151 / 236
date et dabitur vobis
quattuordecim
しおりを挟む
自分を引き止める斎の手と声に、足を止めて振り返った。そこには何かを言いたそうな、戸惑いを浮かべた斎の姿があり、言葉を待つ。少しの後、意を決したかの要に、斎は口を開いた。
「天弥が卒業したら、一緒に暮らそう」
思いもしなかった言葉に驚き、天弥は返事も忘れ見開いた瞳でその姿を見つめた。
「嫌か?」
不安そうに尋ねる声で我に返り、天弥は慌てて首を横に振る。嫌などという事はありえない。こみ上げてくる嬉しさで、胸は張り裂けそうになる。嬉しいはずなのに涙が溢れ、大声で泣き出しそうになった。
「僕、ずっと先生と一緒に居てもいいんですか?」
斎は思わず軽いため息を吐き、その頭に手を載せた。
「まだ足りなかったか?」
質問とは違う疑問が返ってきて、少し戸惑いながら斎を見つめた。
「足りないって……?」
自分の頭を撫でる斎に向かい、尋ねる。
「俺の気持ちは、嫌という程この身体に教え込んだつもりだったんだが、まだ足りなかったみたいだな」
少し意地悪そうな笑みを浮かべ、斎は天弥の耳元で囁く。それを聞き、天弥は耳まで赤く染まる。
何度も、斎は愛の言葉を伝えてくれた。だが、それは自分の正体を知らないから言えるのだ。もし、斎が総てを知ってしまえば、その気持ちは嫌悪と後悔に変わってしまうのは分かりきっている。
「それで返事は?」
天弥は、これ以上ないと言える程の嬉しそうな笑みを浮かべた。それでも、斎が欲しいと望んでしまう。いつか終わりが来ると分かっていても、少しでも長く共に在りたいと願わずにはいられなかった。
「はい」
天弥の笑みと返事に斎もまた、嬉しさを隠せずに笑みを浮かべる。とにかく、天弥と交わす約束が欲しかった。天弥がこの先も自分と共に在るのだという確たるものが、一つでも多く欲しかったのだ。
「それじゃあ僕、帰りますね」
斎の顔を見上げた。
「また、明日」
もう一つ約束を増やし、斎は天弥に向かって軽く手を上げた。天弥は笑顔で答えると斎に背を向けて玄関へと向かう。斎は帰したくない気持ちと不安を押さえ込み、天弥の姿を見送った。
ふと、何かを思い付いたかのように足を止め、天弥が振り返る。
「先生、晩くなると思うけど、おやすみの電話してもよいですか?」
「ああ、待ってる」
斎は即答する。そして、いつも届いていたメールに返事を出来なかった事を思い出し悔やむ。
嬉しそうな表情を返し、天弥は再び背を向けて玄関へと足を踏み出した。目的の場所へたどり着くと天弥は振り返り斎の姿を確認する。変わらずそこに在るその姿に安心を覚え、軽く深呼吸をすると意を決したかのようにインターフォンを押す。すぐに母親の声が聞こえてきた。
「……た、ただいま……」
他に言葉が思いつかず、小さな声でそう告げた。玄関が開くまでの短い時間がとても長く感じ、何度も斎の姿を求めて振り返りそうになる。
ドアが開き、そこに立つ母親の姿が視界に飛び込んでくると、思わず俯き目を閉じた。
「おかえりなさい」
穏やかな母親の声に驚き、不思議そうにその顔へと視線を向けた。怒られる事を覚悟していたため、思わず拍子抜けしてしまう。
「ただいま」
「天弥が卒業したら、一緒に暮らそう」
思いもしなかった言葉に驚き、天弥は返事も忘れ見開いた瞳でその姿を見つめた。
「嫌か?」
不安そうに尋ねる声で我に返り、天弥は慌てて首を横に振る。嫌などという事はありえない。こみ上げてくる嬉しさで、胸は張り裂けそうになる。嬉しいはずなのに涙が溢れ、大声で泣き出しそうになった。
「僕、ずっと先生と一緒に居てもいいんですか?」
斎は思わず軽いため息を吐き、その頭に手を載せた。
「まだ足りなかったか?」
質問とは違う疑問が返ってきて、少し戸惑いながら斎を見つめた。
「足りないって……?」
自分の頭を撫でる斎に向かい、尋ねる。
「俺の気持ちは、嫌という程この身体に教え込んだつもりだったんだが、まだ足りなかったみたいだな」
少し意地悪そうな笑みを浮かべ、斎は天弥の耳元で囁く。それを聞き、天弥は耳まで赤く染まる。
何度も、斎は愛の言葉を伝えてくれた。だが、それは自分の正体を知らないから言えるのだ。もし、斎が総てを知ってしまえば、その気持ちは嫌悪と後悔に変わってしまうのは分かりきっている。
「それで返事は?」
天弥は、これ以上ないと言える程の嬉しそうな笑みを浮かべた。それでも、斎が欲しいと望んでしまう。いつか終わりが来ると分かっていても、少しでも長く共に在りたいと願わずにはいられなかった。
「はい」
天弥の笑みと返事に斎もまた、嬉しさを隠せずに笑みを浮かべる。とにかく、天弥と交わす約束が欲しかった。天弥がこの先も自分と共に在るのだという確たるものが、一つでも多く欲しかったのだ。
「それじゃあ僕、帰りますね」
斎の顔を見上げた。
「また、明日」
もう一つ約束を増やし、斎は天弥に向かって軽く手を上げた。天弥は笑顔で答えると斎に背を向けて玄関へと向かう。斎は帰したくない気持ちと不安を押さえ込み、天弥の姿を見送った。
ふと、何かを思い付いたかのように足を止め、天弥が振り返る。
「先生、晩くなると思うけど、おやすみの電話してもよいですか?」
「ああ、待ってる」
斎は即答する。そして、いつも届いていたメールに返事を出来なかった事を思い出し悔やむ。
嬉しそうな表情を返し、天弥は再び背を向けて玄関へと足を踏み出した。目的の場所へたどり着くと天弥は振り返り斎の姿を確認する。変わらずそこに在るその姿に安心を覚え、軽く深呼吸をすると意を決したかのようにインターフォンを押す。すぐに母親の声が聞こえてきた。
「……た、ただいま……」
他に言葉が思いつかず、小さな声でそう告げた。玄関が開くまでの短い時間がとても長く感じ、何度も斎の姿を求めて振り返りそうになる。
ドアが開き、そこに立つ母親の姿が視界に飛び込んでくると、思わず俯き目を閉じた。
「おかえりなさい」
穏やかな母親の声に驚き、不思議そうにその顔へと視線を向けた。怒られる事を覚悟していたため、思わず拍子抜けしてしまう。
「ただいま」
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―
三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】
明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。
維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。
密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。
武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。
※エブリスタでも連載中
【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド
まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。
事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。
一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。
その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。
そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。
ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。
そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。
第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。
表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる