婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー

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営業終了ギリギリの郵便局は人影もまばらで、紙の擦れあう音がやたらと大きく聞こえてきます。
寡黙そうな職員の方に用件を伝えると、私とマーリンは並んで待合の椅子に腰掛けました。
長時間馬車に揺られて痛くなった腰をさすりつつ、私はマーリンの横顔を見つめます。彼は余裕のない表情を浮かべて、膝の上に肘をついていました。

「マーリン、あなた明日のプレゼンの練習もしておきたいと昨日言っていましたが、大丈夫なのですか?」
「・・・・・・大丈夫じゃないかもしれない。これから帰って資料を揃えて、となるとほぼぶっつけ本番かもしれないな。何をしゃべるかは資料を作りながら頭の中で大体シュミレーションしているが、寝る時間は極力削りたくないからな」
私は黙って、なぜかここ最近の彼に関する色んな事柄を頭の中で静かに反芻していました。
研究室に泊まりこみをする彼のために弁当をしこんだ日。不規則な生活を送る彼が少しでも健康を損ねないようにと栄養バランスを考えて食事を作り、それが完食された日。目の下に濃いクマを作っている彼を心配して少しでも寝たらと言ったら、考え事をしているんだから話しかけるなと八つ当たりされた日。一緒になって慣れない資料作りを手伝った日。私を蚊帳の外にして、うちに遊びに来た研究仲間と熱く議論を戦わせる彼を見つめていた日。ついに国王に謁見してもらえる段取りがついたと狂喜していた彼の顔。明け方私がトイレに立ったとき、まだ灯りがついていた彼の部屋。

私の口からこんな言葉が漏れました。
「・・・・・・プレゼン、上手く行くといいですね」
マーリンがこちらに顔を向けます。その瞳は疲れと焦りで暗く濁っていましたが、このとき僅かに照明に照らされたせいではない光がそこに宿っていたように見えました。
「セシーヌ、お前どうして・・・・・・」
「え?」という私の声にかぶさって、職員の方が私たちを呼びます。
「ジューク様、ジューク様」

二人連れ立ってカウンターへ向かった私たちに、職員の方がおずおずとこう告げました。
「あの、大変申し上げにくいのですが・・・・・・。ジューク様のお預けになったお荷物は、既にローレル地方行きの貨物用馬車に乗せられております」

「はっ?」「へ?」という私たちの声が重なりました。ローレル地方というのは私の実家がある場所です。
「それでですね・・・・・・。恐らくなのですがこの時間帯ですともう貨物船に搭載されてるのではないかと思われます」
ローレル地方は港町。たいていの大型貨物は船で輸送されることが多いのでした。

マーリンが職員の方に飛び掛らんばかりの勢いでまくしたてました。
「どどどっ、どういうことだっ!?僕が荷物を送ったのは昼前だぞ?普通その日中にそんな場所まで運ばれることってないだろう?」
「いえ、その・・・・・・」
完全に引き気味の職員は、それでも淡々と業務を遂行します。
「その日の倉庫の空き具合ですとか、天候や道路、人員の配置状況によって荷物の配送スピードは多少前後します。なるべく迅速かつ安全にお荷物をお届けさせていただくよう心がけておりますので」
「そそそっ、そんな・・・・・・」
マーリンが今度こそショックのあまりへなへなとその場に座り込みます。何もかもおしまいだと、言葉に出さずともありありと彼の目に表れていました。
私の心に、ざっと様々な感情が押し寄せます。もうどうしようもないという諦めの気持ち、いい気味だという少し愉快な気持ち、そして・・・・・・。
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