1 / 33
1
しおりを挟む
私の名前はセシーヌ=ロングポート。
伯爵家の娘ですが、いいところの令嬢らしくおうちで花嫁修業やお茶会・・・・・・という生活はあまり好みません。小さいながらも仕事の途切れない貿易会社で、ここ半年事務をさせていただいています。
「はあぁ。繁忙期ってこんなに大変なものなのね・・・・・・」
ある晩。私は疲れた身体を引きずって家路を急いでいました。帰る先は、生まれ育った実家ではありません。
『お前はただでさえはすっ葉娘なのだから、のん気にしていたら間違いなく嫁の貰い手がなくなる』とうるさく両親に言われて、しぶしぶ社交パーティーへの出席は続けた結果。
とあるパーティーで出会った、同じく伯爵家の次男であるマーレン=ジュークから熱烈なアプローチを受けたのです。
「たくましく自分の人生を生きている君に惚れた」「君と一緒にいれば、僕も力をもらえる」と熱心にくどかれ、こまめに贈り物などをされると私も次第にほだされてしまうものです。
恋心、なんて甘酸っぱいものには縁遠い性格の私でしたが、それでもマーレンには少し惹かれるものがありました。マーレンは科学者兼哲学者だったのです。聞くところによると、さる高名な医学者の下で数年勉学に励み、一緒になって研究を続けた結果、とある植物から抽出された液体が消化器系の病気に極めて有効であるという発見をしたのだとか。
いつかこれを国に認めてもらい、さらなる予算をつけてもらって病気に苦しむ人をたくさん救うんだと語る彼の横顔は純粋にぐっと来ましたし、研究のこととなると寝食を忘れてしまう姿は何だか可愛らしく、世話を焼いてあげたいと思わせるものがありました。
結果、私は彼と婚約に至ると同時に実家から遠く離れたこのジューク家の屋敷に居を移したのです。
「さあて。今日は少し遅くなっちゃったから、急いで夕飯を作らないと・・・・・・」
そう呟いて、私はお屋敷の門をくぐります。食事係のメイドはもちろんいましたが、私は仕事の気分転換がてら料理をするのは好きでしたし、彼もまた私の手料理を気に入ってくれていました。気分屋で、パンしか食べたくないだの豆は嫌いだなどとわがままをよく言いますが、私が叱ればたいていはしぶしぶ食べていたのです。
「今日は少し冷えるから豚肉のシチューね。マーレンのやつ、昨日はごねてサラダを残していたけれど、今日は絶対に緑の野菜を食べてもらわないと」
なんだかんだで、私の作った料理を食べる彼の姿を想像していると口元がほころびます。私もまた、彼の役に立つのが至上の喜びなのでした。
「ただいまー」
居間に入った私を待ち受けていたのは、仁王立ちのマーレンでした。
「・・・・・・よお」
一言そう言うと、彼はぎゅっと口を横一文字に結んでしまいます。
「“よお”はないでしょ、“よお”は。一日働いて帰ってきた妻に対して。子供じゃないんだから、お帰りなさいってちゃんと言いなさい」
すたすたと横を通り過ぎようとする私の腕を、彼がぐっと掴みました。
「なによ」
こちとら急いで手を洗いに行きたいのにと口を尖らせる私に向かって、マーレンは言います。
「セシーヌ、もうお前は僕の婚約者ではない。今夜一晩だけは泊めてやるから、明日の朝一番でこの屋敷を出て行け」
「・・・・・・はあぁっ?」
突然降ってきた、婚約破棄宣言でした。
てか、勘弁してよこんな疲れてるときに・・・・・・。
伯爵家の娘ですが、いいところの令嬢らしくおうちで花嫁修業やお茶会・・・・・・という生活はあまり好みません。小さいながらも仕事の途切れない貿易会社で、ここ半年事務をさせていただいています。
「はあぁ。繁忙期ってこんなに大変なものなのね・・・・・・」
ある晩。私は疲れた身体を引きずって家路を急いでいました。帰る先は、生まれ育った実家ではありません。
『お前はただでさえはすっ葉娘なのだから、のん気にしていたら間違いなく嫁の貰い手がなくなる』とうるさく両親に言われて、しぶしぶ社交パーティーへの出席は続けた結果。
とあるパーティーで出会った、同じく伯爵家の次男であるマーレン=ジュークから熱烈なアプローチを受けたのです。
「たくましく自分の人生を生きている君に惚れた」「君と一緒にいれば、僕も力をもらえる」と熱心にくどかれ、こまめに贈り物などをされると私も次第にほだされてしまうものです。
恋心、なんて甘酸っぱいものには縁遠い性格の私でしたが、それでもマーレンには少し惹かれるものがありました。マーレンは科学者兼哲学者だったのです。聞くところによると、さる高名な医学者の下で数年勉学に励み、一緒になって研究を続けた結果、とある植物から抽出された液体が消化器系の病気に極めて有効であるという発見をしたのだとか。
いつかこれを国に認めてもらい、さらなる予算をつけてもらって病気に苦しむ人をたくさん救うんだと語る彼の横顔は純粋にぐっと来ましたし、研究のこととなると寝食を忘れてしまう姿は何だか可愛らしく、世話を焼いてあげたいと思わせるものがありました。
結果、私は彼と婚約に至ると同時に実家から遠く離れたこのジューク家の屋敷に居を移したのです。
「さあて。今日は少し遅くなっちゃったから、急いで夕飯を作らないと・・・・・・」
そう呟いて、私はお屋敷の門をくぐります。食事係のメイドはもちろんいましたが、私は仕事の気分転換がてら料理をするのは好きでしたし、彼もまた私の手料理を気に入ってくれていました。気分屋で、パンしか食べたくないだの豆は嫌いだなどとわがままをよく言いますが、私が叱ればたいていはしぶしぶ食べていたのです。
「今日は少し冷えるから豚肉のシチューね。マーレンのやつ、昨日はごねてサラダを残していたけれど、今日は絶対に緑の野菜を食べてもらわないと」
なんだかんだで、私の作った料理を食べる彼の姿を想像していると口元がほころびます。私もまた、彼の役に立つのが至上の喜びなのでした。
「ただいまー」
居間に入った私を待ち受けていたのは、仁王立ちのマーレンでした。
「・・・・・・よお」
一言そう言うと、彼はぎゅっと口を横一文字に結んでしまいます。
「“よお”はないでしょ、“よお”は。一日働いて帰ってきた妻に対して。子供じゃないんだから、お帰りなさいってちゃんと言いなさい」
すたすたと横を通り過ぎようとする私の腕を、彼がぐっと掴みました。
「なによ」
こちとら急いで手を洗いに行きたいのにと口を尖らせる私に向かって、マーレンは言います。
「セシーヌ、もうお前は僕の婚約者ではない。今夜一晩だけは泊めてやるから、明日の朝一番でこの屋敷を出て行け」
「・・・・・・はあぁっ?」
突然降ってきた、婚約破棄宣言でした。
てか、勘弁してよこんな疲れてるときに・・・・・・。
348
お気に入りに追加
463
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄されたので、隠していた力を解放します
ミィタソ
恋愛
「――よって、私は君との婚約を破棄する」
豪華なシャンデリアが輝く舞踏会の会場。その中心で、王太子アレクシスが高らかに宣言した。
周囲の貴族たちは一斉にどよめき、私の顔を覗き込んでくる。興味津々な顔、驚きを隠せない顔、そして――あからさまに嘲笑する顔。
私は、この状況をただ静かに見つめていた。
「……そうですか」
あまりにも予想通りすぎて、拍子抜けするくらいだ。
婚約破棄、大いに結構。
慰謝料でも請求してやりますか。
私には隠された力がある。
これからは自由に生きるとしよう。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
正当な権利ですので。
しゃーりん
恋愛
歳の差43歳。
18歳の伯爵令嬢セレーネは老公爵オズワルドと結婚した。
2年半後、オズワルドは亡くなり、セレーネとセレーネが産んだ子供が爵位も財産も全て手に入れた。
遠い親戚は反発するが、セレーネは妻であっただけではなく公爵家の籍にも入っていたため正当な権利があった。
再婚したセレーネは穏やかな幸せを手に入れていたが、10年後に子供の出生とオズワルドとの本当の関係が噂になるというお話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
戻る場所がなくなったようなので別人として生きます
しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。
子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。
しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。
そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。
見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。
でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。
リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
あなたが見放されたのは私のせいではありませんよ?
しゃーりん
恋愛
アヴリルは2年前、王太子殿下から婚約破棄を命じられた。
そして今日、第一王子殿下から離婚を命じられた。
第一王子殿下は、2年前に婚約破棄を命じた男でもある。そしてアヴリルの夫ではない。
周りは呆れて失笑。理由を聞いて爆笑。巻き込まれたアヴリルはため息といったお話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤
しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。
父親は怒り、修道院に入れようとする。
そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。
学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。
ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王太子殿下と婚約しないために。
しゃーりん
恋愛
公爵令嬢ベルーナは、地位と容姿には恵まれたが病弱で泣き虫な令嬢。
王太子殿下の婚約者候補になってはいるが、相応しくないと思われている。
なんとか辞退したいのに、王太子殿下が許してくれない。
王太子殿下の婚約者になんてなりたくないベルーナが候補から外れるために嘘をつくお話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
貧乏伯爵令嬢は従姉に代わって公爵令嬢として結婚します。
しゃーりん
恋愛
貧乏伯爵令嬢ソレーユは伯父であるタフレット公爵の温情により、公爵家から学園に通っていた。
ソレーユは結婚を諦めて王宮で侍女になるために学園を卒業することは必須であった。
同い年の従姉であるローザリンデは、王宮で侍女になるよりも公爵家に嫁ぐ自分の侍女になればいいと嫌がらせのように侍女の仕事を与えようとする。
しかし、家族や人前では従妹に優しい令嬢を演じているため、横暴なことはしてこなかった。
だが、侍女になるつもりのソレーユに王太子の側妃になる話が上がったことを知ったローザリンデは自分よりも上の立場になるソレーユが許せなくて。
立場を入れ替えようと画策したローザリンデよりソレーユの方が幸せになるお話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
誤解されて1年間妻と会うことを禁止された。
しゃーりん
恋愛
3か月前、ようやく愛する人アイリーンと結婚できたジョルジュ。
幸せ真っただ中だったが、ある理由により友人に唆されて高級娼館に行くことになる。
その現場を妻アイリーンに見られていることを知らずに。
実家に帰ったまま戻ってこない妻を迎えに行くと、会わせてもらえない。
やがて、娼館に行ったことがアイリーンにバレていることを知った。
妻の家族には娼館に行った経緯と理由を纏めてこいと言われ、それを見てアイリーンがどう判断するかは1年後に決まると言われた。つまり1年間会えないということ。
絶望しながらも思い出しながら経緯を書き記すと疑問点が浮かぶ。
なんでこんなことになったのかと原因を調べていくうちに自分たち夫婦に対する嫌がらせと離婚させることが目的だったとわかるお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる