願わくは…

雫喰 B

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── 第一章 ──

6. 剣舞

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    その人が剣を振るう姿は、舞を舞っているみたいだった。
    物心が付く頃には、その人の剣舞を、俺は取り憑かれた様に見ていたらしい。
    
    俺には兄が二人いる。勿論、それ以外の兄弟もいる。次兄あには、生まれつき身体が弱かった。
一年の内の殆どを、熱を出して寝込んでいると言っていい。そんな生活を何年間も、生まれてからずっとしているらしい。

    けれど、次兄は熱を出して寝込むのは、病気の所為ばかりでは無いのだと、少しバツの悪そうなな笑顔で言う。

    曰く、幼い頃は熱が下がって、少し体調が良かったりすると、ベッドから抜け出して動き回っていたからだと、ベッドの上で窓の外を見ながら、溜め息混じりに言っていた。

    その時、俺はいくら熱が下がったとは言え、何で動き回るんだ。と思ったが、その理由がすぐに分かった。自分も同じ経験をしていたから…。
    
    そう言えば、俺も風邪をひいて熱を出した後、熱が下がって少し体調が良かったりして、親や侍女達の眼を盗んで動き回っては、また熱が上がって、よく叱られたものだった。

    なるほどな。と妙に納得した。

    そして、大人しくて見た目は少女の様な次兄が、実はやんちゃ坊主だった事に、親近感が湧いて嬉しくなった。

    実はその頃、次兄の剣舞に心酔していた俺に、何も知らない長兄がよく言っていたのだ。『色が白くて、ヒョロッとしていて、女みたいなアイツは、ライテンバッハの名に相応しくない。それどころか、面汚しだ。』と…。

    その時俺はまだ5歳だったが、次兄が周囲に隠れて、体調が良い時には素振りや体力を上げる為の運動をしていたのを知っていた。

    長兄と直ぐ上の兄が俺に言っている次兄と、俺が見て知っている次兄が、全く違う事に混乱してしまいそうになっていたのだ。
    俺よりも長く次兄を見ていた二人の方が、次兄の事をよく知っていると殆どの人は思うだろう。
    
    だから混乱しそうになった。いつも傍で次兄を見ていたにも拘らず。
    その時に思ったのだ。あの、舞う様に剣の型を流れるが如く時には鋭く鍛練している次兄の姿を信じようと。
    そんな次兄が、ライテンバッハの名に相応しくない訳が無い。面汚しな訳が無いと。

    そして俺は誓った。そんな次兄の様になりたいと、いつか越えてみせると。

                          *********
            *********    

    そして月日は流れ ━━

    そんな次兄も、になると、次々と縁談が持ち込まれてきた。
    けれど、その顔合わせも片手を越える数になると、次々と断っていく。
    そして次兄は、自分は病弱だから一生結婚はしないと公言するようになった。

    けれど、ライテンバッハ公爵としての仕事を、忙しい当主(父)の代わりに務めていた次兄は、勿論、社交もしなければならず、病弱を理由にしても、必要最低限は出席せねばならなかった。
例え、本人が社交が苦手でも…。

    当然、滅多に公の場に姿を見せない次兄が出席するとなると、ご令嬢達に取り囲まれる事になる。(正直、長兄や三男の兄よりも人気があった。次男であるにも拘わらず。)

そんな次兄にも一つの出会いが…。

    だから、その時もいつものように必要最低限の挨拶をし終わって帰ろうと、一緒に来ていた俺も会場を後にして馬車留まりまで行く廊下を歩いていた。

    すると、何処からか言い争う様な声が聞こえて来た。次兄と俺は何処からだろう?と、来た道を戻りながら声のする方へ向かった。

    どうやら休憩室のある方から聞こえてくる。様子を伺いながら奥へと進む。突き当たりの角を曲がろうとした時、次兄に手で止められた。

    そぉっと、気配を殺して曲がり角の先を覗き見た。
    すると、廊下の先、一番奥の部屋の扉が開いていて、此方からは扉の陰になっていて見えないが、どうやら入口で男女が揉めているのか、言い争っているみたいだった。

    次兄と俺は気配を殺したまま、足音を立てずに進み、扉を全開にした
  
「「 っ!? 」」

    入口で言い争っていた男女を見ると、二人とも驚いた直後、男性の方は眉間に皺を寄せながら俺達を睨んだが、女性の方は縋る様な眼で助けを求めているようだった。

「何だ、君達は!」

    俺達に向かってそう言うが、女性の手首と腰に回された手に力を入れて女性を抱き寄せるが、彼女の方は嫌悪感を露に、逃げようと相手の胸を押しているみたいだった。

    「嫌がる女性に、無体を強いるのは看過出来ませんね。」

    珍しく、前に出る次兄に驚いた。

「恋人同士の邪魔をするなど、無粋の極みだ。無礼にも程がある。」

    男の言葉を聞いて女性を見ると、激しく否定するように、首を横に振っている。

「嫌がっている様にしか見えないんだが…。」
「…なっ!?」

    俺が呟くのと、男が何か言おうとしたのと、ほぼ同時に、次兄が彼女に回された男の手を剥がして後ろ手に拘束した。

「「 !? 」」

    眼を見開いて驚く男女。
俺は思わず口笛を吹いてしまった。
と、不謹慎だと言わんばかりに次兄に睨まれた。

    「大丈夫ですか?」

    男を後ろ手に拘束したまま次兄が聞くと、安心したからか、口を両手で抑え、涙を流しながら膝から崩れ落ちる。

    俺がそれを抱き止めると、彼女は声を圧し殺して静かに涙を流し続けた。
    それを二人で宥めていると、廊下の先が急に騒がしくなった。
    次兄と俺はそちらを見ると、ドレスの裾を両手で掴んだまま、此方へ駆けてくる令嬢が一人。その後ろからは何人かの男性が…。

    と思った次の瞬間、それは来た。

「エリーゼから手を放せ。このケダモノがぁ!!」

    俺は強烈な右ストレートを頬に食らった。


    




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