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12.話し合い⑤
しおりを挟む彼女と相思相愛の彼が私に名前呼びされなかったぐらいで泣きそうな顔をするなどあり得ない。
『やっぱり私の願望がそう見させているだけなのね。こんな影響が出るなんて何処までお目出たいのよ。』
我ながら度し難い。
気持ちを落ち着ける為にお茶を一口飲む。
「それは兎も角、お願いと言うか検討していただきたい事がございますの。」
表情を引き締める彼に、私も前に進む決心をしなければと思えた。
「ガーネット卿と私の婚約を解消していただきたいの。」
「嫌だ!」
即答。
しかもまさかの拒否。
「へ?」
まさかまさかの想定外な返事に、思わずポカンと口を開けたままの私の口から変な声が出た。
まさか!
このままはっきりさせないなんて有り得ない!
「婚約は継続!以上!!」
紋切り型にそう言うと、話は終わりとばかりに席を立とうとする。
「え?いや、ちょっと!卿がそうでも私には継続の意思は無く…。」
勢い良く立ち上がった為に椅子が倒れたが気にして等いられない。
勢いのままに早口で彼に言った私の言葉を遮り、
「却下だ!却下!破棄も解消も応じるつもりはない!」
そう言い捨てると恐ろしい速さで彼の背中が遠ざかって行った。
私はと言うと、テーブルの上に身を乗り出し、片手を伸ばした状態で、信じられない状況に固まってしまった。
「嘘でしょ……。」
どうすんだ私?
合同訓練が終わるまでまだ日にちがある。その間に何とか婚約解消に漕ぎ着けたい。
とは言っても、後発組にはお父様も居る。私相手に逃げの姿勢を貫けても、お父様を相手にそんな手が通じないのは彼も分かっているだろう。
『婚約は絶対に解消させていただきますからね。私が前に進む為にも。』
心の中で呟いた。
けれど、明日から合同訓練が始まる。
そうなれば話し合いの時間を持つのが難しくなってしまう。
が、私は諦めずに連日訓練終了後、何とか時間を取って貰う為に掛け合ったが、のらりくらりと躱され続けて気付けば合同訓練も残すところあと三日となっていた。
しかも明日には後発組が到着する。
なのに一高に進まない状況に焦る。
やはり私相手だから軽んじられているのだろうか。
のらりくらりと躱され続けている事にそう思ってしまう。
婚約破棄は片側だけの意志で、正当性のある理由ならばできるが、婚約解消となると双方合意の上でなければ成り立たない。
そして現状では婚約破棄するのは難しい。
状況証拠しか無いからだ。
つまり、相手側がどうとでも言い逃れできる証拠しか無い。
人目を憚らずイチャイチャしていたとしても「距離が近すぎただけ。」と言われてしまえばそれが罷り通る。
周囲が納得するような事でもない限り婚約破棄はできないのだ。
それが分かっていながら、逃げの姿勢を貫く彼に苛立ちが募る。
彼は如何したいのか?
このまま有耶無耶にして、彼女との関係を続けたまま私と結婚するつもりなのだろうか?
勿論、そんな結婚など真っ平御免だ。
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△
そして、とうとう明後日には訓練終了となる今日、信じられない者を見た。
有り得ないその状況にモーリス卿とハロルドが不快感も露わに抗議してくれたがガーネット卿は、今回ラフレシアは東部所属ではなく、南部所属としての参加なので問題ないとして聞き入れなかった。
そう、今日になっていきなりラフレシアが訓練に参加する事になったと言うのだ。
しかも、何故か東部所属ではなく南部所属での参加だった。
モーリス卿は「領主である辺境伯及び嫡男のディーン様がカーネリアン家にした約束を反故にされた。」と彼に憤り、私に何度も謝り続け、ハロルドは(現状怒れない)私の代わりに怒ってくれた。
ふと上げた視線の先に二人の姿が目に入る。その近すぎる距離。
と、此方をチラリと見た彼女の口角が片方だけ上がったのが分かった。
勝ち誇ったようにも見える彼女のその表情に、私は何とか感情を表に出さずに済んだ。
そして彼はと言うと、一度も此方を見ようともしなかった。
『それがどうした。もうずっとそうだったじゃないか。彼は私の事など見ない。彼女しか見ないなんて事は分かっていたはず。』
私と私の想いを踏み躙り、婚約解消の話し合いから逃げる彼。
彼に撓垂れかかり口角を上げる彼女。
そんな二人の姿を目にして心は千々に乱れ、必死でそれを隠す私。
本当は泣き叫びたい。如何してと詰りたい。
けれど喉から出ようとするのを無理矢理に飲み込む。
頭に手を乗せられ、その手の持ち主を見るとハロルドが泣きそうな(?)顔をしている。
彼だけじゃなかった。
周りを見るとリリカ先輩やミーシャ、名前も知らない騎士達が小さく頷く。
暖かいその手と皆に励まされ、私も同じように大丈夫だと言うように笑って頷いた。
ハロルドだけでなく、皆に心配ばかりかけて何だか申し訳ない。
本当は心配かけたくないのに。
「…今はまだ泣くな…。切り替えろ。集中しろ。その代わり、後で好きなだけ泣いていいから。」
「ぅん…ありがとう。」
「よし、皆も切り替えろそして集中するんだ。それができない奴は戦場で生き残れないぞ。いいな、蛮勇は要らない。弱くてもいい。ただ生きて帰る事に集中しろ!」
離れた位置から見ていたモーリス卿も頷くと、自分が指揮する騎士達に檄を飛ばす。
「「「 整列ッ!!」」」
今回の合同訓練では彼が司令官、各部隊を率いる指揮官はタリス・オブシディアン伯爵(南部)、ヘリオドール・モーリス伯爵(東部)、ハロルド・カーネリアン伯爵家次男(北部)。
各指揮官の号令を皮切りに、何処か不穏な空気を孕んだまま訓練が始まった。
だが、彼女の姿を見た瞬間からなぜか胸の内側が妙に騷めく。
訳も無く不安になったが、私は彼女に嫉妬…しているのだろうか…?
けれど、嫉妬とは違うようにも思えた。
後になってその胸騒ぎが嫉妬による物ではないとわかったのだが…。
そして、嫌な胸騒ぎを抱えたままその日の訓練が始まったのだった。
~~~~~~~~~~
*この後、内容が地雷まみれになります。
前書き予告する予定なので、苦手な方は全力で回避願います。
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