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── 第一章 ──
7. 出会い
しおりを挟む鮮やかに決まった右ストレート。足腰をしっかり鍛えていたお陰で、無様に吹っ飛ばずに済んだ。
が、ほんの僅か蹌踉けた。
「…っ!? お姉様!」
「 !? 」
エリーゼと呼ばれた女性が、俺と右ストレートの女性の間に、両手を広げて立ち塞がった。
「え?っと…どういう事かし…ら?」
「お姉様、違うんです。この方達は、助けてくださったんです!」
「 …… 」
見る間にお姉様と呼ばれた女性の顔が、茹で蛸の様に真っ赤になった。
「 えぇぇぇ!?」
次兄は肩を震わせてくっくっと笑っている。俺は自分の頬を撫でた。
そこに、お姉様と呼ばれた女性の後ろから来ていた男性が
「と、兎に角、詳しい話をお聞かせ願いたいのだが…。」
と、言うので、次兄の顔を見たら頷いた。
「分かりました。私共の家の休憩室が彼方にあるので、そこで宜しいでしょうか?」
そして、公爵家の休憩室に移動する事になり、拘束していた男は、もう一人の男性が連れてきた近衛騎士に引き渡した。
**********
**********
「本当に申し訳ありません!」
俺に、渾身の右ストレートを入れた令嬢は、驚くべき事に、建国時から続く、名門中の名門、由緒正しき、ローエングリン公爵家の長女、ルイーゼ嬢だった。(一緒にいた男性は従兄弟で、姉妹に婚約者がいない為、付き添いで婚約者と一緒に来ていたらしい。)
なるほどな。と、俺は納得した。何故ならば、ローエングリン公爵家は、建国時からずっと、武官を輩出している武門の家だからだ。(特に、近衛騎士を多く輩出している。)
道理で、右ストレートのキレがいい訳だ。
そんな彼女がひたすら頭を下げる。何だか気の毒になってくる。と言うより、苛めている様な気分になってきた。
「いや、あの、俺って結構、頑丈なんで気にしないで下さい。」
後頭部に手をやりながら言うと、腰を曲げた状態で、顔だけ上に上げ、下から俺の顔を覗き込むと、
「ほ、本当に?本当に大丈夫なのですか?」
眉をハの字にして聞く。
「ええ。大丈夫ですよ。」
笑いながら言うと、ホッとしたようだった。
エリーゼという名の女性は、ルイーゼ嬢の妹だそうだ。
あの男は以前から、執拗く言い寄って来ていた、男爵家の三男らしく、何度断っても社交の場でエリーゼ嬢の姿を見付けると、近寄って来てはベタベタと身体を触ってくるので、困り果てていたという。
そして、とうとうあの日エリーゼ嬢が手首を掴まれ、引き摺られる様に何処かへ連れて行かれたと聞いたルイーゼ嬢が、探し回ってやっと見付けたと思ったら、俺が彼女の身体に触れているのを見て、てっきり無体を強いていると、勘違いしたらしい。
「俺って、悪役みたいな顔なんで、よく間違えられるんですよ。ハハハ…」
と、済まなさそうにしていた彼女に、大丈夫だと言いたかったのだが、余計、顔を赤くして、身体を縮めたのだ。
しまった!傷口を広げたようだ。
「あ…。いやぁ、流石、武闘派のローエングリン公爵家、見事な右ストレートでしたよ。」
すると、みるみる萎んでいく。
ヤバい!傷口に塩を塗ってしまった。
どうフォローしたらいいか、分からなくてワタワタしていると、次兄が俺を手で制した。
黙っていろ!と。
「ルイーゼ嬢、あの場合勘違いされても仕方ないですよ。そんな事より、貴女のように美しい人が沈んだ顔をしているのは勿体無い。笑顔を見せて頂けませんか?私は貴女の笑顔が見たい。」
俺は、開いた口を更に大きく開けて、目の前に展開された、乙女チックな恋愛劇みたいな台詞に、口から砂を吐きまくった。
あの次兄が、ゲロ甘な台詞を囁いている…。
思わず、眼だけで隣にいるエリーゼ嬢を見ると、両手で頬を抑え、赤い顔をして、二人を見ていた。しかも、眼をキラキラさせて…。
視線を前に戻すと、言われたルイーゼ嬢は、両手で口を抑え、やはり顔を赤くして次兄の顔に釘付けになっていた。
ニッコリ笑う次兄。剣だけでなく、男女の機微まで、そつなく熟なすとは。恐るべし…。
この時、次兄は25歳で結婚適齢期を過ぎている。対するルイーゼ嬢は18歳で結婚適齢期ギリギリだった。
(貴族男性が適齢期を過ぎても独身なのはよくある話で、貴族女性は跡継ぎとなる子供を生まなければならない為、年齢については厳しい眼で見られがちなのだ。)
…なのに、次兄とルイーゼ嬢の間に恋の花は咲かなかった。
お見合い等していたそれまでで、一番良い雰囲気だったのにも拘わらず…。
その後もルイーゼ嬢は積極的にアプローチしてきていた。そして、次兄の方も彼女に対して恋愛感情があった。と、思っていたのに…。
この時の俺は知らなかった。
次兄が病弱な為、ルイーゼ嬢の婿になり、次期公爵家当主となる資格無し。と、彼女の父、ブリュックナー・ローエングリン公爵から、告げられていた事を。
そして、ローエングリン公爵は知らなかった。その事を妻や娘が知った後、どうなるのかという事を…。
自分の娘達の性格を…。娘達がどの様な行動を取るのかを…。
更に、長年連れ添った妻の性格も。そんな彼女が取る行動も。
この後暫くの期間、ローエングリン公爵家の最恐タッグ、妻&姉妹vs.当主の戦いの火蓋が切って落とされた。
それを目の当たりにした俺は、恐怖するしかなかったのだった。
~~~~~
*年齢が設定と少しずれていたので修正しました。
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