上 下
26 / 31

ティーポットの欠片

しおりを挟む

ーーー

 王宮の一室で、リリー王女はミハイル王子とお茶を召し上がっている。私は少し離れたところから、ティーポットを持ってお二人の様子を眺めていた。

 ノア様とエリス様も、すぐ隣で王子と王女を見守っている。

 穏やかな時間が流れ、私は先日のルチアの言葉を思い出していた。

 ルチアは私にとって大切な人だけれど、そういうふうな目で見た事は無かった。

 彼はどんな気持ちで、こんな鈍感な私と接してくれていたのだろう。これまで、私はずっと彼を苦しめていたのだろうか。

 私とルチアが恋人になるなんて、想像もつかない。

 恋人って何をするのかな。二人きりでお話をして、それから手を繋いだり、キスを……。

 馬車の中で起こった出来事が蘇った。ルチアの唇がおでこに優しく触れた。

 パリンッと音がしてあっと思った時にはもう遅かった。私は、持っていたティーポットを床に落としてしまった。

「キャ」

 ああ、やってしまった。

 その場にいる人達が、いっせいに私へと視線を向ける。

「申し訳ございません!」

 急いでポットの欠片を拾おうとすると、指に痛みが走る。

「いっ」

「トルテさんっ」

 ミハイル様はすぐに立ち上がられ、私の方に駆け寄って来てくれた。

「大変申し訳ございませんでした。すぐに片付けます」

「それよりも、お怪我は?」

 ふと痛みを感じる方に目線を下げると、指から血が流れていた。

「いいえ……」

 すぐに隠そうとしたけれど、王子に手を掴まれる。

「こういう嘘はよくありませんよ」

 叱られてしまった。ミハイル様は、ハンカチを胸元から出して私の指に当てる。

「ミハイル様、いけませんっ! 汚れてしまいます!」

 真っ白い布に、私の赤い血が馴染んでいく。

「そんな事は構いません! すぐに手当をしないと」

「トルテ、大丈夫?」

 リリー様が心配そうに覗き込んでくる。お二人の近くで割ってしまったらと思うと、ぞっとしてしまう。

「リリー様のご心配には及びません。お騒がせ致しまして申し訳ございませんでした。すぐに別のものをご用意して参ります」

 リリー様に心配かけまいと明るく振舞ったものの、心は沈んだまま部屋を出て長い廊下を歩く。

 早く切り替えないと。しっかりしなきゃ。

「おい、どうした」

 後ろから声をかけられ、振り返るとノア様が立っていた。

「申し訳ございません。私の不注意でお騒がせしてしまいました」

「お前らしくないな」

「この所、気もそぞろで……」

 頭を抱えながら、うつむき加減で答える。

「何か悩みでもあるのか」

「……いえ。何でもありません」

「そうは見えない」

 上手くつくろったつもりだったのに、きっぱりとそう言われてしまう。

「どうして分かるんですか」

「いつもは、弱みや欠点を見せないお前が、今日はか弱く見える」

「……では、私がか弱い少女のようにノア様に泣きついたのなら、ノア様は私を慰めて下さいますか」

 冗談交じりで、ふっと微笑んだ。

「ああ、お前が望むのなら」

 てっきり『そんな面倒な事するわけない』なんて言い返されるかと思った。

「……そんなふうに言われるとは、思いませんでした……」

 そんなふうに言われてしまったら、なんて言えばいいか分からない。

「実を言うと、悩みはあります。けれどこれは、自分で解決しなくてはいけない事なのです」

「そうか……」

 納得したように、ノア様はただそう言って優しく笑いかける。

「ありがとうございます。ノア様」

「なんだ、いきなり」

「私がポットを割った時、いち早く駆け寄ろうとしてくれたのはノア様でした。でも、ミハイル王子が席を立たれたので、身を引かれた」

「……見間違いじゃないか」

 ノア様はくるりと背を向けて、部屋へと戻っていった。

「私は嬉しかったです」

 確かにこの目でみた。ノア様は不器用な方だな。

 いつまでも、こうしてなんていられない。ちゃんと、けじめをつけなければ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

地下牢の神子

由紀
恋愛
遥か昔、紅の神子、蒼の神子が世界を創った。神子に従い守る十神衆により、十の国が造られる。それから時は流れ、今生には二千年神子が現れず、十神衆の心も乱れ国も荒れつつあった。 (え?神子?十神衆?何それ?!それより私中学生3年で大事な時期なんですけど!え?やっぱり私は神子じゃないんですか?!)という疑問付ばかりで進みます。 ※小説家になろう様でも掲載中です。修正しつつ投稿していきます。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

乙女ゲーのモブデブ令嬢に転生したので平和に過ごしたい

ゆの
恋愛
私は日比谷夏那、18歳。特に優れた所もなく平々凡々で、波風立てずに過ごしたかった私は、特に興味のない乙女ゲームを友人に強引に薦められるがままにプレイした。 だが、その乙女ゲームの各ルートをクリアした翌日に事故にあって亡くなってしまった。 気がつくと、乙女ゲームに1度だけ登場したモブデブ令嬢に転生していた!!特にゲームの影響がない人に転生したことに安堵した私は、ヒロインや攻略対象に関わらず平和に過ごしたいと思います。 だけど、肉やお菓子より断然大好きなフルーツばっかりを食べていたらいつの間にか痩せて、絶世の美女に…?! 平和に過ごしたい令嬢とそれを放って置かない攻略対象達の平和だったり平和じゃなかったりする日々が始まる。

平凡な女子高生だったはずなのに〜転生して冷血公爵と政略結婚しました〜

赤木
恋愛
 平々凡々な生活を送っていた少女、結城莉緒(ゆうき りお)はある日突然交通事故にあってしまう。命を失ってしまった彼女だったが、別の世界で王族の令嬢に転生していて⋯⋯? 涙あり笑いあり、出会いと別れを経て平凡少女は成長していく。 前のアカウントにログインできず、以前連載していたものを加筆修正して投稿しております。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
誰もが魔力を備えるこの世界で魔力のないオネルヴァは、キシュアス王国の王女でありながらも幽閉生活を送っていた。 そんな生活に終止符を打ったのは、オネルヴァの従兄弟であるアルヴィドが、ゼセール王国の手を借りながらキシュアス王の首を討ったからだ。 オネルヴァは人質としてゼセール王国の北の将軍と呼ばれるイグナーツへ嫁ぐこととなる。そんな彼には六歳の娘、エルシーがいた。 「妻はいらない。必要なのはエルシーの母親だ」とイグナーツに言われたオネルヴァであるが、それがここに存在する理由だと思い、その言葉を真摯に受け止める。 娘を溺愛しているイグナーツではあるが、エルシーの母親として健気に接するオネルヴァからも目が離せなくなる。 やがて、彼が恐れていた通り、次第に彼女に心を奪われ始めるのだが――。 ※朝チュンですのでR15です。 ※年の差19歳の設定です……。 ※10/4から不定期に再開。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

処理中です...