婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー

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波が飽きもせず船着場に打ち付けていました。ざぶざぶ、ざぶざぶ。
夜が明けても、朝が来てもこの波は打ち続けるのでしょう。明日も明後日も。
何年も変わらずいられるものって、この世にどれくらいあるのでしょうね。

(・・・・・・とか言って現実逃避でもしないとやってられない)
私はぐったりしておりました。一日仕事をして帰宅したら婚約者の書類紛失騒ぎ、疲弊した身体に鞭打ってこんなところまで来て喧嘩して、あまつさえほぼ初対面の男性からあまり清らかそうでない交際を申し込まれ・・・・・・。

(ちょっと頭を冷やさせてほしい・・・・・・)
ですが現実はそれを許してくれません。マーリンがさっきから質問攻めにしてきます。
「おいセシーヌ!なんだいきなり外に出てきて!鍵はもらえたのか?ていうかヴァン教授は?なんで置いてきた?なんで僕の腕をそんなに強く掴む?ちょ、痛い痛い痛い!」
マーリンがわめきながら私を振り払います。私は振り返って出てきた事務所から十分距離が取れたことを確認すると、ドサリと岸壁に座り込みました。
「おいセシーヌ・・・・・・」
私の様子が尋常でないことに、マーリンは気づいたようです。しかし僅かな逡巡の気配のあと、結局何も追及せずに私の横に座りました。

「まあ、確かに、今日は疲れたな。作業再開する前にちょっと休むか・・・・・・」
ん、と言って、マーリンがかろうじて零さず持っていたカップを一つ差し出します。
「どうも・・・・・・。あ、えーと、ヴァン教授は持ち帰りの仕事が残っているのを思い出したそうで・・・・・・、しばらくあそこで缶詰になるそうです」
やや無理矢理な感じがしないでもありませんでしたが、マーリンはやはり深く聞くことはせず、「そうか」と言って、自分の分のカップに口をつけました。

どうして私がいきなりあの場を飛び出したのか。
多分、自分に嫌気が差し、それに耐えられなかったからだと思います。
ヴァン教授に私が抱いた嫌悪感が、そのまま私が私自身に抱いていたものとそっくりだったのです。彼の顔を見ていると、それに苛まれてしまいそうでした。

(最悪・・・・・・)
なーんも上手くいかない。
カップの中身を一口飲みました。酸味と苦味が混ざった強い味に、僅かに感じる牛乳の風味。
どこにでもあるコーヒーの味でした。淹れられてから時間が経って、少し煮詰まった感じの、懐かしい味。
「お前と深夜にコーヒー飲むの、久しぶりだな」
ふいにそう言われ、驚きました。
「・・・・・・私も今そう思っていました」

思い出します。

ほんの一年くらい前のことです。まだ婚約する前。深夜、他の研究員がいなくなった研究室に、マーリンは私をよく招き入れてくれました。
そのまま朝まで二人でコーヒーなど飲みながら、マーリンの研究の成果を見せてもらったり、他にも他愛のない日常のことなどを夜通し話していたのです。

とても楽しい時間でした。
もう昔のことですけど。

「研究者って、孤独なんだよ」
唐突に、マーリンがそう言いました。
「え?」という私の言葉など聞こえていないかのように、彼は続けます。
「仲間はみんなこだわりと熱意の強いやつばかり。それがもちろん心地よく感じる時もあるけど、時には重荷になることもたくさんある。他の業種のやつらには変人扱いされるし、何かしら世の中に分かりやすい成果を残さないと見向きもされない。予算が削られる恐怖とも戦わないといけない」
ふー、とため息をついて、マーリンはぼそりと呟きます。

だから、お前みたいに理解してくれるやつがいて嬉しかった、と。
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