終わりの町で鬼と踊れ

御桜真

文字の大きさ
上 下
18 / 37
第二章

【6】 木陰に鬼は潜み 2

しおりを挟む
 バイクの爆音が響く。紗奈はバイクで突進してくると、俺と少年の間に割り込んだ。
 行きすぎて、Uターンして戻りながら急ブレーキをかける。さすがにヤツも慌てて後ろに下がる。

「早く乗れ」
「俺に指図するな! 俺はこいつを……!」
「偉そうなことを言ってる場合か! 今は分が悪い。相手が多すぎる」

 俺たちが怒鳴り合っている間に、亨悟を追い回していたやつがバイクを力任せに引きずり倒されて、吸血鬼に捕まった。
 亨悟はあわてて逃げようとしたが、別の奴に追い詰められた。

 やばい助けないと。
 ――だが、助ける理由なんてどこにもない。あいつは島の人間ですらない。俺を騙してた。
 俺の視線を追って、紗奈はバイクを降りた。

「あいつはあたしが助ける。お前は逃げろ」
 俺の腕を掴んで、俺にハンドルを持たせようとする。
「あいつにはニワトリの恩がある」
「うるせえ、お前もあいつもどうでもいい」
 吸血鬼の紗奈の腕の力は強くて、もがいでもふりほどけない。

 開き直れず迷う俺を見透かされたようで腹がたった。
 だいたいなんでこいつが亨悟を助けるんだ。吸血鬼のくせに。ニワトリの恩とかこだわるなんて、人間みたいじゃないか。
 訳の分からないイライラを、少し離れてこっちをニヤニヤとみている少年の視線が煽る。

「俺は、あいつをぶっ殺さねーとだめなんだ!」
「何がだめなんだ、そんなこと意味があるのか!」
 紗奈が声を荒げる。
「お前はこんなところで死ぬ気なのか!」
「てめえが言うな、吸血鬼!」

 こいつも誰かの命を奪って、のうのうと生きているくせに。
 こいつらのせいで俺たちはいつも身を縮めて、息を潜めて生きていかなきゃならないのに。
 なんでこいつにこんな事言われなきゃならないのか。吸血鬼のくせに。

「うるさい! ごちゃごちゃ言い合ってる場合じゃない、さっさといけ!」
 紗奈は、今までにない剣幕で怒鳴り返してきた。俺は思わず口をつぐむ。
 なんで俺を逃がそうとするのか。生かそうとするのか。どうせ、俺たちは餌でしかないのに。

 ヤクザたちと吸血鬼たちの争う声と銃声があたりで響き渡っている。実際、言い争ってる余裕なんかなかった。

 俺はもう一度あの少年を見た。ブランドもののチェックを着た、あどけない少年。
 ここで、こいつを、ぶっ殺す。でも力の差は歴然で、まわりには敵しかいなくて、俺には武器はこんな鉈しかなくて、残れば確実に死ぬ。

 そんなことは分かってる。それくらいの覚悟でかからないと、こいつは殺せない。
 だがこんなところで死んでいいのか。仇討ちをするために死ぬつもりなのか。

 ――七穂の顔が思い浮かぶ。ワガママなんかたくさん言いたいだろうに、我慢して、寂しそうなのを隠して笑っていた顔。
 絶対帰って来てねと、声を震わせていた。
 七穂だけじゃない。この荒廃した時代に生まれた子どもたちの誰もがそうだ。せめて、守らないといけない。あの島を。

 俺はひったくるようにバイクのハンドルを握る。
 紗奈は手を離して、脇に抱えていたパドルを握り直した。ぐっと腰を落として両手で振りかぶる。
 背筋にゾッと悪寒がはしって、俺はあわててかがむ。

 紗奈が振り回したパドルが、俺の後ろに迫っていた男の頭を叩きのめした。かに見えた。
 ブルゾンのフードを目深にかぶってマスクをした男は、革手袋をはめた手で、紗奈のパドルをしっかりとうけとめていた。
 俺の頭の上で男とにらみ合う紗奈が、ちらりと俺を見る。

 俺はもう考えるのをやめた。かがんだままでハンドルのスロットルを回す。紗奈を残したままバイクを走らせた。


 ――亨悟。
 左足のクラッチを踏む。俺はスピードをあげて、亨悟を掴まえている吸血鬼の方へ向かった。

 亨悟と目が合う。こいつを、助けたって。俺のことを、この辺りの情報をヤクザどもに流されるだけだ。
 俺を騙して油断させてた、嘘つきだ。――でも。

 こいつを助けたときのことを思い出す。
 あのときも吸血鬼に襲われていた。情けない顔はあのときも今も同じだった。
 俺を騙そうとしているようには見えなかった。もう何が嘘で本当で信じられるのか、分からない。
 だから何も信じたくなかったのに。

 通り過ぎる前に、手を伸ばそうと思った。
 一瞬迷ったその隙に、ヒョウと空気を裂く音が聞こえた。俺は思わず手を引っ込めて、頭を下げる。弓矢が、近くの欅に突き刺さっている。

 俺のバイクは亨悟たちの横を通り過ぎる。視界の端に、俺が向かうのと別の路地から、馬が出てくるのが見えた。
 くそ、史仁まで来やがった。

 振り返ると、首根っこを掴まれた亨悟が引きずられていくところだった。
 すぐは殺されないはずだ。そして黒煙を上げる車の向こうで、紗奈がパドルを振り回している。

 そして少年は笑いながらこっちを見ていた。そのあどけない姿が遠くなる。
 逃げるのか、逃げるべきなのか。あいつをぶっ殺さないといけない。亨悟たちを助けるべきじゃないのか。

 どうするべきなんだ。頭がごちゃごちゃになる。
 ただとにかく――死ぬわけに行かない。
 俺は左足のクラッチを踏む。スロットルを全開にして、そのままバイクを走らせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

如月さんは なびかない。~クラスで一番の美少女に、何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

コントな文学『心が泣いている』

岩崎史奇(コント文学作家)
大衆娯楽
つけ麺大盛りを頼んだら大盛り分を残してしまって…

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...