apocalypsis

さくら

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suggestio veri, suggestio falsi

duodeviginti

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 絢子との最後の日を、鮮明に覚えている。青白い顔で微笑む姿、指先に触れる柔らかな髪、交わした言葉、重ねた唇の少し冷たい感触、何一つ忘れてはいない。その日が最後だとは思いもしなかったから、病室を出る時に明日の約束も交わした。
 次の日、病室に絢子の姿は無く、整えられたベッドに不安を煽られ看護士に尋ねた。昨夜、急激に容態が悪化し死んだという事を知り、病院を飛び出すと絢子の家へと向かった。斎にも、姉の神楽にもそんな連絡は入っておらず、俄かには信じられずにいた。
 たどり着いた絢子の家は、何度インターフォンを鳴らしても何の応答も無く、人が居る様子も無かった。絢子の携帯も、何度かけても空しいアナウンスが繋がらない事を告げるだけだった。
 どれだけの時間、その場にいたのかは分からないが、気がつけば夜で、姉が目の前に居た。神楽は斎の手を取ると無言で歩き出した。斎も無言でその後に続き、二人で家路を辿った。
 それから一週間、絢子の携帯が使用されていない事を告げるアナウンスに変わった頃、ようやく絢子の母親から連絡が入った。絢子は死んだ事、通夜も葬式も身内で済ませた事を告げ、電話はすぐに切れてしまった。それ以降、絢子の家族とは連絡を取る事が出来なくなってしまった。
 ただ言葉で絢子の死を告げられただけで、それを受け入れる事が出来ずに、斎は空しく広がる虚ろを抱えていた。それを満たす術も分からず、簡単にそれを埋めてくれそうな快楽に手を出した。
 絢子が死んだと聞かされてからの二年、ろくに大学へも行かず言い寄ってくる女の子達と身体を重ねていた。相手は誰でも良かったし、何人と肌を合わせたのかも覚えてはいない。そのような斎を見かねたのか、同じく覚えていられないぐらい、神楽に殴られもした。
 あの日、約束の時間まで余裕があったため、適当な講義に潜り込んで暇を潰そうとした。講義の内容は、フェルマーの最終定理だった。約八年という歳月をかけてアンドリュー・ワイルズが証明した定理について、次々と説明が成されていく。ただ一つの定理の証明のために、多数の数論が用いられている。
 特に心を惹く事も無く、講義が終了する。まだ、かなりの時間が残されており、どうするのかと考えたとたん、再び声が響いた。
「数式の中には、全てがある」
 その言葉に興味を惹かれ、初めて講義をしていた人物へと視線を向けた。少し突けば、どこまでも転がっていきそうな体型をした、初老の男の姿がそこにはあった。
「全てとは?」
 思わず、斎の口が開いた。
「全てじゃよ。世界も、神も、全てがある」
 ゆっくりと視線を斎へと向けながら、男は答えた。世界というのは理解できると思う。宇宙の成り立ち、構成、物理法則など、確かに数式で表すことが出来る。だが、神というのはどういうことなのか。それは数学者が口にするには、もっとも縁遠いと思われる言葉のように思えた。
「世界というのは分かりますが、神というのは理解できません」
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