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「・・・・・・さあ、参りましょうか。そろそろ帰って、明日に備えなければ」
そんな私の呼びかけに頷き、鍵を取り出して倉庫を解錠するマーリンの後ろ姿を見ていると、ほっとしたせいか、僅かな空腹感と共に疲れが顔を覗かせます。

(そういえば、夕食は小さいパン一つで済ませちゃったんだった。今日の夜こそ豚のシチューを・・・・・・。いえ、せっかくマーリンがプレゼンを終えて帰ってくるんだから、労いのためにももっと彼の好きなものを・・・・・・、!?)
「うぅっ・・・・・・」
うめき声を漏らしながらふらつく私を見て、マーリンが血相を変えました。
「セシーヌ!?セシーヌどうした!?」
「い、いえなんでもありません・・・・・・。さすがに少し、限界が、来ただけ・・・・・・」
思えば今日は日中も仕事に忙殺されてロクに休息も取れておらず、その状態でここまでの無茶をしたので当然といえば当然かもしれません。しかし、この頭痛と気分の悪さはいかんともしがたく・・・・・・。

「大丈夫か?」
青い顔で私を覗き込み、背中をさすってくれているマーリン。その確かな温もりが、私にとっては何より嬉しいのでした。

「・・・・・・だ、大丈夫です。マーリン、いいから早く資料を探してきて」
かつてない眩暈に襲われながら、私はマーリンに言い聞かせるように声を絞ります。
「早く帰って謁見の準備をしなければ。そして、それが終わったら盛大にお祝いしましょう。私、今度こそ腕によりをかけてご馳走を作りますから。ね?私はしばらく休めば平気だから」

震える私の声は、きっと届いたんだと思います。
「セシーヌ・・・・・・」
マーリンは、詰まったような声でそう言ったあと・・・・・・。
「すまない、すぐ戻る!」
私をそっと倉庫の壁にもたれさせ、慌しく中へと入っていきました。その様子を、私は目を瞑って音だけで聞いています。

祖母の言葉を、また思い出していました。
今の家に引っ越す前夜、お別れの挨拶をしに祖母の部屋を訪れた私に語りかけてくれた言葉。
『お前は頑固で突っ走る癖があるから、マーリン君と始めからは上手くいかないかもしれないねえ。ふふ、でも心配いらない。人は一緒に暮らし始めたり、婚姻をしたその日に夫婦になるのではないよ。ゆっくりと時間をかけて、一緒に困難を乗り越えて、それで気づいたら夫婦と呼べる存在になっているんだ』

そんな言葉を心の中で温かく反芻している私の耳に、倉庫からバタバタと走る音や、ガタガタと硬い物同士がぶつかり合う音などが聞こえます。そして、「セシーヌ、あったぞ!すぐ見つかった!さあ帰ろう!」と意気揚々とした明るいマーリンの声が近づいてくるのも。

「大丈夫か?」
「・・・・・・ええ」
再度心配そうな声で私を抱き起こす彼にそっと頷きます。よりかかった背中は、これまでにないほど大きく感じるのでした。
「・・・・・・ありがとう」
もう私の意識は暗転しかけていましたが、ふとマーリンにそう言われて僅かに浮上します。私は掠れた声で返しました。
「・・・・・・あいしてる、わ」
その言葉のあとで、マーリンがどんな顔をしたかまでは分かりませんでした。ただただ、私をおぶって歩き出すマーリンの腕の力強さと、まだ打ち続ける波の音だけを感じます。ざぶん、ちゃぷん、というまるで子守唄のような潮の旋律に癒され、私はすやすやと眠りの世界に落ちていくのでした。

※明日エピローグを投下して終わりです、読んでいただきありがとうございました!※
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