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牛追い女、牛と共に平民街へ
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「・・・・・・ここが平民街」
冷たい水を一口飲んで旅の疲れを癒しつつ、私は辺りをゆっくり見回しました。足元を地元の子供たちがわいわいと走りぬけていきます。
平民街。その様子は以前にも聞いたことがありましたが、実際我が目で見てみれば、治安も良さそうで雰囲気も明るいものでした。
ここは活気のある市場が広がる、街の一番大きな通りです。と言っても地面は整備されておらず、時たま風に吹かれて砂埃が立ちます。しかしそれすらも不快なものではなく、なかなか見ごたえがあって面白く感じました。
私の心が不思議と高揚しているのは、何も人々が楽しげに行きかう市場にいるからというだけではありません。
私は、自分を乗せてくれている若い雄牛の頭をそっと撫でます。茶色い体躯の彼は、長旅に疲れる素振りも見せず、力強い歩みで私に安心感をくれます。さすが持久力に定評のある牛種です。三頭いる牛たちはとても聞き分けが良く、晴れやかな心持ちの今の私と呼応するかのように、軽やかな足取りでみんな連なって道を歩いています。
そう、私は今とても晴れ晴れとしています。
幼い頃から、何でも器用にできる姉と比較され、冷遇され続けてきた私の人生。あの夜、家から出て行くよう言われても、それほどのショックは受けなかったほどに私はあの家に嫌気がさしていました。
家族だけではありません。
見栄と他者への見下しばかりで構成された上流階級のお付き合い。それに必死に着いて行くべく、とっつきにくいお稽古事や花嫁修業ばかりに時間を費やしていると、なんのために生まれてきたのだろうと空を仰ぎたくなってしまうことすらありました。
(そう考えると、この子たちと過ごした時間は本当に幸せなものだった)
私はそっと目を閉じ、ゆっくりゆっくりと歩を進める牛の、固いけれど滑らかな毛並みに指を滑らせます。
牛たちはもちろん言葉を発しませんが、いつも運動場を歩く私の後について離れず、声をかけるとくるくるとその場を回って遊んだり、私が家族から心ない仕打ちを受けて傷ついている時はぺろぺろと顔をなめてなぐさめるような動作をしたりと、私の心を読み取っているとしか思えない瞬間が多々ありました。
疲れた私が作業の合間に草原に寝転がって風を感じていれば、いつのまにか静かに寄り添ってくれていたりと、もう親友同然の存在だったのです。
彼らとの時間に、私がどれだけ助けられていたか。
牛たちとの思い出を振り返っていると、私はいつしか一軒の土産物屋のような看板が出た家屋に辿り着いていました。
ドアは薄青く塗られていて、この辺り一帯では目を引くものです。
窓からそっと中を伺うと、壁に取り付けられた棚に、所狭しと日用雑貨や簡単なアクセサリー、食器などの小物が並んでいるのが見えます。
そしてその奥にあるカウンターで事務作業らしきことをしているのは・・・・・・。
「・・・・・・アッシュさん」
自然に、口から零れていました。呟いただけのつもりだったのに、私の台詞に導かれるようにして彼がカウンターから顔を上げます。
数年ぶりに見る彼は、あの頃と変わらないとても綺麗な栗色の瞳と、太陽を受けて黄金色に光る麦と同じ色の髪を持っていました。幼いころに一緒に遊んだ記憶がぶわあっと私の中に蘇ります。懐かしさでたまらなくなり、瞬きも忘れてそのまま硬直してしまいました。
冷たい水を一口飲んで旅の疲れを癒しつつ、私は辺りをゆっくり見回しました。足元を地元の子供たちがわいわいと走りぬけていきます。
平民街。その様子は以前にも聞いたことがありましたが、実際我が目で見てみれば、治安も良さそうで雰囲気も明るいものでした。
ここは活気のある市場が広がる、街の一番大きな通りです。と言っても地面は整備されておらず、時たま風に吹かれて砂埃が立ちます。しかしそれすらも不快なものではなく、なかなか見ごたえがあって面白く感じました。
私の心が不思議と高揚しているのは、何も人々が楽しげに行きかう市場にいるからというだけではありません。
私は、自分を乗せてくれている若い雄牛の頭をそっと撫でます。茶色い体躯の彼は、長旅に疲れる素振りも見せず、力強い歩みで私に安心感をくれます。さすが持久力に定評のある牛種です。三頭いる牛たちはとても聞き分けが良く、晴れやかな心持ちの今の私と呼応するかのように、軽やかな足取りでみんな連なって道を歩いています。
そう、私は今とても晴れ晴れとしています。
幼い頃から、何でも器用にできる姉と比較され、冷遇され続けてきた私の人生。あの夜、家から出て行くよう言われても、それほどのショックは受けなかったほどに私はあの家に嫌気がさしていました。
家族だけではありません。
見栄と他者への見下しばかりで構成された上流階級のお付き合い。それに必死に着いて行くべく、とっつきにくいお稽古事や花嫁修業ばかりに時間を費やしていると、なんのために生まれてきたのだろうと空を仰ぎたくなってしまうことすらありました。
(そう考えると、この子たちと過ごした時間は本当に幸せなものだった)
私はそっと目を閉じ、ゆっくりゆっくりと歩を進める牛の、固いけれど滑らかな毛並みに指を滑らせます。
牛たちはもちろん言葉を発しませんが、いつも運動場を歩く私の後について離れず、声をかけるとくるくるとその場を回って遊んだり、私が家族から心ない仕打ちを受けて傷ついている時はぺろぺろと顔をなめてなぐさめるような動作をしたりと、私の心を読み取っているとしか思えない瞬間が多々ありました。
疲れた私が作業の合間に草原に寝転がって風を感じていれば、いつのまにか静かに寄り添ってくれていたりと、もう親友同然の存在だったのです。
彼らとの時間に、私がどれだけ助けられていたか。
牛たちとの思い出を振り返っていると、私はいつしか一軒の土産物屋のような看板が出た家屋に辿り着いていました。
ドアは薄青く塗られていて、この辺り一帯では目を引くものです。
窓からそっと中を伺うと、壁に取り付けられた棚に、所狭しと日用雑貨や簡単なアクセサリー、食器などの小物が並んでいるのが見えます。
そしてその奥にあるカウンターで事務作業らしきことをしているのは・・・・・・。
「・・・・・・アッシュさん」
自然に、口から零れていました。呟いただけのつもりだったのに、私の台詞に導かれるようにして彼がカウンターから顔を上げます。
数年ぶりに見る彼は、あの頃と変わらないとても綺麗な栗色の瞳と、太陽を受けて黄金色に光る麦と同じ色の髪を持っていました。幼いころに一緒に遊んだ記憶がぶわあっと私の中に蘇ります。懐かしさでたまらなくなり、瞬きも忘れてそのまま硬直してしまいました。
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