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5 秘密の歌
しおりを挟む部屋に戻る廊下の大きな窓から太陽の光が差していた。二羽の小鳥たちが遊ぶように飛んでいる。
「今日は良い天気ですね」
「はい」
後ろにいたメイはすぐにそう返事をする。
「外に出てもいい? お庭を歩いてみたいです」
「はい。我々がご案内します」
「一人で行きます」
「いけません」
「別に逃げるつもりはありません」
「ここの庭園はとても広いですから、迷われませんようご案内いたします」
「わかりました」
広い庭園は、隅々までよく整えられている。こうやってお散歩するなんて久しぶり。お日様の匂い、小鳥のさえずり。とても気持ちがいい。
「か、カノン様」
好き勝手に歩くので、後ろのメイド達は息を切らしていた。
「あら、ごめんなさい。本当に私一人でいいのに」
「王妃様をおひとりに出来ません」
王妃じゃないのに。
「あっちには、何かあるのですか?」
「そちらは馬屋しかございません。もうそろそろ城の中へお戻り下さ……」
「面白そう。みんなは戻っていいですよ」
メイの言葉をさえぎって、馬屋を目指して足を進めた。
「ああっ! お待ちください王妃様!」
お構い無しに駆け出した。昔、馬を飼っていた事を思い出す。乗馬は好きだったけれど、危ないとお母様には叱られた。あの馬は元気だろうか。
そんなことを考え着いた場所は、馬屋とは思えないほど立派な建物だった。中には、馬が一頭ずつ仕切で区切られ顔を出している。
「こんなにたくさん……」
端から順に見ていくと、奥に一頭だけ座り込んでいる馬がいた。艶やかな漆黒の毛並みをしていて、一際目立っている。
あまり元気がなさそうな気がした。
「どうしたのかしら」
「どちら様です?」
心配していると、背後から急に声をかけられ驚いた。
「勝手に入ってしまってごめんなさい」
「いや、構わないさ……馬泥棒にも見えない」
たしかに、ドレスでここへ来る人間は珍しいだろう。
「散歩していたらここを見つけて……あの、この子どうかしたんですか?」
「骨折していてね。最近はこの調子なんだ」
「もう治ることはないの?」
「獣医はそう言っていた。陛下のご慈悲で殺処分はされていないが、もう前のように走る事は難しいだろう」
「そんな……」
「こいつは陛下の愛馬でね。今でも陛下をここでずっと待っているんだ。また一緒に走りたいと思っている」
「馬の気持ちが分かるの?」
「もちろん。このお役目に就いてから何十年も経つからな」
この子はまだ希望を捨てていない。だから、こんなにも済んだ目をしている。クレオ様が来てくれると信じているんだ。
クレオ様も、この子と走りたいと思っているはず。
「この子の名前は?」
「フェリーチェだ。陛下が名付けられた」
そっと手を伸ばし、フェリーチェの頭を優しく撫でた。
「フェリーチェ……」
優しい子なのね。
ゆっくり息を吸って、目を瞑った。この子に、私の歌が届きますように。
「ーー光を求めるもの、願いはやがて星となり、輝くだろう。私は有明の月となり、あなたを慰めましょう。永遠に探し続けて、私を見つけ出してーー」
「こりゃ、一体……」
その声で目を開けると、瞳に飛びこんできたのは艶やかな黒の毛並みの馬が、前足を立ち上がらせる姿だった。
「ねぇ! この子に乗ってみてもいいかしら!?」
フェリーチェは私に顔を寄せる。お礼を言っているかのように。
「ええ? いや、だが……」
「カノン様!」
振り返ると、ノエルがこちらに向かってくる。
「こんな所にいらっしゃったのですね」
「ハルメン伯爵っ」
目を丸くしていた馬屋の男は、慌ててノエルに敬礼する。
「たしか、この馬はもう走れないと聞いていたが」
ノエルは不可解そうな表情をしている。
「この子はもう大丈夫。外へ連れてってあげたいの。ノエル、クレオ様に伝えて。この子の足はもう治ったって」
私はフェリーチェに乗ると、手綱を持って外へ飛び出した。
フェリーチェと共に野を走り抜けるのはとても気持ちが良かった。フェリーチェは体全体で喜んでいるのが伝わる。
「カノン様! 国王陛下がお見えです。正門へ参りましょう」
正門には多くの人間たちと、クレオ様がいた。
「こんなことが……まさか」
目を丸くするクレオ様と家臣たち。
「王妃様危ないです! お召し物が汚れてしまいます!」
大慌ての女官とメイド達。飛び降りてクレオ様の顔をじっと見つめた。
「さぁ、クレオ様……」
クレオ様はフェリーチェに跨ると、優しく撫でてからふっと微笑んだ。そして、私に手を差し出す。
「カノン・エトワール。君も一緒に」
一瞬、躊躇したけれど、私はクレオ様の手を取った。そして、ゆっくりとフェリーチェが歩き始める。
「国王陛下っ」
「お前たちは来るな」
二人きり。美しい花々ののどかな風景の中、ゆっくりと時間が流れる。
嫌な時間では無かった。とても落ち着く。最初に会った時は良い印象では無かったけれど。
「お前は、自分の歌の力が分かっていたのか」
そう。私は分かっていた。
「……幼い頃、家に迷い込んで来た小鳥が窓にぶつかって怪我をしてしまったんです。小鳥の怪我は良くならず、もう弱っていくだけだった」
私は日に日に弱っていく小鳥の姿を見ては、辛くて辛くて泣いていた。
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そして私は幽閉された。歌姫だから。誰にも話してはいけなかった。秘密にしなければいけなかった。
「……ありがとう」
「え?」
「またフェリーチェと一緒に何処へでも行ける。君のおかげだ」
「私は別に……」
「ありがとう。カノン」
こんなに真っ直ぐお礼を言われると、照れてしまう。
「……はい」
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