願わくは…

雫喰 B

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── 第一章 ──

8. 悲しみの公爵閣下

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    ローエングリン公爵家の、妻&姉妹vs.当主の戦いは、俺も全てを知っている訳ではないが、戦いが終了した後の公爵を見て、恐怖した。

    どうやったら、数ヶ月であれ程までに窶れ、10歳以上も老けてしまえるのだ?

    結果だけ言えば、公爵の負けであった。が、それだけではない…。戦いが終わった後の公爵は、見るも無惨だった。自慢の髪の毛は薄くなった(様な?)、目の下には隈ができ、酷く窶れていたのだから…。

    将来、もし結婚して、俺に妻と娘ができたとしても、敵に回すのは止めておこう。と心に誓った。

    それにしても、恐れ入った。“女の一念岩をも通す”とはよく言ったものだ。
    公爵に釘を刺されるまでもなく、次兄は、自分では彼女を幸せに出来ないと、初めから諦め、身を引く覚悟でいたのだった。

    なのに、そんな頑なな次兄と、父親に次兄との結婚を認めさせたのだから…。

    そこまで惚れた女に愛される次兄が羨ましくもあった。

                        **********
         *********

    ローエングリン公爵家から手紙を携えた従者が来た。差出人の名前を見たら、ルイーゼではなく、公爵本人からだった。思わず溜め息を吐く。

    何ヵ月か前にも、公爵から俺を呼び出す手紙が来ていたからだが、あの時の話は俺が身を引く事で決着が付いた筈なのに、今更何の用があるというのだろう。

    そう思い、封を切り手紙を読んだ。

    また、呼び出し状だった。

  (  一体何なのだ!これ以上俺に何を言いたいんだ!第一、公爵家の邸には、ルイーゼが…彼女がいる。身を引くと言ったのに…俺の気持ちが分かってて…。)

    けれど、仕方がない。同じ公爵家でも、建国してからずっとあるローエングリン家の方が格上なのだから…。

    急ぐらしいので、明日の午後にでも伺うと手紙に認め、従者に渡した。

    そして次の日の午後、気が重い俺の足取りは重かった。

    訪問すると、応接室に通された。

    ソファーに腰を下ろし、暫くすると、公爵が入って来た。立ち上がり挨拶をしようとした。

    が、俺はその姿に衝撃を受けた。あまりの変わり様に、一瞬誰か分からなかったのだ。
    何処をどうすれば、あれだけ自信に満ち溢れ、年齢よりも若く溌剌とした公爵が、こんな風になってしまうんだ。

    あまりの事に、絶句していると

「…驚き過ぎて、言葉も出ないか…。」
「…いえ…本日はお招き頂きありがとうございます。…ローエングリン公爵閣下におかれましては、ご機嫌麗しく、益々ご健勝の事とお慶び申し上げます。」

    何と答えていいか分からなかったが、貴族として、先ずは挨拶だけはしておこうと思った。

「フン!卿には、私がご機嫌麗しく、ご健勝に見えるのか。」
「…申し訳…」
「まぁいい…。こんな事を言う為だけに呼び出した訳ではないのだし…。座ってくれ。」
「はい。」

    返事をしてから座った。

「「  ………  」」

    お互いに沈黙したまま時間だけが過ぎた。仕方がないので、何か言おうとした。

「あー…その、先日は済まなかった。」
「…いえ、子を持つ父親として、当たり前の言葉です。お気になさらず…。」

    そう言って公爵を見ると、俯いたまま指先が白くなる程、膝を握っている。
    と、いきなり顔を上げて、此方を見たので驚いた。眼が合ってしまった…気不味い…。

    なるべく平静を装ってお茶を飲む。

「アルフォンス君、先日は申し訳なかった。」
「  !?  」

    驚いた。危うくティーカップを落とすところだった。

「君とルイーゼの結婚を認める。是非とも我が公爵家に婿入りしてくれ!」

    益々驚いた。これ程までの窶れ様、まさか明日をも知れぬ病なのか?!

「な、何故気が変わったのですか?…まさか…」
「わ、私は、もう、耐えられないんだ!」
「一体、何があったと言うのですか?」

    冷徹仮面と言われているローエングリン公爵が、子供の様に大粒の涙をポロポロと流しながら嗚咽した。

    呆気にとられながらも、何とか宥めて続きを促した。

「涙される程の、何事かがあったのですか?」

テーブルの上に、両肘をつき、頭を掻き毟り、涙を流し、嗚咽混じりに話し出した。

「君に…婿…りし…て、次…期公…にな…資格…し。と言…た事を…その…事で、あ、愛す…つ…と娘が…口を…き、きい…く…なくて…」

    そこまで聞いて、公爵が気の毒に思えた。

「さぞ、お辛かったでしょう。」

    俺の言葉を聞いて、首を何度も縦に振る。
暫く、そうしていると、泣き止み、落ち着いてきたようだった。

「…ありがとう。大分落ち着いたよ。」
「いえ、お気になさらず。」
「娘しかいなかったから分からなかったが、その…息子がいるのも…良いもんだな。」

    鼻水を啜り過ぎて赤くなった鼻と、泣き腫らした眼をした公爵が、照れ臭そうに微笑む。

    まさか、そんな風に思って貰えるとは思わず、恐縮してしまうアルフォンスだった。

    この日以降、公爵本人が、アルフォンスを、ルイーゼの婿にと、強く望むようになった。

    
    

 
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