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メイドと執事

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 渡り廊下でトルテさんの後ろ姿をみつけた。どきっと心臓が鼓動する。一瞬だけ声をかけるか迷った。

 けれど、迷っているうちに足が勝手に走り出し、彼女の後ろ姿を追いかけていた。

「トルテさん!」

 そう呼ぶと、トルテさんが振り返った。

「ルチア」

「リリー様の所に行くんですか?」

「いいえ。これから自分の部屋に戻るところよ」

「そうですか」

 自然に会話が出来ているだろうか。

 それにしても、なんだかトルテさん、元気がないような?

「トルテさ……」

「ちょっと、トルテ! ここにいたのね」

 僕の声を遮ったのは、メイド長だった。

 メイド長は何やら焦った様子でこちらへとやって来る。

「聞いたわ。あなた翡翠の間でティーポットを割ったんですって? どこか具合でも悪いの?」

 そんな事があったのか。

「すみません……私は平気です」

「何ともないならいいんだけれど……そんなことより大変なの!」

 メイド長の様子で、ただならぬ事態ということが分かる。

「どうしたんですか?」

 メイド長は姿勢を正して真っ直ぐトルテさんを見つめた。

「女王陛下がお呼びよ」

「え」

 思わず声が出た。トルテさんも目を丸くしている。

「どうして女王陛下がトルテさんを?」

「ロシィ夫人からトルテを呼ぶように頼まれたのよ。だから、詳しい事は分からないわ」

 ロシィ夫人は女王陛下の寵臣で、取り巻きの一人だ。

 王宮の女性の中では、女王陛下の次に権力を持つと言われており、多くの国税が彼女の為に使われている。

 財務大臣を初め、多くの者が彼女の存在に頭を悩ませていた。

「すぐに参ります」

「まっ」

 引き止める間もなく、トルテさんはすぐにそこを後にした。とてつもなく心配だ。

 僕に、彼女を引き止める力なんてないんだけれど。

「トルテさん、大丈夫でしょうか……」

「ロシィ夫人に目をつけられなければいいけれどね。彼女は平民が王室と関わる事を毛嫌いしている」

 トルテさんは知らず知らずのうちに、大変なことに巻き込まれていってしまう。

 どうする事も出来ない無力な自分に嫌気がさす。

「ルチア」

「はい」

「トルテちゃんをよろしくね」

 メイド長は、昔から僕とトルテさんのことを心配してくれている。優しく時に厳しい母のような存在だ。

「僕なんか、彼女のそばにいたって何も出来ない。ただそばにいても何の力にもなれなきゃ意味が無い」

「バカね。ルチアがそばにいる事が、どれだけトルテちゃんの助けになってるか……この王宮で、あなたのそばが唯一心休める場所だと思うわよ」

「そうでしょうか……」

「それに。ただそばにいるって、結構しんどい事よ。あなたが一番分かっているでしょう」

 メイド長のその言葉は僕の胸に深く響いた。

「……はい」

 メイド長は優しく微笑んで、僕の方をぽんっと叩いた。

 トルテさんの事は気がかりだけど、少しだけ心の中がすっきりしたように思う。
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