心乱れて

雫喰 B

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24.ライアン・ガーネット⑥

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*二話投稿(更新)の二話目です。


~~~~~~~~~~~~~

 
 詭弁を弄して訓練に参加する事になったラフレシアは上機嫌である。

 ニアに見せ付けるように、俺に相変わらず牡蠣のようにへばり付いてくる以外、特に怪しい行動をする事も無いラフレシア。

 何かを企んでいるらしいとの報告があっただけにそれがかえって不気味だった。

 あと普段と違う事と言えば、ニアの従兄であるハロルド・カーネリアンが時々俺に絡んでくるぐらいだ。

 そして、ラフレシアが何か企んでいるらしいという情報を掴んでいたにも拘わらず、それが何なのか分からないまま、魔獣と遭遇する事も無く訓練も順調に進み、明日にも後発組が到着するという日にそれは起こった。

 何もかもが終わった後の聴取で、
「思えばあの日は静かだった。」
「そう言えば鳥の姿を見なかった。」
等と、まるで“嵐の前の静けさ”だったと言わんばかりの証言が多かった。

 だが、確かに静かだったように思う。

 訓練も順調過ぎるほど順調で、司令部にいる俺や指揮官を務める副官や補佐官達が前線に出る事も無く、救援要請の信号弾が打ち上げられる事も無かった。
 
 そう、その日の訓練があと少しで終わろうかという時までは…。

 もう少しで訓練が終わると、皆の緊張感が緩みだしたその時、一発目の救援要請の信号弾が上がり、けたたましく警報が鳴り響いた。

 暫くして前線の部隊から魔獣の襲撃を受けたと伝令が司令部に駆け込んで来た。
 
 司令部に待機していた騎士たちの半数を応援に向かわせ、何とか撃退できたと思われた。
 が、半時もせぬうちに前線にいる各部隊から救援要請の信号弾が次々上がり警報が鳴り響く。

 驚く事に魔獣は群れで行動しているだけでなく、統率された動きで波状攻撃を掛けているらしい。
 
 第一波目はいきなり現れた魔獣の群れにパニックに陥りかけたものの、各部隊長の適切な判断で切り抜けたが直後に第二波目の襲撃を受け、流石に防ぎきれず救援要請の信号弾を上げた後、近くにいた部隊と合流。

 しかし、更に増えた魔獣の数に部隊を立て直す事も適わず後退を余儀なくされ、防衛ラインは崩れた。

 最終防衛ラインに至る前に部隊の再編、立て直しを行い半包囲網を展開させたが、圧倒的に魔獣の数が多く、又、魔獣と戦い馴れていない為、一体仕留めるのに時間がかかり手間取ったらしく、その所為であっという間に戦線は崩れ、各部隊が救援要請の信号弾を次々と上げる羽目になったという。

 ニアを行かせたくはなかったが、指揮官補佐である彼女も救援要請のあった場所へと向かわねばならず、各辺境部隊の指揮官補佐達と共に前線へと向かう彼女の後ろ姿を俺は見送るしかなかった。

 そして、ニアや指揮官補佐達が前線へ向かってから四半刻後、前線の状況が思わしくないと判断した司令官である俺と各辺境の指揮官達は、増援として前方へ移動する事にした。

 

 俺達がそこに到着したのは、応援部隊と共に駆けつけた指揮官補佐達と部隊長達が、騎士達を前線から最終防衛ラインまで後退させた後、部隊を再編しながら情報交換及び、偵察から戻った騎士達から報告を受けある結論に達したところだった。

“魔獣の群れを統率し、人語を解する高い知能を持ち合わせた魔獣の存在”

 今生きている者達の中で、誰も目にした者等いないであろう古い文献の中にしか存在していない、そんな魔獣が此処にいるという。

 正直、信じられなかった。

 だが、後方から見ていた俺達が目にした魔獣の群れが、迎撃陣を敷いた部下たちに波状攻撃を掛けている様は統率されたものとしか言いようがない。

 そして、襲い来る魔獣の群れを撃退できたと誰もが思ったその時、姿を現した魔獣に皆が恐怖した。

 前方からニア達、指揮官補佐が報告しに来た内容に絶句した。

 一際大きな魔獣の顔は狼のようだが、その体はまるで豹のようで尾は蛇。
 少なくとも三種類以上が混ざったキメラと呼ばれる類いの魔獣らしい。

 何より驚いたのは、魔獣が人間のように口角を上げてニヤリと笑ったと言うのだ。

 しかも先ほど相手にした魔獣よりも、見るからに強そうな魔獣達を従えていた。

 その上、半狂乱になり斬り掛かっていった騎士が、魔獣が片手で軽く払っただけで木にぶつかりのを見た。

 重い空気がその場を支配する中、ハロルドが信じられない事を進言してきた。

「北部辺境騎士団が殿を務めるから撤退を。」

 撤退については同意見だから異論は無い。
だが、北部辺境騎士団はニアが所属している。
 婚約者であるニアを置いて撤退しろと言うのか!と、怒りが込み上げ握る拳に力が入る。

 モーリス卿が彼らだけを残して行く事はできないから残ると言うのを聞いて俺も残ると言った。

 と言うのも、彼の部下であるシトリン・カーライル男爵のこれまでの挙動に不審な点が見受けられたからだった。

 そんな怪しい人物よりも先に撤退する事等できないという思いもあった。

 なのに、ラフレシアがダメだとか俺が死んだら生きていけないだとか言って俺に縋り付き泣き叫んでいる。

 だが、ニアを置いて行く事など俺にはできない。
 かといって、ラフレシアの身に何かあれば、その事を盾に今以上の理不尽な要求をされるに違いない。

 そう考えた俺はタリスに彼女ラフレシアを連れて逃げるように言って、引き剥がすと其方に向けて体を押し遣った。

 なのに、尚も俺の方に手を伸ばし縋り付こうとする彼女に、業を煮やしたタリスが反対側の手を強く引っ張った。

 何かが彼女の懐から落ちた。

と、魔獣が彼女を目掛けて突進してきた。

「ラフレシア!」
そう叫んだ俺の傍で

「ライアン!!」
ニアが俺の名を呼ぶ

 次の瞬間、
「あ"あ"あ"ぁぁぁッ!!」
 ニアの悲痛な叫び声が聞こえ、

 振り返った俺の目に頽れるニアの姿が映った。

「ッ!!」
「ニアーッ!!」
俺は息を飲み、ハロルドが叫ぶ。

 ニアを助けに戻ろうとした俺の二の腕をがっしりと掴んだモーリス卿が止める。

「?!」

 と、同時にチクッとした鋭い痛みを二の腕に感じたがそこで俺の記憶は途絶え、深く沈みゆく意識の中、ニアを助けなければと思っていた。

 
 

 

 
 
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