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── 第一章 ──
4. 憎悪
しおりを挟むヴィルヘルムとジークフリートが、孫達(息子達)を邸まで連れ帰るより少し前。
アルフォンスに付けた従者が、所長室まで2人を呼びに来た。
何事か話を聞くと、オトフリートが男達数人から木剣で打ち据えられていると言う。
アルフォンスが自分は走れないからと、その場に残ったと聞いて、急いで駆け付けた。
狼藉者達を怒鳴り付けようとしたが、ヴィルヘルムから制止され、暫く様子を見ていた。
アルフォンスに一斉に襲い掛かった男達は、剣圧で起こった風で威嚇されている。
再度襲い掛かるも、木剣の下を掻い潜り、あっという間に背後を取って、男達を打ち据えていった。
その姿を見て、改めてその才能に眼を奪われた。
だが、彼が病弱で短時間しか動けなかった事を思い出し、駆け付けた。と同時に、彼の身体が膝から崩れた。
*********
**********
馬車の中で、その場面を思い返し、青い顔で、肩で荒い息をしている彼を見て、もう何度目かは忘れたが、その才能を惜しんだ。
片や、取り巻きから持ち上げられ、慢心から傲慢になり、自分の腕を磨こうともせず、打ち据えられているもう一人の息子。
怪我の痛みを堪えたのはいいが、
「一対一でなら負けてはいない。相手が数に物を言わせる卑怯者だから、負けても仕方がなかった。」
と自己弁護に走る。
長男には彼の思いや言い分もあるのは分かる。が、それを差し引いても武人としてどうなのか?と、思ってしまう。
そして、2人の顔色を伺ってばかりいた彼は、その事を察知して、益々弟を憎んだ。
祖父と父親からすれば、武門の家に生まれた者として、当たり前の事だったのだが…。
そしてその重圧は、彼よりも父親の方が凄かった。ライテンバッハ家の長男、しかも一人息子だからこその重圧。
故に、父親も武を極める為に努力を惜しまなかったのだが…。
その事を知ろうともせず、自分の不遇ばかりに眼を向けている息子を哀れに思った。
そして、それは、祖父ヴィルヘルムも同じ思いだった。
そもそも、今回の騒動の原因は、オトフリートにあると言ってもよかった。
仲間内で、ある後輩2人を蔑み、虐げただけでなく、あろうことか奴隷扱いまでしていた。その上、それを知った兄2人(OB)が、口頭で注意をしたところ、家格が下(爵位が男爵だった)である事を知った途端、馬鹿にし、奴隷扱いが妥当だと言い張り、相手が公爵家に手を出せないのをいい事に、一方的に後輩2人を木剣でメッタ打ちにしていた事が発端だった。
そ兄2人と後輩2人、それに後輩の友人達が加わり報復されたのだ。
今のままの彼では、公爵家は継げても、もう一つの方を継ぐ事は出来ない。というよりも、継がせる気は無くなっていた。
そして、オトフリートは、ライテンバッハ家のもう一つの顔を、この後何年か知らされず、継ぐ事などこの先ずっと無かった。
**********
**********
昼間、兄を助ける為に無理をし過ぎたアルフォンスは、熱を出して寝込んでいた。
そして深夜、彼の部屋に忍び込む人影が一つ。
アルフォンスは、寝込んでいたが、自分の部屋に誰かが入って来た気配に気づいていた。
が、息苦しさと熱と酷い倦怠感から、目を開けるのも苦痛だった為、眼は瞑ったままだった。
すると、忍び込んで来ていた人物は、彼の枕元に立った。
「ふん。あれしきの事で熱を出して寝込むとはな。このポンコツが!」
「お前など、少し剣術が出来るだけで、それ以外、何も出来ない役立たずではないか!」
「しかも、その剣術すら、ひ弱な身体に不釣り合いときた。宝の持ち腐れとはこの事だな。」
言うだけ言うと、口を歪め、クックックックッ
と嘲笑った。
しかも使える方の手で、寝ているアルフオンスの顔に、傍にあった枕を顔に押し当てた。
ただでさえ、息苦しい上に、顔に枕を押し付けられ、熱と倦怠感で思う様に動けない彼は、それでも必死で抵抗した。
そして、その悪意に満ちた手から逃れた彼は、ベッドの上で蹲り、咳き込んだ。
そこへ、アルフォンスの様子を見に来た母親が、部屋を明るくすると、オトフリートがいた事に驚いた。
が、次の瞬間、いつも優しい母親の目付きが鋭くなる。
部屋に入った瞬間シュザンヌは、その場のただならぬ空気を感じ取った。
「弟の部屋で、何をしているのです?」
気の所為か、声がいつもより低い。
「何をしているか聞いているのです。答えられないのですか?」
咎める様な声色に変わった。
「別に。見舞いに来ただけです。」
顔色も変えずに答えるオトフリートの顔を母親は悲しげに憐れむ様に見詰めた。
「……部屋から出なさい。今直ぐ。」
言われてオトフリートは、母親の顔を見る事も出来ず、黙ったままその横を擦り抜け、部屋から出て行った。そして、乱暴に扉を閉めたのだった。
母親は、そんな彼を見て溜め息を吐いた後、手燭をサイドテーブルに置く。
咳が止まったアルフォンスの身体を、横たえさせた後、まだ熱がある彼の額に、水に浸した布を絞って乗せてやった。
「オトフリートは、ああ言っていたけれど、本当は何かされたのではないの?」
と、心配して聞いたが、彼は首を横に振った。
「本人の為だから、庇う必要はないのよ。」
そう言ったが、首を横に振るだけだった。
もう一度、布を水で浸して絞ると苦し気に息をしている彼の額に置き、頭を撫でた。
「また後で様子を見に来るわね。」
そう言うと、灯りを薄暗くして部屋から出て行った。
暗い部屋の中、アルフォンスは思う様に動かない身体を持つ悔しさに、天井を睨み付ける事しか出来なかった。
~~~~~~~~~~~~~~
話のストックが無くなったので、更新速度落ちます。
済みません。
お気に入り、しおり等して下さった方々、本当にありがとうございます!
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