apocalypsis

さくら

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 天弥の右目から、涙が一しずく頬を伝い落ちる。
「失ってから自分の気持ちに気がつくとは、我ながら馬鹿だとしか言いようがないんだが……」
 天弥の口が微かに動き、何かを小さく呟き出した。
「俺の自分勝手な願いで、お前に残酷な事を強いているのは理解している。どう言葉を尽くしても謝りきれないし、償いようも無いと思う」
 斎は、天弥に向かって足を踏み出した。少しずつ、その距離が縮まっていく。
「あ……る……」
 天弥が呟いている言葉が、途切れ途切れに斎の耳に入る。斎は天弥に向かって手を伸ばした。あと少しで指先が天弥の頬に触れようとした瞬間、その手は振り払われてしまった。
「ナイアール!」
 らしくない、救いを求めるような天弥の声と言葉にその様子を見つめる。すぐに、天弥は背を向けると走り出した。
 斎は、天弥の駆け出した方へと視線を向けた。闇が揺らめき、深淵が具現したような存在が顕現する。それは長身痩躯の男の姿をしており、浅黒い肌に漆黒の長い髪、白を基調とした古代エジプトの王と神官を混ぜ合わせたような服装をしていた。足首までの麻布を腰に巻きつけ、その上から全身を覆う半透明のカラシリスと呼ばれる布は、毛皮の腰帯を境に優雅なドレープを上下に作り出している。その衣装や首元や手足に飾られた宝飾類から、エジプト新王国時代のものだと推測出来た。
 そして何よりも奇妙なのは、目隠しをするかのように覆われた両目の部分の白い布と、闇と同じ色の身体を覆うケープ状の外套である。
 明らかにそこだけ異質の存在であるものに、天弥は何の躊躇も無く抱きついた。それは人の姿を模してはいるが、まったく別の次元の存在だということは、嫌でも理解できる。
 斎は、闇としか表現のしようのない存在が自分へと視線を向けたのを感じた。目隠しがされているため視線の動きは分からないが、値踏みをされているような嫌な感じが伝わってくる。
「面白いものを作りましたね」
 低い、よく通る舞台映えしそうな声が響いた。斎はその場から動けず、手足から血の気が引き総毛立つ。
「勝手に作られてしまったんです」
 天弥は顔を動かし、視線を斎へと向けた。
「おかげで、予定を変更する羽目になりました」
 闇は口元に微かな笑みを浮かべた。
「貴方の眷属でなければ、私が欲しいぐらいです」
「欲しいのなら差し上げます」
 視線を向けたまま、天弥が答える。
「随分簡単に手放しますね」
「本来は、消えてもらう予定だったものです。別に構いません」
 天弥は総てを魅了する笑みを、斎へと向けた。
「消えてもらう?」
 斎は自分を取り巻く慄然よりも、今の天弥の言葉の方が畏怖を覚えた。
「そうです」
 天弥の言葉に、斎は持ちかけられた取り引きの内容を理解する。なぜ、一緒に居るだけで良かったのか、なぜ、取り引きをした本人が現れなかったのか、総て普段の天弥を絶望の底へと追い込むためだったのだ。
「なぜ、俺だったんだ?」
 自分が選ばれた理由だけが分からない。同性同士では、お互いに恋情を抱く確立は低くなる。
「先生は、あれにとって特別な存在だからです」
「特別?」
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