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ティーポットの欠片
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王宮の一室で、リリー王女はミハイル王子とお茶を召し上がっている。私は少し離れたところから、ティーポットを持ってお二人の様子を眺めていた。
ノア様とエリス様も、すぐ隣で王子と王女を見守っている。
穏やかな時間が流れ、私は先日のルチアの言葉を思い出していた。
ルチアは私にとって大切な人だけれど、そういうふうな目で見た事は無かった。
彼はどんな気持ちで、こんな鈍感な私と接してくれていたのだろう。これまで、私はずっと彼を苦しめていたのだろうか。
私とルチアが恋人になるなんて、想像もつかない。
恋人って何をするのかな。二人きりでお話をして、それから手を繋いだり、キスを……。
馬車の中で起こった出来事が蘇った。ルチアの唇がおでこに優しく触れた。
パリンッと音がしてあっと思った時にはもう遅かった。私は、持っていたティーポットを床に落としてしまった。
「キャ」
ああ、やってしまった。
その場にいる人達が、いっせいに私へと視線を向ける。
「申し訳ございません!」
急いでポットの欠片を拾おうとすると、指に痛みが走る。
「いっ」
「トルテさんっ」
ミハイル様はすぐに立ち上がられ、私の方に駆け寄って来てくれた。
「大変申し訳ございませんでした。すぐに片付けます」
「それよりも、お怪我は?」
ふと痛みを感じる方に目線を下げると、指から血が流れていた。
「いいえ……」
すぐに隠そうとしたけれど、王子に手を掴まれる。
「こういう嘘はよくありませんよ」
叱られてしまった。ミハイル様は、ハンカチを胸元から出して私の指に当てる。
「ミハイル様、いけませんっ! 汚れてしまいます!」
真っ白い布に、私の赤い血が馴染んでいく。
「そんな事は構いません! すぐに手当をしないと」
「トルテ、大丈夫?」
リリー様が心配そうに覗き込んでくる。お二人の近くで割ってしまったらと思うと、ぞっとしてしまう。
「リリー様のご心配には及びません。お騒がせ致しまして申し訳ございませんでした。すぐに別のものをご用意して参ります」
リリー様に心配かけまいと明るく振舞ったものの、心は沈んだまま部屋を出て長い廊下を歩く。
早く切り替えないと。しっかりしなきゃ。
「おい、どうした」
後ろから声をかけられ、振り返るとノア様が立っていた。
「申し訳ございません。私の不注意でお騒がせしてしまいました」
「お前らしくないな」
「この所、気もそぞろで……」
頭を抱えながら、うつむき加減で答える。
「何か悩みでもあるのか」
「……いえ。何でもありません」
「そうは見えない」
上手くつくろったつもりだったのに、きっぱりとそう言われてしまう。
「どうして分かるんですか」
「いつもは、弱みや欠点を見せないお前が、今日はか弱く見える」
「……では、私がか弱い少女のようにノア様に泣きついたのなら、ノア様は私を慰めて下さいますか」
冗談交じりで、ふっと微笑んだ。
「ああ、お前が望むのなら」
てっきり『そんな面倒な事するわけない』なんて言い返されるかと思った。
「……そんなふうに言われるとは、思いませんでした……」
そんなふうに言われてしまったら、なんて言えばいいか分からない。
「実を言うと、悩みはあります。けれどこれは、自分で解決しなくてはいけない事なのです」
「そうか……」
納得したように、ノア様はただそう言って優しく笑いかける。
「ありがとうございます。ノア様」
「なんだ、いきなり」
「私がポットを割った時、いち早く駆け寄ろうとしてくれたのはノア様でした。でも、ミハイル王子が席を立たれたので、身を引かれた」
「……見間違いじゃないか」
ノア様はくるりと背を向けて、部屋へと戻っていった。
「私は嬉しかったです」
確かにこの目でみた。ノア様は不器用な方だな。
いつまでも、こうしてなんていられない。ちゃんと、けじめをつけなければ。
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