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メイドの仕事
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心地よい日差しの昼下がり。
ここは、王宮の中の厨房。数えきれないほどたくさんの食器や、一点の曇りもないシルバー。
いつ見ても、うっとりする。このメイド服も着慣れてしまった。
ここでは今日も大勢の使用人たちが、王族、貴族たちのため働いている。
私は、リリー王女が召し上がるためのお茶の用意をしていたところだった。紅茶は程よい温度に、ミルクはたっぷりと。そして、今日のお菓子は……。
「ああっ! トルテさん! トルテ・シンクレアさんいますか!」
広い厨房の中、私の名前を必死に呼ぶ声が聞こえた。
「ルチア? 私はここよ」
燕尾服を着た綺麗な金髪の男の子と目が合う。彼は執事のルチアだ。
「トルテさん、リリー王女がっ!」
ルチアの慌てぶりから察するに、緊急事態に違いない。
「すぐに行くわ」
私は用意していたお茶を放って、ルチアの後を急いだ。
ルチアを追って部屋の扉の前へと着くと、二人の騒がしい声が外まで聞こえてきた。
「リリー様、どうかお座り下さいませ!」
「イヤよ! 私、お勉強なんて大嫌い」
どうやらリリー王女は、家庭教師と口論になっているようだ。
「なりません! リリー様!」
「魔法の勉強なんて、私には関係ない事だわ!」
これはいけないと、扉の前で声を上げた。
「失礼いたします!」
扉を開け目に飛び込んで来たのは、部屋の中を走り回る王女のリリー様。そして、あたふたしている家庭教師の中年女性だった。
「家庭教師や我々がいくら言っても、お聞き入れにならなくて」
ルチアは、頭を抱えすっかり困り果てている。
「あっ! トルテ!」
リリー様はこちらに走ってかけより、私の足へと飛びついた。そして、くりくりとした大きく、そして澄んだ青の瞳で私を見上げる。王女と言ってもまだ小さな女の子、遊びたいさかりなのは分かる。
「ねぇ、トルテ。お勉強飽きちゃった。一緒に遊ぼう?」
王女の勉強嫌いは今に始まった事ではない。自由奔放でおてんばな王女。机でじっとしている事は苦痛で仕方ないのだろう。
私は王女の目線に合わせ、リリー王女の手を取って立膝をついた。
「リリー様。メイドの身分で恐縮ですが、ひとつ言わせていただきます。魔法のお勉強は、とても大事なものです。将来、品位と教養のある立派な王女様になるために、リリー王女にとって、必要なものなのです」
「……でも……」
「リリー様のお気持ちはお察しいたします。私もお戯れ願いたいのですが……」
「じゃあ、遊びに行きましょうよ!」
「ですが、王女がお勉強をなさらないと私が国王陛下にお叱りを受けてしまいます。もしかすると、リリー様と二度とお会いすることが出来なくなるかもしれません」
「え……トルテと会えなくなるなんて、そんなのイヤよ」
不安そうな顔をさせてしまった。けれど、嘘はついていない。
「私もです。お勉強が終わりましたら、私と遊んで頂けますか?」
「ええ! 約束よ!」
「はい」
リリー様は、さっきまでの駄々が嘘のように、素直に椅子へ座った。家庭教師は目を丸くさせている。
「あなたは?」
「申し遅れました。私は、リリー王女の教育係、トルテ・シンクレアと申します」
スカートのはじを持ち上げ、家庭教師の女性にお辞儀をして部屋を後にした。
「さすが、養成学校を首席で卒業なされさた方だ」
隣を歩いていたルチアが、感心の眼差しをこちらへ向ける。
「そんな事は関係ないわ。王女様は、素直でお優しい心の持ち主というだけの事」
「トルテさんにだけですよ」
「そんな事はありません」
どうか。王女様に輝かしい未来が約束されていますように。そう願うばかり。
これが私の毎日。これが私の日常なのです。
ここは、王宮の中の厨房。数えきれないほどたくさんの食器や、一点の曇りもないシルバー。
いつ見ても、うっとりする。このメイド服も着慣れてしまった。
ここでは今日も大勢の使用人たちが、王族、貴族たちのため働いている。
私は、リリー王女が召し上がるためのお茶の用意をしていたところだった。紅茶は程よい温度に、ミルクはたっぷりと。そして、今日のお菓子は……。
「ああっ! トルテさん! トルテ・シンクレアさんいますか!」
広い厨房の中、私の名前を必死に呼ぶ声が聞こえた。
「ルチア? 私はここよ」
燕尾服を着た綺麗な金髪の男の子と目が合う。彼は執事のルチアだ。
「トルテさん、リリー王女がっ!」
ルチアの慌てぶりから察するに、緊急事態に違いない。
「すぐに行くわ」
私は用意していたお茶を放って、ルチアの後を急いだ。
ルチアを追って部屋の扉の前へと着くと、二人の騒がしい声が外まで聞こえてきた。
「リリー様、どうかお座り下さいませ!」
「イヤよ! 私、お勉強なんて大嫌い」
どうやらリリー王女は、家庭教師と口論になっているようだ。
「なりません! リリー様!」
「魔法の勉強なんて、私には関係ない事だわ!」
これはいけないと、扉の前で声を上げた。
「失礼いたします!」
扉を開け目に飛び込んで来たのは、部屋の中を走り回る王女のリリー様。そして、あたふたしている家庭教師の中年女性だった。
「家庭教師や我々がいくら言っても、お聞き入れにならなくて」
ルチアは、頭を抱えすっかり困り果てている。
「あっ! トルテ!」
リリー様はこちらに走ってかけより、私の足へと飛びついた。そして、くりくりとした大きく、そして澄んだ青の瞳で私を見上げる。王女と言ってもまだ小さな女の子、遊びたいさかりなのは分かる。
「ねぇ、トルテ。お勉強飽きちゃった。一緒に遊ぼう?」
王女の勉強嫌いは今に始まった事ではない。自由奔放でおてんばな王女。机でじっとしている事は苦痛で仕方ないのだろう。
私は王女の目線に合わせ、リリー王女の手を取って立膝をついた。
「リリー様。メイドの身分で恐縮ですが、ひとつ言わせていただきます。魔法のお勉強は、とても大事なものです。将来、品位と教養のある立派な王女様になるために、リリー王女にとって、必要なものなのです」
「……でも……」
「リリー様のお気持ちはお察しいたします。私もお戯れ願いたいのですが……」
「じゃあ、遊びに行きましょうよ!」
「ですが、王女がお勉強をなさらないと私が国王陛下にお叱りを受けてしまいます。もしかすると、リリー様と二度とお会いすることが出来なくなるかもしれません」
「え……トルテと会えなくなるなんて、そんなのイヤよ」
不安そうな顔をさせてしまった。けれど、嘘はついていない。
「私もです。お勉強が終わりましたら、私と遊んで頂けますか?」
「ええ! 約束よ!」
「はい」
リリー様は、さっきまでの駄々が嘘のように、素直に椅子へ座った。家庭教師は目を丸くさせている。
「あなたは?」
「申し遅れました。私は、リリー王女の教育係、トルテ・シンクレアと申します」
スカートのはじを持ち上げ、家庭教師の女性にお辞儀をして部屋を後にした。
「さすが、養成学校を首席で卒業なされさた方だ」
隣を歩いていたルチアが、感心の眼差しをこちらへ向ける。
「そんな事は関係ないわ。王女様は、素直でお優しい心の持ち主というだけの事」
「トルテさんにだけですよ」
「そんな事はありません」
どうか。王女様に輝かしい未来が約束されていますように。そう願うばかり。
これが私の毎日。これが私の日常なのです。
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