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「へ?り、理解は・・・・・・、できていませんが」
「研究の内容自体じゃない」
マーリンは私の返答にかぶせるように吐き出します。
「そういうことじゃなくて・・・・・・、飾らない言葉で、態度で等身大で評価してくれた。初めて研究室に入ったとき、設備やら器具やら、棚にいっぱいの薬品やら、そういうのキラキラした目で見てて、実験の行程とか、うわーとか言いながらはしゃいで。ずっと見ててくれて。“やってることは分からないけど、見てるだけでワクワクする”って言ってくれて。そんな様子を見てると、僕も研究者を志した日のことを思い出したりなんかして」
私は、それを信じられないような気持ちで聞いていました。
「君は科学者じゃないけどさ、でも僕と同じ目線で僕の仕事を見てくれてるような気がしたんだ。この人とならやっていける。心からそう思ったよ。・・・・・・もう、ずいぶんと昔のことだけど」
寂しそうなマーリンの声。自然と、私にこう言わせていました。
「あなたの・・・・・・」
勝手に私の喉から転げ落ちてきます。
「ん?」
「あなたの・・・・・・、研究に向かう姿がとても魅力的でした・・・・・・」
けれど、結局、そんな子供みたいな言葉しか出てきませんでした。マーリンも、「そうか」と愛想笑いして、またカップを飲みだしてしまいます。
どうにかしなければ。どうにか。でも、今までだってずいぶんと彼に尽くしてきたつもりです。しかし、彼によればそれが原因でこんな有様になっているというではないですか。どうすればよいのでしょう。これから、私に何ができるんでしょう。
途方に暮れていました。打ちひしがれた気持ちでそばに佇む貨物船を見つめます。
(実家行きの船・・・・・・)
あと数時間で出航するのです。マーリンと別れた私も、婚約者を失った女としてそう遠くない日に故郷に帰るのでしょう。
・・・・・・故郷。
しばらく会っていない実家の家族の顔が浮かびます。両親に、祖父母に、妹。
(懐かしい・・・・・・)
こんなときに思い出すと、なんだか泣きそうになってしまいます。しかし、追憶はあとからあとから、止まりません。心細さが加速していきます。
(もう、だめなのかな。ああ・・・・・・)
そんな時。なぜでしょう。感傷に浸る私の脳裏に、幼い頃連れて行ってもらったセンチェール地方での楽しい思い出が浮かんできました。観光地を回って、美味しいものを食べて、綺麗な景色を見て、小さな私は大満足して。
そして、そんな旅の最中。
祖母が私に言うのです。
「セシーヌや、ここからローズに絵葉書を出したら」
「えー!?」
記憶の中の私が唇を尖らせます。私は昔から筆不精で、手紙を出すなどといった行為は好いていませんでしたから。おまけに友達ならまだしも、一つ屋根の下に住んでいる妹に向けて手紙を書くなんて。
「なんでそんなことしないといけないの?おばあさま!」
「ローズ、とても悲しそうだったでしょう。可哀想に、あんなに旅行を楽しみにしてたのに前日に高熱を出すなんて。私たちが家を出る直前のあの子の顔見た?」
「うん・・・・・・。泣きながらすごく怒ってた・・・・・・。こっちに怒ったって仕方ないのに。熱が下がって旅行に行けるわけじゃあるまいし」
「セシーヌは小さいのに合理主義だねえ」
苦笑する祖母。合理主義、という言葉の意味は分かりませんでしたが、どうも自分の行動は褒められたものではなかったらしい、ということは何となく理解しました。
「ローズはねえ、仲のいい姉のお前にもっと心配してほしかったんだと思うよ。なのにお前が旅行のことばかりで、全然ローズのことを想っていないように見えたからいじけてしまったのよ」
私は、祖母のその言葉を大いに不服に感じたのでした。
「そんな!私はちゃんとローズを心配していたわ!でもあまり構うと熱が悪化するかもしれないと思って・・・・・・。ちゃんと寝ていてほしいと思って話しかけなかっただけよ!」
「うんうん。私は分かっていますよ」
祖母は優しく頷きます。
「けどねセシーヌ、どんなに心の中で相手を大切に想っていたとしても、言葉に出さないと相手には伝わらない」
「え・・・・・・?」
初めて言われる概念に、私はきょとんとします。
「研究の内容自体じゃない」
マーリンは私の返答にかぶせるように吐き出します。
「そういうことじゃなくて・・・・・・、飾らない言葉で、態度で等身大で評価してくれた。初めて研究室に入ったとき、設備やら器具やら、棚にいっぱいの薬品やら、そういうのキラキラした目で見てて、実験の行程とか、うわーとか言いながらはしゃいで。ずっと見ててくれて。“やってることは分からないけど、見てるだけでワクワクする”って言ってくれて。そんな様子を見てると、僕も研究者を志した日のことを思い出したりなんかして」
私は、それを信じられないような気持ちで聞いていました。
「君は科学者じゃないけどさ、でも僕と同じ目線で僕の仕事を見てくれてるような気がしたんだ。この人とならやっていける。心からそう思ったよ。・・・・・・もう、ずいぶんと昔のことだけど」
寂しそうなマーリンの声。自然と、私にこう言わせていました。
「あなたの・・・・・・」
勝手に私の喉から転げ落ちてきます。
「ん?」
「あなたの・・・・・・、研究に向かう姿がとても魅力的でした・・・・・・」
けれど、結局、そんな子供みたいな言葉しか出てきませんでした。マーリンも、「そうか」と愛想笑いして、またカップを飲みだしてしまいます。
どうにかしなければ。どうにか。でも、今までだってずいぶんと彼に尽くしてきたつもりです。しかし、彼によればそれが原因でこんな有様になっているというではないですか。どうすればよいのでしょう。これから、私に何ができるんでしょう。
途方に暮れていました。打ちひしがれた気持ちでそばに佇む貨物船を見つめます。
(実家行きの船・・・・・・)
あと数時間で出航するのです。マーリンと別れた私も、婚約者を失った女としてそう遠くない日に故郷に帰るのでしょう。
・・・・・・故郷。
しばらく会っていない実家の家族の顔が浮かびます。両親に、祖父母に、妹。
(懐かしい・・・・・・)
こんなときに思い出すと、なんだか泣きそうになってしまいます。しかし、追憶はあとからあとから、止まりません。心細さが加速していきます。
(もう、だめなのかな。ああ・・・・・・)
そんな時。なぜでしょう。感傷に浸る私の脳裏に、幼い頃連れて行ってもらったセンチェール地方での楽しい思い出が浮かんできました。観光地を回って、美味しいものを食べて、綺麗な景色を見て、小さな私は大満足して。
そして、そんな旅の最中。
祖母が私に言うのです。
「セシーヌや、ここからローズに絵葉書を出したら」
「えー!?」
記憶の中の私が唇を尖らせます。私は昔から筆不精で、手紙を出すなどといった行為は好いていませんでしたから。おまけに友達ならまだしも、一つ屋根の下に住んでいる妹に向けて手紙を書くなんて。
「なんでそんなことしないといけないの?おばあさま!」
「ローズ、とても悲しそうだったでしょう。可哀想に、あんなに旅行を楽しみにしてたのに前日に高熱を出すなんて。私たちが家を出る直前のあの子の顔見た?」
「うん・・・・・・。泣きながらすごく怒ってた・・・・・・。こっちに怒ったって仕方ないのに。熱が下がって旅行に行けるわけじゃあるまいし」
「セシーヌは小さいのに合理主義だねえ」
苦笑する祖母。合理主義、という言葉の意味は分かりませんでしたが、どうも自分の行動は褒められたものではなかったらしい、ということは何となく理解しました。
「ローズはねえ、仲のいい姉のお前にもっと心配してほしかったんだと思うよ。なのにお前が旅行のことばかりで、全然ローズのことを想っていないように見えたからいじけてしまったのよ」
私は、祖母のその言葉を大いに不服に感じたのでした。
「そんな!私はちゃんとローズを心配していたわ!でもあまり構うと熱が悪化するかもしれないと思って・・・・・・。ちゃんと寝ていてほしいと思って話しかけなかっただけよ!」
「うんうん。私は分かっていますよ」
祖母は優しく頷きます。
「けどねセシーヌ、どんなに心の中で相手を大切に想っていたとしても、言葉に出さないと相手には伝わらない」
「え・・・・・・?」
初めて言われる概念に、私はきょとんとします。
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