願わくは…

雫喰 B

文字の大きさ
上 下
5 / 26
── 第一章 ──

4. 憎悪

しおりを挟む
    
    ヴィルヘルムとジークフリートが、孫達(息子達)を邸まで連れ帰るより少し前。

    アルフォンスに付けた従者が、所長室まで2人を呼びに来た。

    何事か話を聞くと、オトフリートが男達数人から木剣で打ち据えられていると言う。
    アルフォンスが自分は走れないからと、その場に残ったと聞いて、急いで駆け付けた。

    狼藉者達を怒鳴り付けようとしたが、ヴィルヘルムから制止され、暫く様子を見ていた。

    アルフォンスに一斉に襲い掛かった男達は、剣圧で起こった風で威嚇されている。
    再度襲い掛かるも、木剣の下を掻い潜り、あっという間に背後を取って、男達を打ち据えていった。
    
    その姿を見て、改めてその才能に眼を奪われた。
    だが、彼が病弱で短時間しか動けなかった事を思い出し、駆け付けた。と同時に、彼の身体が膝から崩れた。

                            *********
       **********

    馬車の中で、その場面を思い返し、青い顔で、肩で荒い息をしているアルフォンスを見て、もう何度目かは忘れたが、その才能を惜しんだ。

    片や、取り巻きから持ち上げられ、慢心から傲慢になり、自分の腕を磨こうともせず、打ち据えられているもう一人の息子オトフリート

    怪我の痛みを堪えたのはいいが、

「一対一でなら負けてはいない。相手が数に物を言わせる卑怯者だから、負けても仕方がなかった。」

    と自己弁護に走る。

    長男には彼の思いや言い分もあるのは分かる。が、それを差し引いても武人としてどうなのか?と、思ってしまう。

    そして、2人の顔色を伺ってばかりいた彼は、その事を察知して、益々弟を憎んだ。

    祖父と父親からすれば、武門の家に生まれた者として、当たり前の事だったのだが…。

    そしてその重圧は、彼よりも父親の方が凄かった。ライテンバッハ家の長男、しかも一人息子だからこその重圧。

    故に、父親も武を極める為に努力を惜しまなかったのだが…。
    その事を知ろうともせず、自分の不遇ばかりに眼を向けている息子を哀れに思った。

    そして、それは、祖父ヴィルヘルムも同じ思いだった。

    そもそも、今回の騒動の原因は、オトフリートにあると言ってもよかった。

    仲間内で、ある後輩2人を蔑み、虐げただけでなく、あろうことか奴隷扱いまでしていた。その上、それを知った兄2人(OB)が、口頭で注意をしたところ、家格が下(爵位が男爵だった)である事を知った途端、馬鹿にし、奴隷扱いが妥当だと言い張り、相手が公爵家に手を出せないのをいい事に、一方的に後輩2人を木剣でメッタ打ちにしていた事が発端だった。

    そ兄2人と後輩2人、それに後輩の友人達が加わり報復されたのだ。

    今のままの彼では、公爵家は継げても、もう一つの方を継ぐ事は出来ない。というよりも、継がせる気は無くなっていた。

    そして、オトフリートは、ライテンバッハ家のもう一つの顔を、この後何年か知らされず、継ぐ事などこの先ずっと無かった。

                           **********
     **********

    昼間、兄を助ける為に無理をし過ぎたアルフォンスは、熱を出して寝込んでいた。

    そして深夜、彼の部屋に忍び込む人影が一つ。
アルフォンスは、寝込んでいたが、自分の部屋に誰かが入って来た気配に気づいていた。

    が、息苦しさと熱と酷い倦怠感から、目を開けるのも苦痛だった為、眼は瞑ったままだった。

    すると、忍び込んで来ていた人物は、彼の枕元に立った。

「ふん。あれしきの事で熱を出して寝込むとはな。このポンコツが!」
「お前など、少し剣術が出来るだけで、それ以外、何も出来ない役立たずではないか!」
「しかも、その剣術すら、ひ弱な身体に不釣り合いときた。宝の持ち腐れとはこの事だな。」

    言うだけ言うと、口を歪め、クックックックッ
と嘲笑った。

    しかも使える方の手で、寝ているアルフオンスの顔に、傍にあった枕を顔に押し当てた。
    ただでさえ、息苦しい上に、顔に枕を押し付けられ、熱と倦怠感で思う様に動けない彼は、それでも必死で抵抗した。

    そして、その悪意に満ちた手から逃れた彼は、ベッドの上で蹲り、咳き込んだ。

    そこへ、アルフォンスの様子を見に来た母親が、部屋を明るくすると、オトフリートがいた事に驚いた。
が、次の瞬間、いつも優しい母親の目付きが鋭くなる。
    部屋に入った瞬間シュザンヌは、その場のただならぬ空気を感じ取った。

「弟の部屋で、何をしているのです?」

気の所為か、声がいつもより低い。

「何をしているか聞いているのです。答えられないのですか?」

咎める様な声色に変わった。

「別に。見舞いに来ただけです。」

    顔色も変えずに答えるオトフリートの顔を母親は悲しげに憐れむ様に見詰めた。

「……部屋から出なさい。今直ぐ。」

    言われてオトフリートは、母親の顔を見る事も出来ず、黙ったままその横を擦り抜け、部屋から出て行った。そして、乱暴に扉を閉めたのだった。

    母親は、そんな彼を見て溜め息を吐いた後、手燭をサイドテーブルに置く。

    咳が止まったアルフォンスの身体を、横たえさせた後、まだ熱がある彼の額に、水に浸した布を絞って乗せてやった。

「オトフリートは、ああ言っていたけれど、本当は何かされたのではないの?」

と、心配して聞いたが、彼は首を横に振った。

「本人の為だから、庇う必要はないのよ。」

    そう言ったが、首を横に振るだけだった。

    もう一度、布を水で浸して絞ると苦し気に息をしている彼の額に置き、頭を撫でた。

「また後で様子を見に来るわね。」

そう言うと、灯りを薄暗くして部屋から出て行った。

    暗い部屋の中、アルフォンスは思う様に動かない身体を持つ悔しさに、天井を睨み付ける事しか出来なかった。


~~~~~~~~~~~~~~
話のストックが無くなったので、更新速度落ちます。
済みません。

お気に入り、しおり等して下さった方々、本当にありがとうございます!






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

処理中です...