148 / 236
date et dabitur vobis
septendecim
しおりを挟む
天弥の瞳からあふれ出している涙の意味が変わる。
「誰よりも、何よりも、先生だけが好きです」
さらに念を押すように、自分の想いを斎へ告げる。最初の切っ掛けは作られたものだったとしても、今は違う。自分の意思で、感情で、天弥は斎を想い欲しているのだ。
「俺もだ」
斎の表情に嬉しそうな笑みが浮かぶ。
「僕で、いいんですか……?」
正体を知らなくとも、斎はすでに自分が天弥でない事を知っている。それでも、望んでくれるのだろうかと、天弥の胸が熱くなる。
「相変わらず物覚えが悪いな」
そう言うと斎はメガネを外した。
「俺は、お前が好きだって言っただろ」
天弥の表情が笑みへと変わる。
「はい」
嬉しそうな返事を聞くと、斎は天弥と唇を重ねた。一週間ぶりに感じる熱と唇の感触に、互いに激しく求め合う。
天弥になりたいと思った。そして、いつまでも斎と一緒に居たいと願うが、それがどれだけ最低な事なのかも知ってしまった。それでも、何を犠牲にしようとも、総てを裏切ろうとも天弥は斎を望む。
互いの唇がゆっくりと離れると、天弥は斎の胸に再び顔を埋めた。斎はメガネをかけると天弥の身体を強く抱きしめる。
自分が望んだものが腕の中にある喜びと共に、罪悪感もある。願いのために、確実に犠牲になっている者がいる。
「mihi ignoscas」
斎は、天弥の耳元に囁いた。この言葉が本当の天弥に届いているのかどうかは分からなかったし、言葉一つで片付く事ではないことも理解している。それでも言わずに居られなかったのは、少しでも罪悪感を減らしたかったのかもしれない。
理解できない言葉を耳元で囁かれ、天弥は目を閉じる。意味は分からないが、それは本当の天弥へと向けられている言葉だというのは分かった。胸が締め付けられ、斎の身体に回した腕に思わず力が入る。
斎は、自分にしがみ付く天弥を見下ろした。気にすると思い別の言語を使用したが、余計に不安がらせてしまったかと気がつく。
「懺悔をしていただけだ」
天弥は斎の顔を見上げた。斎は、本当の天弥を知っている。どちらかを選べば、どちらかが犠牲になることも理解しているはずだ。天弥の表情が曇る。その表情を見て、斎は天弥と軽く唇を重ねた。
「俺が望んだ結果だ」
唇が離れると斎は、天弥と自分に言い聞かせるように、そう呟いた。
「amori servando me dedidi」
斎の口から再び言葉が流れ始めた。それは祈りのようにも聞こえ、天弥は静かに斎を見つめた。
「autem,te quoque amabam……」
朦朧とした意識の中、耳に届いた言葉を思い出す。なぜ、あの言葉だけラテン語だったのか、それはおそらくこの天弥には知られたくなかったからだと考える。だから、斎もあの言葉の意味を同じ言葉で問い返した。
「quis est illa?」
だが、その答えを聞くということは、再び本来の天弥と会うという事になる。答えを知りたいと思いながらも、永遠に、この問いの答えを知る事が無いようにと斎は矛盾した願いを持つ。
「誰よりも、何よりも、先生だけが好きです」
さらに念を押すように、自分の想いを斎へ告げる。最初の切っ掛けは作られたものだったとしても、今は違う。自分の意思で、感情で、天弥は斎を想い欲しているのだ。
「俺もだ」
斎の表情に嬉しそうな笑みが浮かぶ。
「僕で、いいんですか……?」
正体を知らなくとも、斎はすでに自分が天弥でない事を知っている。それでも、望んでくれるのだろうかと、天弥の胸が熱くなる。
「相変わらず物覚えが悪いな」
そう言うと斎はメガネを外した。
「俺は、お前が好きだって言っただろ」
天弥の表情が笑みへと変わる。
「はい」
嬉しそうな返事を聞くと、斎は天弥と唇を重ねた。一週間ぶりに感じる熱と唇の感触に、互いに激しく求め合う。
天弥になりたいと思った。そして、いつまでも斎と一緒に居たいと願うが、それがどれだけ最低な事なのかも知ってしまった。それでも、何を犠牲にしようとも、総てを裏切ろうとも天弥は斎を望む。
互いの唇がゆっくりと離れると、天弥は斎の胸に再び顔を埋めた。斎はメガネをかけると天弥の身体を強く抱きしめる。
自分が望んだものが腕の中にある喜びと共に、罪悪感もある。願いのために、確実に犠牲になっている者がいる。
「mihi ignoscas」
斎は、天弥の耳元に囁いた。この言葉が本当の天弥に届いているのかどうかは分からなかったし、言葉一つで片付く事ではないことも理解している。それでも言わずに居られなかったのは、少しでも罪悪感を減らしたかったのかもしれない。
理解できない言葉を耳元で囁かれ、天弥は目を閉じる。意味は分からないが、それは本当の天弥へと向けられている言葉だというのは分かった。胸が締め付けられ、斎の身体に回した腕に思わず力が入る。
斎は、自分にしがみ付く天弥を見下ろした。気にすると思い別の言語を使用したが、余計に不安がらせてしまったかと気がつく。
「懺悔をしていただけだ」
天弥は斎の顔を見上げた。斎は、本当の天弥を知っている。どちらかを選べば、どちらかが犠牲になることも理解しているはずだ。天弥の表情が曇る。その表情を見て、斎は天弥と軽く唇を重ねた。
「俺が望んだ結果だ」
唇が離れると斎は、天弥と自分に言い聞かせるように、そう呟いた。
「amori servando me dedidi」
斎の口から再び言葉が流れ始めた。それは祈りのようにも聞こえ、天弥は静かに斎を見つめた。
「autem,te quoque amabam……」
朦朧とした意識の中、耳に届いた言葉を思い出す。なぜ、あの言葉だけラテン語だったのか、それはおそらくこの天弥には知られたくなかったからだと考える。だから、斎もあの言葉の意味を同じ言葉で問い返した。
「quis est illa?」
だが、その答えを聞くということは、再び本来の天弥と会うという事になる。答えを知りたいと思いながらも、永遠に、この問いの答えを知る事が無いようにと斎は矛盾した願いを持つ。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
バベルの塔の上で
三石成
ホラー
一条大和は、『あらゆる言語が母国語である日本語として聞こえ、あらゆる言語を日本語として話せる』という特殊能力を持っていた。その能力を活かし、オーストラリアで通訳として働いていた大和の元に、旧い友人から助けを求めるメールが届く。
友人の名は真澄。幼少期に大和と真澄が暮らした村はダムの底に沈んでしまったが、いまだにその近くの集落に住む彼の元に、何語かもわからない言語を話す、長い白髪を持つ謎の男が現れたのだという。
その謎の男とも、自分ならば話せるだろうという確信を持った大和は、真澄の求めに応じて、日本へと帰国する——。
人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?
石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。
ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。
ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。
「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。
扉絵は汐の音さまに描いていただきました。
一日一怪 ~秒で読めちゃう不思議な話~
ありす
ホラー
Twitter (現: X ) で「#一日一怪」として上げた創作怪談を加筆修正した短編集です。いろんなテイストのサクッと読めちゃう短いお話ばかりですので、お気軽にお読み下さいませ(˶´ᵕ`˶)☆.*・
俺嫌な奴になります。
コトナガレ ガク
ホラー
俺は人間が嫌いだ
そんな青年がいた
人の認識で成り立つこの世界
人の認識の歪みにより生まれる怪異
そんな青年はある日その歪みに呑まれ
取り殺されそうになる。
だが怪異に対抗する少女に救われる。
彼女は旋律士 時雨
彼女は美しく、青年は心が一瞬で奪われてしまった。
人嫌いの青年が築き上げていた心の防壁など一瞬で崩れ去った。
でも青年はイケメンでも才能溢れる天才でも無い。
青年など彼女にとってモブに過ぎない。
だから青年は決意した。
いい人を演じるのを辞めて
彼女と一緒にいる為に『嫌な奴』になると。
【完結】カワイイ子猫のつくり方
龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。
無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる