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── 第一章 ──
1. 領都・フェルトラント
しおりを挟む領都・フェルトラント。
そこは緑の森が数多く点在する、ライテンバッハ公爵領の領都である。
公爵家の次男アルフォンスは、生まれつき身体が弱く、『成人するまで生きられないかもしれない。』と言われていて、季節の変わり目だったり、ほんの少し運動しただけで熱を出して寝込むほど病弱だった。
故に、一年の内の殆どをベッドで過ごしていると言っていい。
そんな彼が9歳の頃、王都に居るよりも領地の澄んだ空気の方が身体にいいだろう。と、医師から薦められ、領都フェルトラントの邸で静養する事になった。
しかし王都から馬車に乗り、三日あれば到着する距離だが、病弱なアルフォンスが移動するとなると、休憩が多くなってしまうのは仕方のない事で、領地の邸に到着したのは、王都を出発して五日も経ってからだった。
そして、懸念していた通り、彼は着いたその日の夜から熱を出し、一週間ほど寝込んでしまう。
熱が下がり目覚めると、専属の侍女と護衛騎士は、王都にいた時から仕えていたので、彼が一週間ほど寝込んでも慣れていたのだが、この邸のメイドや使用人達は到着して早々寝込んでしまった彼に対して、暫くの間ではあるが、過保護になってしまったのだった。
本来なら、アルフォンスと一緒に来る筈だった母のシュザンヌだが、懐妊している事が分かり、安定期に入るまで領地に来る事が出来なかったのも、過保護になった理由の一つだった。
とは言うものの、アルフォンスの下にも子供がいるのだが…。アルフォンスと共に母親と一緒に来る筈だった五歳になる次女と二歳になる三女は、懐妊して長距離移動が出来なくなった母親よりも、一足先に領地に来る事になり、明日この邸に到着予定である。
余談ではあるが、もし七歳になる三男もこの時一緒に来ていれば、後に起きる騒動の結末も違った物になったかもしれない。と、騒動後母親は悔いる事になるのだが、それはまた後日の話になる…。
通常、貴族の令息や令嬢は13歳(正確には誕生日が来たら13歳になる年)から18歳になるまで、王立学園に通っているが、当時12歳だった長男のオトフリートも、来年の春から2年間だけ学園に通う事が決まっていて、その後は騎士養成所に入所する事を希望してた。
来年の春になったら学園に入学するオトフリートだが、入学前に受ける試験の成績順で、クラス編成される事になっている。仮にも公爵家の嫡男が、お粗末な成績で入学する訳にもいかないので、王都に残り試験勉強をする事にした。
そして、当時10歳だった長女エリザベートも13歳から学園に通う事が決定しており、今は習い事だけだが、入学前の試験の為の勉強時間が来年の春から増える事になっているので、オトフリート同様、王都に残った。
7歳の三男フランツは、尊敬する兄と共に王都に残る事を希望した。
5歳の次女オデットと2歳の三女フィアーナは、まだ幼い為、母親と共に領都フェルトラントに行く事になった。
しかし、ここへ来て母親のシュザンヌが懐妊している事が分かり、安定期に入ってから領都フェルトラントに行く事になる。
だが、いつも威張り散らしている長男や、人を小馬鹿にした態度をとる三男よりも、優しくて王子様みたいなアルフォンスに懐いていたのと、祖父母の事が好きだった二人が、一日でも早く領都に行きたがった為、急遽、母親より先に領都へ行く事になったのである。
領都に到着して早々、寝込む事になったアルフォンスは、安定期に入るまで母に会えないのは残念だったが、明日この邸に到着する妹二人に会えるのを楽しみにしていた。
病弱だが優しい彼は、妹達に好かれていて、久しぶりに会ったオデットが自分の事を呼ぶ時の「おにいちゃま」が「おにいさま」に進化したのも嬉しかったし、フィアーナが「にー」から「にーに」と呼べる様になった事にも喜んだ。
体調が良い時にはリビングに置いてあるソファーで、いつもは厳しい祖父が、妹二人をデロデロに甘やかしているのを祖母と一緒に微笑ましい思いで見ていた。
何より、自分の事を「病弱で役立たず」、「病弱な癖に無駄な才能」等と、いつも言葉で口撃してくる兄と弟がいないのは、精神的に楽だった。
そして、環境の所為だけでなく、その事もあったのかどうかは分からないが、領都で静養するようになってからは、熱を出して寝込む事も少なくなっていた。
だから彼は体調が良い時に、皆には内緒でこっそり剣の練習をしていた。(周りにはバレてました)
とは言っても、兄や弟が扱っている様な剣は重く、身体にかかる負荷が大きくて扱えなかったが、細身の剣ならばなんとか扱える様になり、素振りの回数も徐々にではあるが増えていく。
元々、天賦の才能を持っていた彼は、兄よりも剣の構えや型を覚えるのが早く、病弱で体力の無い彼が、相手の力を受け流し、利用して攻撃する事を、誰に教えられた訳でも無いのに、幼い頃に自然と会得していた。
病弱で寝込む事が多かった彼が、珍しく体調が良い時に見せるその姿に、祖父も父も彼が持つ、自分達以上である天賦の才能を惜しんだ。彼の身体は、長時間の運動に耐える事が出来ないからだ。
〔平均で10分ぐらい、最長でも20分ぐらい。繰り出す技の難易度が上がれば更に時間は短くなる。俗に言う“一撃必殺”なんてしたら、立てなくなるぐらい。〕
病弱でさえ無ければ、自分達を越えるであろう“剣聖”と呼ばれるその才能を…。
その事が、一族の期待を一身に背負い、武術に優れた一族の一員と、周囲から持て囃された長男としてのプライドを意図せず、傷付けてしまう事となる。
初めて弟の才能を目の当たりにした時、オトフリートは打ちのめされ、それ以後アルフォンスの事を、憎悪する様になり、見舞いに来たフリをして、熱を出して寝込む彼の枕元に立ち、罵る様になった。「役立たず」、「無駄な才能」と…。
そして、三男のフランツもそんな兄を幼い頃から見ていて、アルフォンスが静養する為に領地へ行く話が出た時、オトフリートが「アイツは役立たずだから追い出される。」と言ったのを、鵜呑みにしてしまったのである。
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