もう、嫌だ!!

雫喰 B

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── 繰り返しの章 ──

1.

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    その日、ロシュフォール子爵家に待望の赤子、しかも嫡男となる男児が誕生した。

    夫妻は勿論、二人の周囲の人達も待ち侘びた子で、深い愛情を注がれ、可愛がられて育った。

    やがて3才になる頃に弟が生まれ、二人とも分け隔てなく育てられ兄弟仲良く、すくすくと育っていった。

    ロシュフォール子爵家は代々騎士をしていた家系で、二人の父親も騎士だった。
    そして、その子供達も父親に憧れ、幼い頃から剣の練習に励んだ。

    兄の方は、ギデオン・ロシュフォール。黒髪に濃藍色の瞳で、顔立ちは母親に似ていた。
    弟の方は、ヘルメス・ロシュフォール。ミルクティー色の髪に、紺色の瞳で、顔立ちは父親に似ていた。

    まるで父親と母親の髪と瞳が入れ替わったような容姿だと、幼い頃から言われていた。



    そんな二人もあっという間に大きくなり、ギデオンが8才、弟が5才の時にそれは起こった。

    その日、王都では国王の誕生日を祝うお祭りが催されていた。
    二人は両親と一緒にお祭りの屋台巡りをしていた。

    と、一人の少女が妹らしき小さな女の子の手を引いて歩いているのが眼に入った。
    
    ギデオンはその妹の方に眼が釘付けになった。緩くウェーブのかかった蜂蜜色に輝く金髪、透けるほど白い肌の美しい少女だった。

    今にも泣き出しそうな顔で、姉のスカートを握り締めている姿は、庇護欲を掻き立てられた。

    暫く様子を見ていたが、どうやら親とはぐれてしまったらしく、姉妹は何かを探すように、辺りをキョロキョロ見ている。    

    親らしき人物や付き添いらしき人物は、周囲に居なかった。
    
    やっぱり、迷子か?

    そう思っていたら、見るからにガラの悪そうな男達が、姉妹の方を見ながら何か囁き合ってニヤついている。

    何だか嫌な予感がした。
    あの姉妹に対して良からぬ事を考えているのではないか…?

    男達が二人を取り囲みながら、何か話しかけている。

    怯えたように抱き合う二人。

    その事を両親に話そうとしたが、少し離れた所にいた。
    弟に両親の所へ行き、俺があの姉妹の所に行った事を伝えるように頼むと、二人の方へと駆けて行った。

「あ、こんな所に居たんだ。探したんだぞ。」
「  ……。」

    姉の方が、俺に話を合わせてくれるように願って、眼で合図をする。
    困り果てていた彼女だったが、その事に気づいてくれたように話を合わせてくれた。

「それはこっちのセリフよ。何処に行ってたのよ。」

    そう言って、俺の方に歩きだそうとしたが、男達が通せんぼをするみたいに立ちはだかる。   

    ますます怯える二人。
    
    彼女の方は青い顔をして、眼で助けを求めていて、妹の方も訳が分からないまでも、マズい状況というのが分かっているのか、姉と同じように青い顔をしていた。

    男達の隙間から、必死で姉妹の方に手を伸ばすが届かない。

「退けよ。」「邪魔するなよ。」と言っても埒が明かない。へへへ…。と笑い、ニヤニヤしながら邪魔をしてくる。

「貴様ら、俺の子供に何してるんだ!」

    怒鳴りながら父が駆けつけた。

「ヤバい。騎士だぜ。」

    男達の一人がそう言うと、そそくさと走って逃げて行った。
    
    膝から力が抜けたのか、その場に座り込んで泣き出した姉。
    釣られて妹の方も泣き出した。

    二人の前に屈んで

「もう大丈夫だからな。お父さんやお母さんとはぐれてしまったのか?」
「…うん…。」

    左右の手の甲で交互に涙を拭いながら頷く。

    母と弟も傍に来た。
    ハンカチで二人の涙を拭って「大丈夫よ。」「妹を守って上げて偉いわね。」と声をかける。

「「アリー!!エリー!!」」
「あ、「お父様!!お母様!!」」

    自分達を呼ぶ声に姉妹が振り返った先には、二人の両親らしき夫婦が、青ざめた顔をして駆けて来ていた。
    母親の方は涙を流している。

    両親に抱き締められた二人は、再び泣き出した。会えた事で安心したのだろう。

    その様子を見ていた野次馬達も、「良かった。」「親が来たなら大丈夫だろ。」と口々に言いながら散っていった。

    俺の父が騎士だったので、安心したのだろう。父が名乗ると、二人の父親も名乗った。

    そして、何度も礼を言う相手に父は、「騎士として当然の事をしたまでなので、礼には及びません。」と言っていた。

    何度も礼を言って頭を下げながら、家族は去って行った。

    その後姿を見送った後、

「騎士の息子として偉かったぞ。」

    そう言って父は俺と弟の頭を撫でた。
    父に憧れて騎士を目指していた俺達は、嬉しくて誇りに思った。

    騎士を目指して良かったと。

    それ以降俺達は、益々訓練を頑張った。

    

    後日、クルーゼ伯爵家から、あの時の礼を言いたいと、ロシュフォール子爵家うちに招待状が来た。

    爵位が上の家からの招待なので断る事も出来ない為、伯爵家を訪問する事になった。

    クルーゼ伯爵家の当主、シャルル・クルーゼ伯爵は、宰相の補佐官を務めている。
    何代も続けて文官を輩出している家として、割りと有名だった。

    対して、ロシュフォール子爵家は、曾祖父が騎士爵位を賜り、戦で功績を上げ、準男爵位、男爵位、子爵位を賜って現在に至る。

    つまり新興貴族家、しかも“叩き上げ”である。

    そんな子爵家からしたら、伯爵家の中でも筆頭にあたるクルーゼ伯爵家は、爵位も家格も上なのだ。



    あの時の二人、姉の名はアリシア・クルーゼ(三女、7才)、妹の名はエリース・クルーゼ(四女、5才)。

    あと、上に姉が二人いるらしいが、姉達は年が離れている為、あの日は別行動を取っていたという。

 そして、その日から家族ぐるみの交流が始まり、1年が経過した頃、俺とエリース(愛称・エリー)は婚約した。
 
 とは言っても、エリーがまだ幼い為、仮婚約で、正式な婚約は学園に入る前と決まった。

 エリーの父クルーゼ伯爵が言うには、

「あの時、助けに来てくれたギデオン君に、エリーが一目惚れ(?)したらしい。」

 でも、招待した時に言ったら、責任を感じてしまうかもしれないから、1年待って気が変わらなければ打診してみる。と、本人に言い聞かせていたという。

 道理で、妙に懐かれていると思った。

 けど、俺もあの時、エリーの姿に眼が釘付けになっていた。
 一目惚れだったと思っていたから、嬉しくて仕方なかった。

 それからは、幸せな日が続いた。
 ただ、エリーの気が変わったら……と、それだけが心配だった。


   








    
    

  
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