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天弥は斎を見上げると、その美しい顔に妖艶な笑みを浮かべる。斎は、自分の総てを捉え魅了したその存在を見つめた。
「どういう事だ?」
どれぐらい天弥を捜していたのか、携帯が着信を告げるまで、すでに辺りが暗くなり始めている事に気がつかずにいた。携帯の画面は公衆電話からを表示しており、期待と望みに震える指で通話ボタンを押した。すぐに天弥の声で、時間と場所を告げられ通話が途切れた。
「僕と取り引きをしたでしょう?」
斎はその言葉に、空いた手で天弥の腕を掴んだ。一方的な電話であったが、話し方でどちらの天弥なのかはすぐに分かった。
「そうだったな」
何が望みだったのかは分からないが、今目の前にいる天弥は最初から取り引きだと言っていた。
「随分と義理堅いんだな」
斎に答えるように、天弥は誘い込むような視線を向ける。
「約束は守る主義なんです」
天弥は斎のメガネへと向かって手を伸ばした。
「それで、好きでもない男に抱かれるのか?」
天弥の手が止まる。
「そうです」
笑みを浮かべ、日常の些細なことに答えるかのように、何事もなく返事をした。
最初からこの天弥は、斎が必要だとか欲しいとは口にしていたが、斎を好きだと言ったことは無い。
「悪いが、取り引きは無かったことにしてくれ」
そう言うと天弥の腕を掴んだ手に力を込め、自分の身体から引き離した。続けて、手にした本を天弥の胸元へと押し付ける。
「先生?」
自分の予想とは違ったという不思議そうな面持ちで、斎を見つめた。
「この本も返す。だから……」
一息置き、意を決したように口を開いた。
「天弥を返してくれ」
その言葉に、天弥から表情が消えた。
「天弥は僕です」
自らの存在を示すかのように強い意志を込め、斎へと言葉を向けた。
「今、俺の前にいる方が基本人格なんだと思うし、酷な事を言っていることも分かっている」
無表情で佇む天弥を、真っ直ぐに見つめる。
「でも、俺が好きなのはずっと一緒に居た天弥なんだ」
天弥は奥底で小さな針が突き刺さったような痛みを感じた。
「天弥は僕だと言ったはずです。先生が好きだと言うあれは、まったく別な存在です」
ゆっくりと後退さり、斎から距離を取る。
「十三年間、あれは僕を閉じ込めて成り代わっていたんです。やっと、取り返すことが出来たんです。誰に何を言われようと、もう絶対に手放す気はありません」
天弥との間に距離が出来、押して付けていた本を持つ手が、力なく落ちる。
「別の存在? 別人格じゃないのか?」
時間は嫌というほどあった。天弥と会えなくなってから、何度も今までの事を反芻していた。その中で、天弥には人格が二つあるという仮説に基づいて、思惟を重ねてきた。
「そうです」
一瞬の沈黙の後、斎はゆっくりと口を開いた。
「それでも、俺が天弥を好きだという事に変わりはない」
奥底でざわめき出したものを押さえ込むように、天弥は胸元を強く抑える。
「天弥は僕だと言ったはずです。あれを、僕の名で呼ぶのは止めてください」
斎の言葉で、天弥の奥底で沈黙していたものが再び意識を取り戻そうとし始めた。
「悪いが、俺にとっての天弥はあいつだけなんだ」
「どういう事だ?」
どれぐらい天弥を捜していたのか、携帯が着信を告げるまで、すでに辺りが暗くなり始めている事に気がつかずにいた。携帯の画面は公衆電話からを表示しており、期待と望みに震える指で通話ボタンを押した。すぐに天弥の声で、時間と場所を告げられ通話が途切れた。
「僕と取り引きをしたでしょう?」
斎はその言葉に、空いた手で天弥の腕を掴んだ。一方的な電話であったが、話し方でどちらの天弥なのかはすぐに分かった。
「そうだったな」
何が望みだったのかは分からないが、今目の前にいる天弥は最初から取り引きだと言っていた。
「随分と義理堅いんだな」
斎に答えるように、天弥は誘い込むような視線を向ける。
「約束は守る主義なんです」
天弥は斎のメガネへと向かって手を伸ばした。
「それで、好きでもない男に抱かれるのか?」
天弥の手が止まる。
「そうです」
笑みを浮かべ、日常の些細なことに答えるかのように、何事もなく返事をした。
最初からこの天弥は、斎が必要だとか欲しいとは口にしていたが、斎を好きだと言ったことは無い。
「悪いが、取り引きは無かったことにしてくれ」
そう言うと天弥の腕を掴んだ手に力を込め、自分の身体から引き離した。続けて、手にした本を天弥の胸元へと押し付ける。
「先生?」
自分の予想とは違ったという不思議そうな面持ちで、斎を見つめた。
「この本も返す。だから……」
一息置き、意を決したように口を開いた。
「天弥を返してくれ」
その言葉に、天弥から表情が消えた。
「天弥は僕です」
自らの存在を示すかのように強い意志を込め、斎へと言葉を向けた。
「今、俺の前にいる方が基本人格なんだと思うし、酷な事を言っていることも分かっている」
無表情で佇む天弥を、真っ直ぐに見つめる。
「でも、俺が好きなのはずっと一緒に居た天弥なんだ」
天弥は奥底で小さな針が突き刺さったような痛みを感じた。
「天弥は僕だと言ったはずです。先生が好きだと言うあれは、まったく別な存在です」
ゆっくりと後退さり、斎から距離を取る。
「十三年間、あれは僕を閉じ込めて成り代わっていたんです。やっと、取り返すことが出来たんです。誰に何を言われようと、もう絶対に手放す気はありません」
天弥との間に距離が出来、押して付けていた本を持つ手が、力なく落ちる。
「別の存在? 別人格じゃないのか?」
時間は嫌というほどあった。天弥と会えなくなってから、何度も今までの事を反芻していた。その中で、天弥には人格が二つあるという仮説に基づいて、思惟を重ねてきた。
「そうです」
一瞬の沈黙の後、斎はゆっくりと口を開いた。
「それでも、俺が天弥を好きだという事に変わりはない」
奥底でざわめき出したものを押さえ込むように、天弥は胸元を強く抑える。
「天弥は僕だと言ったはずです。あれを、僕の名で呼ぶのは止めてください」
斎の言葉で、天弥の奥底で沈黙していたものが再び意識を取り戻そうとし始めた。
「悪いが、俺にとっての天弥はあいつだけなんだ」
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