終わりの町で鬼と踊れ

御桜真

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第四章

【3】 闇は嗤い哭く 5

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 杏樹の悲鳴が響き渡る。博登《ひろと》の笑い声がそれにかぶさってくる。

「史仁をとってやった!」
 少年は高笑いしながら叫んだ。
「お前の大事なものをとってやった! これでちょっとは僕の気持ちも分かるだろ」

 ――好きにしろ。杏樹に向けてあの少年は言った。
 それはつまり、自分も好きにする、ということか。

「ふざっけんな!」
 杏樹は喚叫《おめきさけ》ぶ。

「あんたに教えてもらわなくたって、知ってるわよ! どれだけ失ってきたと思ってるのよ!」
 至近距離で杏樹が弓を引き絞る。放たれた矢を、博登は後ろ向きにエスカレーター手すりに飛び乗り、避けた。
 榛真が包丁を手に突進する。博登はそれもひょいと避け、榛真を蹴飛ばした。榛真は声もなく後ろに吹き飛ぶ。

「ひどいなあ。ぼくの顔を見ると、いっつもお前はそうだ」
 エスカレーターの上に軽やかに着地する。
「俺たちは、怪物じゃないのになあ。ねえ、杏樹」

 少年は大げさに腕を広げる。
 ――たくさんの命を奪っておいて
 こんな風に。
 あんなに、楽しげに。

 感染して吸血鬼になると、以前よりも性格が攻撃的になると言われていた。
 博登のあの残酷さが、彼のものなのか、吸血鬼のものなのか、あたしも抱えるものなのか、分からなかった。
 それがまた、ひどく恐い。
 駆けつけなきゃと思うのに、足が動かなかった。

「黙れ、あんたと一緒にするな」
 杏樹は低く抑えた声で唸る。倒れた史仁の側に駆け寄って、その前に立ちはだかる。

「そんなに邪険にしなくていいじゃないか」
 あははは、とまた笑い声が響き渡った。
 そして少年は、軽い足取りで榛真の側へ近寄った。うめく榛真に顔を近づけて、にんまりと、目を三日月のようにして嗤《わら》う。

「ねえ、お前の家に招待してほしいなあ」
「はあ?」
 榛真が声を上げる。

「西の方、お前の父親を殺した姪浜《めいのはま》のあたりだろ。ずっと少しずつ調べてたんだよ。知ってた? 気づかなかったかなあ。能古島《のこのしま》。いいところだよねえ。子供の頃に、家族で行ったことがある」
「……いい加減なこと言いやがって」
 榛真の声が、動揺に揺れた。嘘のつけない奴だ。

 またひときわ、少年の笑い声が高く上がった。
「どっちでもいいや。お前たち、潮時だよ」
 少年は楽しそうに笑っている。またふわりと飛んで、エスカレーターの上に戻った。地下へ続く道へ。

「待て、ふざけんな、逃げるな!」
 胸を押さえながら榛真が起き上がる。後ろ向きに闇の中へ下がっていく博登の方へ突進した。

「榛真、追うな!」
 あたしは思わず叫んでいた。

 榛真はエスカレーターの前で踏みとどまる。ギリギリと歯を噛みしめる音が聞こえそうなほど、悔しげにエスカレーターの先を睨みつける。

 この下は闇。
 地下鉄へ続く階段の先には、明かりは一つもない。吸血鬼達の住処だ。



「史仁、史仁!」
 杏樹は血だまりの横に膝をついて叫んでいた。
 杏樹自身も出血している。もう傷が塞がっていたとしても、その血のついた手で触ると感染する可能性がある。
 史仁に近づくことも出来ずに、歯がみした。

「許さない、許さない。あいつ絶対許さない」
 ただ唸るように唱える。
 あたしも立ち尽くしたまま、動けなかった。心臓がざわめいて、息が苦しい。
 まるで、噛まれた時のあたしと紘平の姿を、後から見せつけられているようで。

「杏樹。――杏樹」
 なだめるように、史仁はそっと杏樹を呼ぶ。杏樹はその吐息のような声を聞こうと身を乗り出した。
 史仁はゆっくりと手を上げる。

「噛まれてない」
 防具をはめた腕。傷はついているけど、穴はあいていない。血も出ていない。
 ――だけど。

「史仁」
 杏樹は泣きながら手を握ろうとして、やめた。――触れない。

「飲め」
 どくどくと流れる血だまりの中で、史仁は、まっすぐに杏樹を見上げて言った。杏樹は震えていた。
「だめよ、史仁」
「このままだと、どっちにしろ死ぬ。俺の血の一滴も無駄にするな」

 冷静に言いつのる。少女はボロボロと涙を流しながら、震えていた。駄々をこねるように首を横に振る。

 杏樹が噛みつけば、もしかしたら史仁は吸血鬼になって生き延びるかも知れない。何より、血の誘惑が思考を覆い尽くしているはずだ。だけど強情に杏樹は首を振る。
 ふと少年の目が和む。

「飲んで、杏樹。吸血鬼になるなら、それでいい。杏樹と同じになるだけだ」
「ばかね。あんた、あたしが、どれだけ吸血鬼を嫌いなのか分かってて言ってるでしょ」
「でも俺は、杏樹があのとき、死ななくてよかった。俺も死にたくない。まだ杏樹と一緒にいたい。死んでも、杏樹の命になるならそれでいい」
「嫌よ、そんなの」
 杏樹は泣きながら、史仁に言いつのる。

「わたし、全然生きていたくなんかなかった。こんな世界で、こんな体になってまで、生きていたくなんかなかったわ。でも、史仁がいるから、我慢してた。史仁がいないんだったら、どうだっていい。生きていたくない。人間も吸血鬼も滅びるんだったら滅びたらいいのよ!」
 悲痛な叫び声が、ロビーに響き渡った。

 だん、と大きな音がその上に重なる。
 博登を追うのを諦めた榛真が、イラだちまぎれに足を踏みならした。

「バカじゃねーのか、お前ら! 悲劇気取ってんなよ!」
 戻ってきた榛真が、憤慨して叫ぶ。
「なに油断してんだ、いつも全然隙なんか見せねーくせに」
 榛真はリュックからタオルを取り出すと、史仁の傷口に押し当てる。あっという間に真っ赤に染まった。

「止血もしねーで、バカじゃねーのか!」
 杏樹もあたしも史仁には触れなかった。人間の榛真をのぞいては。
 それを分かっているのかいないのか――わかってるんだろうけど、榛真は悪態をつきながら傷口を押さえ続ける。

「誰が手当できる奴はいないのか。ここ病院だろ」
「お医者先生と看護士が」
「さっさと連れてこい!」
 誰かが駆けていく音がした。まわりにいた吸血鬼のひとりかもしれない。

 薄く、弱々しく、笑い声が下から聞こえる。
「お前に借りが出来るとはな」
「生き延びてから言え。お前なんかくそみたいに嫌いだけどな!」
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