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── 第一章 ──
19.敵か味方か
しおりを挟むサイドチェストの引き出しを抜いて、壊れた扉から入って来た男の顔面目掛けて叩きつける。
鼻血を出して揉んどり打ち、手に持っていた剣から手が離れた。
すかさずそれを手に掴んだ。
いつも細身の剣を使っている所為か、重く感じるが、この際贅沢は言っていられない。
鼻血を垂れ流しながら殴り掛かって来る男に切り付け、その後ろにいる男に狙いを定め、剣で突き刺し、更に後ろから来ようとしている男の首に刃を這わせた。
首から血飛沫が迸る。
それを見て、サイドチェストを乗り越えるのを諦め、斧で叩き割りだした。
流石に障害物が無くなれば、一斉に雪崩れ込んで来る。
『不味いわね…。』
2人目までは何とか捌けるが、それ以上は恐らく無理だろう。いつも使っている細身の剣ならばまだ何とかなったかもしれない。
が、今使っているのは、他人の幅の広い剣で、しかも重い。
その為、突きを繰り出す事は難しく、振り回すのも難しい。
と、誰かが来て男達に何か言うと、走り去って行った。
『助かった…訳じゃないわよね。』
怒号や、鎧兜等の重装備を着けているような足音が複数聞こえて来た。
『敵か味方か…どっち?』
まだ辛うじて形が残っているサイドチェストの陰から様子を窺う。
「居たか?」「何処に逃げた?」等の声が聞こえる。
それらの音がすぐ傍まで来た。
そして、とうとうこの部屋の前まで来たらしく、誰かがサイドチェスト越しに中を覗いた。
見つかったら、下から剣で突き上げようと構えていた彼女と、部屋の中を覗き込んだ男の眼が合った。
「「 っあ…?!」」
彼女はよく知ったその顔に、
「…スタン。」
と呼び掛けた。
「ジジッ!!」
相手から呼び掛けられ、剣を構えていた腕を、力無く下ろした。
従兄であり、幼馴染みでもあるその男は、婚約者の親友でもあった。
その顔を見て安心したら、全身から力が抜けた。
ほぼ限界だった。従兄達が来るのがあと少し遅かったら、死ぬか捕まるかしていただろう。
動かなくなった従妹を心配したトリスタンは、サイドチェストを押し退けて傍まで行き、屈み込むと彼女の頭をクシャクシャと乱暴に撫でた。
「心配させやがって。」
「ごめんなさい。」
トリスタンが気不味そうに
「ジジが居なくなってから3日…で、その…大丈夫か…?」
3日も経っていると聞いて驚くと共に、従兄の質問の意味を理解した。
「大丈夫、何処も何とも無いわ。」
女性が誘拐された場合(特に若い女性だと)、不幸な目に遭わされるケースが多い。
それを心配しての質問だった。
そして、彼女も一番気掛かりな事を聞いた。
「ウルリッヒは?」
聞かれて、更に気不味い表情をするスタンに詰め寄る。
「ウルリッヒに何かあったの?!」
「 … 」
「スタン!」
語気を強めて問い質した。
「…あいつは、この件のケリを付けに行った。」
「…え?…ケリって…何処にいるの?」
「 … 」
「教えなさい!」
彼から預かった手紙をジジに見せて言った。
「自分の居場所を聞いたり、行こうとしたら渡すように言われて預かった。」
「…そんな…」
彼女が手紙を取ろうと手を伸ばしたが、スタンは懐に入れてしまう。
「医師の診察を受けてからだ。」
スタンが頑固なのが分かっているから、渋々医師の診察を受けた。
医師に「疲労がみられるものの大丈夫。」と聞いた彼から手紙を受け取った。
急いで開けて見た手紙には、“彼女を誘拐したのが身内である事、この件が法で裁かれずに、内々で処理されると聞いて納得がいかない事。だから、ケリを付けに行く。そして、誘拐された事、助けにいけない事を謝罪し、自分と結婚する事は、この先益々トラブルに巻き込まれる事になるから、もう一度、よく考えて欲しい。”と書かれていた。
「あと、くれぐれも言っておくが、ライテンバッハ家の場合、法で裁かれないのは、特別扱いで赦されるという意味じゃない。一族の内々で処理するという事は、そのまま消される事もあるか、死ぬより辛い目に合わされる事もある。という意味だ。」
「え…?」
見上げた従兄の顔色は酷く悪かった。
ジジは、彼が話せる限界ギリギリまでの事を話してくれたのが分かった。
が、ならば内々で処理するのに納得いかずに、ケリを付けに行った彼が無事で済む筈がないのでは?と考え、スタンに聞いた。
「正直、俺にはあいつがどうなるか分からない。ここで待つ事しか出来ないんだ。」
苦しそうに言った彼の言葉に、それ以上何も言えなかった。
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