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神のご加護
しおりを挟む目覚めの悪い夢をみて、またベッドに戻ることもなく、私の足は自然と王宮内にある大聖堂へと向かっていた。
大聖堂の中には誰もいなくて、ステンドグラスから朝日が入り込んでキラキラ光っている。
「神様が、私をこの世界に連れてきてくれたの? 私はここで、何をしたらいいの?」
そう呟くと、きいっと後ろの扉が開く音が聞こえた。
「おや。ミサまでにはまだ時間がありますが」
神父服を着た歳の若い男の人。私と同い歳くらいだろうか。
「すみません。もう戻ります」
「いいえ、いてもらっても構いませんよ」
幼顔の神父様は優しく微笑みかけ、こちらへゆっくりと近付いてくる。
「何か、悩み事ですか?」
「え?」
「なんとなく、そう思いまして」
神父様は、そう話しながら祭壇の上にロウソクを置き、ミサの準備を始める。
ふと大聖堂の天井を見上げると、そこには美しい天使たちが飛び交っている様子が描かれいた。
「……私の居場所について、考えていたんです」
なんだか、ぽろっと口に出してしまった。
「……居場所、ですか」
神父さまは手を止めて、私の方をじっと見つめた。
「私がここに生まれてきた意味は、何か使命があるからだと思っているんです。私はその使命を全う出来るのか。この道で間違っていないのか」
何を話し出しているのか、やっぱり戻ろう。
「生まれてきた意味とは、生きていく過程で己で見出すものではないかと、私は考えます」
神父様は穏やかな物腰で話し始めた。神父様の後ろのステンドグラスから光が刺して、何だかそれがとても神々しくみえた。
「自分を必要としてくれる人間がいて、貴女が心休まる場所。そこがあなたの居場所となる事でしょう」
「自分を必要としてくれる場所……」
あの孤児院はお祖母様一人だけ。いずれ私が受け継いで子供たちの帰る場所を守りたい。お祖母様もそれを望んでいると思う。
だけど、メイドの仕事は楽しい。リリー様を見守って行きたいと心の底から思っている。けれど、リリー様の教育係はたくさんいるし、皆優秀な人達ばかり。
私は平民だから、どんなに頑張っても官職にはつけない。だから、ずっとおそばに居ることも出来ないだろう。なら、今リリー様のために出来ることを精一杯して差し上げたいと思う。
「貴女は優秀で、心優しい方だからこそ、迷われるのですね」
「そんなことは……」
「人を許し愛することで、神によって正しい道に導かれ救われる。我々の教えはこうですが……自分自身をもっと信じてあげてみてはどうでしょうか。きっと、大丈夫ですよ」
彼と話していると不思議と安心していく。聖職者というのは皆こうなんだろうか。
「ありがとうございます。なんだか少しすっきりしました」
「それは良かった。またいつでもお待ちしておりますよ、トルテ・シンクレアさん」
「え? どうして名前を……」
その瞬間、ゴーン、ゴーンと鐘が鳴った。
「あっ、もうこんな時間! すみません、失礼します!」
「あなたに神のご加護があらんことを」
聞きたいことが沢山あったけれど、私は一礼してそこを後にした。
その日の昼下がり。私はロシィ夫人に呼び出される事となった。
なぜ、呼び出されたのか検討もつかない。
「ごめんなさい、トルテさん」
廊下で、ロシィ夫人の部屋まで案内してくれている夫人の取り巻きの女官がそう口にした。
「え?」
「この間、ロシィ夫人があなたに向かって酷い事を言っていた時。私はただ見ているだけでした……ハウゼン閣下が通りかからなかったらどうなっていたか」
たしかこの方は、ジオフォード伯爵のご令嬢。レクエラ・ジオフォード様だ。このようにお優しい性格では気苦労が耐えないだろう。
「ああいう事は慣れておりますから」
ジオフォード様は足を止めてこちらを向いた。
「慣れるべきことではありません!」
突然の大きい声に驚いた。自分でも驚かれたようにすぐに両手で自分の口元を塞ぐ。そして、落ち着いてから静かに口元から手を離した。
「国王陛下がお認めになった王室メイドを蔑むような発言はあってはいけません。平民や貴族といった事は関係ないのです。けれど女王陛下の寵臣で、女官長であるあの方には誰も逆らえない」
「ジオフォード様のように思って下さる方がいると知れただけで、私は嬉しく思います。どうかご自身を責めないで下さい」
「……私の事は、レクエラと呼んでください」
このように真っ直ぐでお優しい方が心を痛めなければならないのは悲しい。
「はい。では、私のこともどうぞトルテとお呼び下さい」
ぱっと明るくなった表情をみて、少し安心した。
そうしてレクエラ様に案内され、ロシィ夫人の部屋の前まで来た。
「ロシィ夫人、トルテ・シンクレアが参りました」
扉の前でレクエラ様は声をかけた。扉が開くと椅子に座ったロシィ夫人と目が合った。
「お呼びでしょうか」
「ええ」
「私に何か御用でしょうか」
「私、あなたともっと仲良くなりたくてね」
ロシィ夫人は、意地悪そうに口元をニヤつかせて立ち上がる。
とても嫌な予感がする。何か良くないことになりそうだ。
「トルテ・シンクレア。貴女、リリー様の教育係を辞めて私の世話係となりなさい」
「え?」
「あら、聞こえなかった? 私ね、もう一人メイドを増やしたかったのよ」
私の立場では断る事なんて絶対に出来ない。だけど、私は。
「お、恐れながら、私はリリー王女の教育係として国王陛下から任命されております。リリー様の教育係は人手が足りておりません。ロシィ夫人のお付きは数十人といらっしゃいます。私がロシィ夫人のお役に立てるとは思えません」
「私の所で働くのは嫌だっていうのかしら?」
「いいえっ、けしてそのようなことはっ!」
「愚民の分際で、王女のお目付け役が務まるのは自分しかいないとでも思っているの? 勘違いなさらないで。貴女の変わりなんていくらでもいるのよ」
鋭く睨まれて、足がすくむ。
「ただのメイドなのよ。どんなに貴族に気に入られようともね。貴女は媚を売るのがお得意なようだから、せいぜ……」
「ロシィ様。そろそろお時間でございます。女性陛下が謁見の間にお見えになります」
レクエラ様がそう話に割って入る。
「あら、もうそんな時間? トルテ、貴女も来なさい」
「え?」
「皆さんに紹介しなくてはいけないわ。私の新しいメイドだってね」
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