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── 第一章 ──
20. フォイエルバッハの名の意味
しおりを挟むたった一人でケリを付けに行く?
もう一度よく考えて欲しい?
何でそんな事になるの?
訳が分からなかった。
そんな思いが顔に出ていたのか、トリスタンが言った。
「フォイエルバッハ家に生まれた以上、ケリを付けずにいる事が出来ないと分かってしまったから。仮令、馬鹿だと言われても。だから、済まない。それがあいつからジジへの言葉だ。」
「馬鹿なの?やっぱり馬鹿なんだわ…。」
彼に腹が立った。
腹が立って、悔しくて。
只、泣く事しか出来ない自分にも腹が立った。
でも、この時の私は知らなかった。彼の祖父がフォイエルバッハの名に課した責務と意味を。
(知った今でも、馬鹿なの?と言いたくなるけれど、少なくともこの時よりは分かっている。)
そして彼が戻って来るのを、只、待ち続けた。
~~~~~
ジジの居場所が分かった後、彼女を助けに行こうとした俺は祖父に呼び止められた。
一刻も早く彼女を助けに行きたいと思っていた俺は「こんな時に何なんだ!」と苛立った。
そして、知った。知ってしまった。フォイエルバッハ家に生まれた以上、私に走る事が許されない事を…。
何て事を…。何て責務を課してくれたのだと、祖父と父に対して初めて憎しみを抱いた。
けれど、父は俺と同じ立場だ。ならば、俺の気持ちが分かる筈。なのに…。
「何故、兄達にもそれを言わないんだ。言っていれば、いくら兄達でもこんな馬鹿な事はしなかったんじゃないのか。」
そう言って詰め寄った俺に二人は
「言っていても、同じだっただろう。寧ろ今よりも状況は悪くなっていた。」
そして、それを確かめる為にも一人でケリを付けろ。と…。
そんな事は無いと、兄達の元に向かった俺は、自分の考えが甘かった事を知った。
二人は、俺を苦しめる為だけにジジを拐ったのだ。
その上、俺の目の前で彼女を陵辱するつもりだったと笑いながら言った。
怒りから、二人を剣で切り刻みたくなったが、理性を総動員して何とか我慢した。
「アル兄…次兄もこの事を知っているのか?」
そう聞いたら、
「あの腰抜けの役立たずは、この事を知りもしないし、手伝いもしなかった。やはり奴はお荷物でしかない。」
と、吐き捨てるように言った。
その言葉に、アル兄がこの企みに加わっていなくて良かったと思った。
実は、ジジの行方が分からなくなってから、協力を頼んだが断られていた。
この時。義姉は妊娠していた。だから、協力出来なくて済まない。と言われたのだ。
が、情報は渡せる。と、ジジの居場所を教えられた。
アル兄が協力出来ないと言った理由も分かっている。
身重の妻に危害を加えられたら…。と考えての事だ。
確かに、そうなった時、守り切るのは難しい。
だから、彼の気持ちも分かる。
にも拘らず、居場所を探り当ててくれていた。
その事だけでも嬉しかったのだ。
だが、目の前の二人はクズだ。
今ならば、祖父と父が言っていた事も分かる。
とは言っても、頭では分かるが、気持ちの上では分からない。分かりたくない割りきれない思いがある。
そんな事など、これっぽっちも分かっていない二人は、手練れの部下達に俺を消すように命令した。
「死人に口無し。」
そう言って歪んだ醜い笑みを浮かべ、愉悦に塗れた表情で俺に「死ね。」と言った。
多勢に無勢。生きて帰すつもりなど端から無かったのだろう。
そして、俺は祖父と父の言うように、恨みや憎しみでなく、責務の為に剣を振るった。
後日、そうした事が正しかったか如何か考えさせられるのだが、この時はそれが最善だと思いたかった。
どんな理由があっても、身内を手にかけるのは、やはり躊躇われた。
それがこの時の俺の甘さであり、祖父と父の甘さでもあった。
そしてそれは、祖父と父の読みの甘さでもあったのだった。
この件があって以降、フォイエルバッハの名が持つ意味は、益々重くなる。
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