終わりの町で鬼と踊れ

御桜真

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第三章

【1】 少女に暗転する牙 2

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「ちょっと」
 奇妙な静寂の中を、ポクポクと音が響く。
 大小の人物が乗った馬が、ゆっくりと木陰から姿を見せた。革の靴をはいた馬の蹄はコンクリートにくぐもった足音を立てる。

 ツバのおおきな帽子をかぶった少女と、弓をもった少年が騎乗している。
 少女の方は、埋もれてしまいそうにたくさんのフリルのついた服を着て、手綱を握る少年の腕の間におさまっている。大きなサングラスがアンバランスだった。
 少年は日よけになるようなものを何も着ていない。

 ――人間と吸血鬼の組み合わせ。

 あまりにも自然体で、それがひどく不自然だ。
 身構えるあたしを無視して、馬は黒のチェックのストールをかぶった少年へ近づいていく。

「どうすんのよそれ、もったいないわね」
 少女は馬上で顎をあげて、高飛車に言った。
 地面に倒れた和基を見ている。男の頭と首のあたりからあふれる血で、地面の赤がどんどん広がっていた。

「杏樹《あんじゅ》か」
 少年はつまらなそうに言う。
「すぐ持って行って、全部血を抜く。お前達ほどじゃなくたって上手に出来るさ」

 言っている間に、別の吸血鬼がすばやく和基の襟首を掴み、引きずりあげた。
 血がこれ以上溢れないように、布で抑えて引きずっていく。血の帯が体の下に残る。
 あ、そう。と杏樹と呼ばれた少女は興味なさそうに応えた。

「それはどうするの」
 亨悟を指さした。捕らえられたまま亨悟が縮こまる。
「俺のものだ」

「こっちは」
 今度はあたしを指さす。
「俺の獲物だ」

「贅沢ね」
「後から来て偉そうだな」
「そもそもあたしは関係ないのよ。偉そうなのはそっちじゃない。人間の集団が来てるとか、身内を殺されたとかどうとか大げさにあんたの都合で呼び出して手伝えとか言っておいて、何よその言い方。なんなの、このひどい有様」

 辺りに転がる吸血鬼の死体を指さして少女は嘲笑う。少年は、さっきまであどけなく笑っていた顔をゆがめて、憎々しげに言った。

「ああ、ご苦労だったな。わざわざ来てもらったけど、もう用事は済む」
 少年よりもずっと年かさの、大人の吸血鬼達が黙って少年に従い、少年を守るようにそばに立っている。
 勝手に獲物の処遇を決める彼らに、誰も口を挟まなかった。

 榛真の言った通り、身に纏っているものが良質な少年が、彼らのトップだということは明らかだった。彼のあの残虐さと強さを思えば、当然かも知れない。

 杏樹と呼ばれた少女の方もそうなのだろう。少年とは違う、どこかの集団のトップか、それに近い立場のはずだ。
 誰もがボロボロの着古したものを着ているなかで、フリルの波に埋もれるような服は、簡単に手に入るようなものじゃない。

 何より、吸血鬼は見た目では年齢が分からない。いつから、どうやって、吸血鬼になったのかも。

「済むのかしらね」
 杏樹は鼻で笑った。
 漂っていた不穏な空気が濃くなっていく。あたしは腰を落としてパドルを構えたまま、二人を交互に見るが、どう動いたものか。

「肝心の、一番大事な敵には逃げられたんでしょ。わざわざ、夜でもないのにこんなところに集団で出てきておいて」
 ぽくぽくと足音を響かせながら、馬は少年の周りをうろうろと歩いている。

「お前が逃がしたんだろ」
 少女を目で追いながら少年が鼻白む。
 榛真のことか。

「あんたの姉を殺したのはあたしだ」
 天神をうろついていたときに、榛真を襲っていた女をパドルでぶちのめした。あの時のことだろう。
 口を挟んだあたしを少年は鋭く見た。

「殺したのはあいつだ。わざわざ天神までやってきて、姉さんを太陽の下に引きずり出して、焼き殺したそうじゃないか。俺の目を盗んで」
「襲われたからじゃないのか」
「違うね。わざわざ来ておいて、襲われたなんて、理由にならない。あいつは、俺たちをただ殺しに来たんだ」

 あたしは口を閉ざした。あたしは、人間が襲われているようだったから、襲われていた方を助けただけだった。
 捕食者から、補足される側を助けた。細かい事情なんて考えなかったし、考えたくもなかった。

「お前はなんなんだ。どういうつもりだ」
 その問いに、あたしは応えなかった。

 あたしは何なのか。どういうつもりなのか。
 ――自分が一番よく分からない。どうしたいのか。どうすべきなのか。
 どう生きるべきなのか。

「物資がありそうな場所に行くのは、生きていくために必要だ。そこにお前らがいただけだろう」
「分かったようなこと言うじゃないか。ああ、そうか」
 少年の眼鏡の奥の目が、三日月のように笑う。残虐な色をのせて。

「お前、なったばっかりか」

 唇についた血をなめた。舌なめずりするように。わざとらしく。
 何もかもを見透かすような、からかうような仕草に、胃のムカつきがよみがえってくる。頭に血がのぼるのがわかる気がした。
 パドルを強く握りしめる。手袋がきりきりと鳴る。

「どうだっていいわ」
 杏樹の声がまた上から降ってくる。
 そして馬上の少女は、あたしを指さした。

「それは使えそうだからもらっていく」
 サングラスの下で、少女がどんな顔をしているのかわからない。
 少年が高い声を上げる。

「話を聞いていたのか? 俺の獲物だ」
「あんたの家族が殺されようがわたしは関係ないのよ。あんたの姉のことなんか、知ったことじゃないわ」
「だめだ、ここで殺す。刃向かう吸血鬼なんて、人間よりタチが悪い。食い扶持が増える上に、面倒ばかり起こす」
「うちの兵隊にするわ」
 杏樹は笑いながら続けた。

「わたし、あんたが嫌いなの」
「知ってる」
「だからあんたの言うことを聞く理由なんてないわ」

 少年が歯がみして少女を見上げた。空気が緊迫感を増して、少年の近くにいた別の吸血鬼が身構えるのが分かる。
 杏樹を支えて馬に乗っている少年が、素早く弓を構えた。漂う緊迫感など気付かない風に、少女は悠々と言う。

「どっちにしたってわざわざ出てきたのよ、手ぶらで帰りたくない。あと、それをもらうわ」
 杏樹は亨悟を指さした。
「そのへんにまだ使えるのもいるだろ。そいつらをやるよ」
「あんたこそ、勝手に人間の処遇を決めるわけ? あんたたちが人を狩ってきたら、わたしたちが飼うんでしょ。血の気が多くて抵抗しそうなのはいらないわ。管理がめんどうだもの、あんたたちが好きに処理すればいい。でも、それ、どうするつもり? 殺すんだったらわたしがもらう。残りは全部あげるわ」

 どこかに連れて行くつもりだ。亨悟もあたしも。
 ――今、どうにでも抵抗して逃げるべきか迷った。

 この場は開けているし、路地に逃げ込めれば、なんとか逃げられるかもしれない。
 亨悟は怪我をしているようだったが、この町に詳しいはずだ。なんとか亨悟を捕まえている奴をぶちのめして、担いで逃げられれば。
 だが、少女には馬がある。すぐに追いつかれるかも知れない。

「血液パックあげてるでしょ? 偉そうに指示ばっかり出して、あんた達が何してくれてるって言うのよ。軍隊気取ってるなら、さっさとあのうるさい奴ら追い払ってよ。よそ者はあんたと同じくらい嫌いなの」
 少年は憎々しげに杏樹を見て、それ以上は何も言わなかった。
 あたしはパドルを握りしめたまま、動けなかった。亨悟は縮こまったまま、逃げる気力もないように見える。

 話を聞いている限り、少女は亨悟をすぐ殺すつもりはないようだった。怪我をした亨悟を連れて無理をして逃げるよりも、亨悟と同じところに連れて行かれるのなら、その方がいいのかもしれない。機会をうかがうことが出来る。

 でも、その先がどうなってるのか分からない。今より悪い状況になるかも知れない。
 ――吸血鬼に取り囲まれた、今よりも悪い状況があるか分からないが。

「逃げるよりついてきた方が、あんたたちのためよ」
 身構えたままのあたしを見下ろして、少女は嘲笑うように言った。
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