ですよねぇ。 愛する男に尽くす姿。ウルリッヒ殿もそう思いますよね。ふぅ。」

    汗をかきかき、ふぅ。ふぅ。と息継ぎしながら話す男爵。

「嘘を吐くな!何処が健気だ、尽くされた事などないぞ。大体、その女の名前すら今まで知らなかったぞ!」

    強い口調で言ったにも拘らず、

「やっだ~ぁ、ウル様ってば冗談ばっかり~ぃ。」

    蟀谷がヒリヒリ痛む。それに、妙に甲高い声で耳の奥まで痛い。

「誰かコイツを黙らせろ!いや、今すぐ叩き出せ!」

    貴族家の若い令嬢達は、頭の中がお花畑な奴しかいないのか?!
    出来れば、そんな奴は極々稀な例外であって欲しい。

    副官達に引き摺られながら声が遠ざかっていき、やがて静かになった。
    筈…
    なのに、ふぅ。ふぅ。と煩い。

「娘が帰ったのに、何故まだ居る。」

    そう言って睨み付けると、「はひっ!」とか言いながら出て行った。

    やれやれである。

「はあぁぁぁ…。」

    大きな溜め息が出てしまった。
    と、クスクスと笑う声がして、振り返るとジジが笑っていた。

    それはとても彼女らしい笑い方で、愛おしくて思わず眼を細めて見た。

    すると、顔を赤くして俯く。
    今、ここには二人しかいない。いけないと思いつつも、邪な気持ちになってしまう。

    彼女の傍に行き、頤を掴んで上向かせ、口づけようとした。
    が、扉をノックする音に慌てて離れた。

「コホン…入れ。」

    扉を開けて入って来たのは、イザベラとか言う女を引き摺って行った二人。

    アウグストが何かを察知したのか、

「あ、お邪魔でした?」

    ベシッ!

「イテッ!」
「失礼しました。何でもありません。」

    アウグストの隣にいたユリアンが、彼の頭を叩いた。

    空気の読めないアウグストと違って、良くできた副官である。
    

   
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