上 下
5 / 38

牛追い女、牛と共に平民街へ

しおりを挟む
「・・・・・・ここが平民街」

冷たい水を一口飲んで旅の疲れを癒しつつ、私は辺りをゆっくり見回しました。足元を地元の子供たちがわいわいと走りぬけていきます。
平民街。その様子は以前にも聞いたことがありましたが、実際我が目で見てみれば、治安も良さそうで雰囲気も明るいものでした。
ここは活気のある市場が広がる、街の一番大きな通りです。と言っても地面は整備されておらず、時たま風に吹かれて砂埃が立ちます。しかしそれすらも不快なものではなく、なかなか見ごたえがあって面白く感じました。

私の心が不思議と高揚しているのは、何も人々が楽しげに行きかう市場にいるからというだけではありません。
私は、自分を乗せてくれている若い雄牛の頭をそっと撫でます。茶色い体躯の彼は、長旅に疲れる素振りも見せず、力強い歩みで私に安心感をくれます。さすが持久力に定評のある牛種です。三頭いる牛たちはとても聞き分けが良く、晴れやかな心持ちの今の私と呼応するかのように、軽やかな足取りでみんな連なって道を歩いています。

そう、私は今とても晴れ晴れとしています。

幼い頃から、何でも器用にできる姉と比較され、冷遇され続けてきた私の人生。あの夜、家から出て行くよう言われても、それほどのショックは受けなかったほどに私はあの家に嫌気がさしていました。
家族だけではありません。
見栄と他者への見下しばかりで構成された上流階級のお付き合い。それに必死に着いて行くべく、とっつきにくいお稽古事や花嫁修業ばかりに時間を費やしていると、なんのために生まれてきたのだろうと空を仰ぎたくなってしまうことすらありました。

(そう考えると、この子たちと過ごした時間は本当に幸せなものだった)
私はそっと目を閉じ、ゆっくりゆっくりと歩を進める牛の、固いけれど滑らかな毛並みに指を滑らせます。
牛たちはもちろん言葉を発しませんが、いつも運動場を歩く私の後について離れず、声をかけるとくるくるとその場を回って遊んだり、私が家族から心ない仕打ちを受けて傷ついている時はぺろぺろと顔をなめてなぐさめるような動作をしたりと、私の心を読み取っているとしか思えない瞬間が多々ありました。
疲れた私が作業の合間に草原に寝転がって風を感じていれば、いつのまにか静かに寄り添ってくれていたりと、もう親友同然の存在だったのです。

彼らとの時間に、私がどれだけ助けられていたか。

牛たちとの思い出を振り返っていると、私はいつしか一軒の土産物屋のような看板が出た家屋に辿り着いていました。
ドアは薄青く塗られていて、この辺り一帯では目を引くものです。
窓からそっと中を伺うと、壁に取り付けられた棚に、所狭しと日用雑貨や簡単なアクセサリー、食器などの小物が並んでいるのが見えます。

そしてその奥にあるカウンターで事務作業らしきことをしているのは・・・・・・。

「・・・・・・アッシュさん」

自然に、口から零れていました。呟いただけのつもりだったのに、私の台詞に導かれるようにして彼がカウンターから顔を上げます。
数年ぶりに見る彼は、あの頃と変わらないとても綺麗な栗色の瞳と、太陽を受けて黄金色に光る麦と同じ色の髪を持っていました。幼いころに一緒に遊んだ記憶がぶわあっと私の中に蘇ります。懐かしさでたまらなくなり、瞬きも忘れてそのまま硬直してしまいました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

聖女業に飽きて喫茶店開いたんだけど、追放を言い渡されたので辺境に移り住みます!【完結】

青緑
ファンタジー
 聖女が喫茶店を開くけど、追放されて辺境に移り住んだ物語と、聖女のいない王都。 ——————————————— 物語内のノーラとデイジーは同一人物です。 王都の小話は追記予定。 修正を入れることがあるかもしれませんが、作品・物語自体は完結です。

オラオラ系侯爵にパートナー解消されたのでやれやれ系騎士に乗り換えます。え? やっぱりパートナーになってほしい? お断りですわ

空松蓮司
恋愛
ヘルメス錬金騎士学園。この学園では必ず騎士と錬金術師でペアとなり活動しなければならない。 錬金術師であるクレアは一等貴族のヴィンセントのパートナーだった。だが勝手な言いがかりからクレアはパートナー契約を解消されてしまう。 1人となったクレアは同じく1人で活動していた騎士であるロアンと新たにパートナー契約を結ぶことになる。ロアンは平民であり、口癖は「やれやれ」のやれやれ系騎士。ぶっきらぼうで愛想はない。ただしその実力はヴィンセントより遥かに上だった。 これは武器オタク錬金術師とやれやれ系騎士の成り上がり物語。

外れスキル『レベル分配』が覚醒したら無限にレベルが上がるようになったんだが。〜俺を追放してからレベルが上がらなくなったって?知らん〜

純真
ファンタジー
「普通にレベル上げした方が早いじゃない。なんの意味があるのよ」 E級冒険者ヒスイのスキルは、パーティ間でレベルを移動させる『レベル分配』だ。 毎日必死に最弱モンスター【スライム】を倒し続け、自分のレベルをパーティメンバーに分け与えていた。 そんなある日、ヒスイはパーティメンバーに「役立たず」「足でまとい」と罵られ、パーティを追放されてしまう。 しかし、その晩にスキルが覚醒。新たに手に入れたそのスキルは、『元パーティメンバーのレベルが一生上がらなくなる』かわりに『ヒスイは息をするだけでレベルが上がり続ける』というものだった。 そのレベルを新しいパーティメンバーに分け与え、最強のパーティを作ることにしたヒスイ。 『剣聖』や『白夜』と呼ばれるS級冒険者と共に、ヒスイの名は世界中に轟いていく――。 「戯言を。貴様らがいくら成長したところで、私に! ましてや! 魔王様に届くはずがない! 生まれながらの劣等種! それが貴様ら人間だ!」 「――本当にそうか、確かめてやるよ。この俺出来たてホヤホヤの成長をもってな」 これは、『弱き者』が『強き者』になる――ついでに、可愛い女の子と旅をする物語。 ※この作品は『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも掲載しております。

婚約破棄されることは事前に知っていました~悪役令嬢が選んだのは~

haaaaaaaaa
恋愛
伯爵令嬢のレイシャルは事前にある計画を知ることになる。それは、産まれた時から婚約者だったスザン王子から『婚約破棄』を言い渡されるということだった。 真面目なレイシャルは、愛がなくてもスザン王子と結婚することはこの国のためと信じていた。しかし、王子がその気ならば私もこの国を見捨て好きに生きてやるとレイシャルも新たな計画を立てることに・・・ ※のんびり更新中

【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」

まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05 仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。 私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。 王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。 冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。 本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。

和泉鷹央
恋愛
 聖女は十年しか生きられない。  この悲しい運命を変えるため、ライラは聖女になるときに精霊王と二つの契約をした。  それは期間満了後に始まる約束だったけど――  一つ……一度、死んだあと蘇生し、王太子の側室として本来の寿命で死ぬまで尽くすこと。  二つ……王太子が国王となったとき、国民が苦しむ政治をしないように側で支えること。  ライラはこの契約を承諾する。  十年後。  あと半月でライラの寿命が尽きるという頃、王太子妃ハンナが聖女になりたいと言い出した。  そして、王太子は聖女が農民出身で王族に相応しくないから、婚約破棄をすると言う。  こんな王族の為に、死ぬのは嫌だな……王太子妃様にあとを任せて、村に戻り幼馴染の彼と結婚しよう。  そう思い、ライラは聖女をやめることにした。  他の投稿サイトでも掲載しています。

処理中です...