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3 歌姫の呪縛

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「お前は、エリーシャ王国の王妃となる」

 突然現れたその人は、何の前置きもなく私にそう告げる。

「え?」

 なぜ、エリーシャ国の国王がこんな所に。それに、私を妃にするとはどういう事なのか。

 まったく頭が追いつかない。

「カノン・エトワール。俺はお前を、妃として城に迎え入れる」

 その冷たい目をした国王は、もう決まった事のような言いぐさ。

「あの……お話がよく……私が、貴方の妃になる?」

「そうだ。しかし、妃というのは形だけで構わない。俺は、お前が手に入ればそれでいい」

 私の話なのに、私の意思も意見も関係ないの?

「おっしゃられている意味が……」

「お前は『歌姫』なのだろう?」

 そういえば昔、そんな事を言われた記憶がある。それが何だというのか。

「お前は、自分の価値に気がついていないだろうがな」

 今まで誰からも歌姫の事を詳しく聞いたことは無かった。無論、聞ける状況でも無かったけれど。

「カノン・エトワール。俺と共に来い」

 国王はそう言って手を差し出した。

 この手を取るのは、妃となることを受け入れる事になるのだろうか。

 突然現れて、妃になれと突拍子も無いことを話し出して……。

 思えばここへ来る前もそうだった。私はいつも蚊帳の外で、気づいた時には檻の中。

「……」

 私は深呼吸した後、国王の目を見つめた。

「失礼ながら、そのお申し出、お断り致します」

 その瞬間、部屋の空気がぴたりと止まった。後ろの兵士たちは顔を見合わせている。

「なんだと」

「貴方の妃にはならない、と申し上げたのでございます」

 クレオ様の顔を真っ直ぐ見つめながら、きっぱりと言い放つ。

「なんだと」

 彼は驚いた表情から、眉間に皺を寄せ不機嫌な表情へと変わった。

「会ったばかりの方と結婚だなんて、納得いくはずが無いでしょう。数年間閉じ込められて、急にそんなお話受け入れられません」

「私はお前をこの牢獄から出してやると言っているんだぞ。私の城に来れば、ここの何倍も良い暮らしが出来る」

「私は私の国へ帰ります」

 この方の言う良い暮らしとは、どういうものなのだろう。一日二回の食事、窓のない部屋で、数十冊の本を何度も読み返す、またここと変わらない生活に違いない。

 ああ、こんなにも心躍らないプロポーズがあるとは知らなかった。

「お前には選択肢は無い。着いて来て貰うぞ」

「私はなぜ幽閉されなければならなかったのですか。貴方は、それを知っておられるのですか」

「それは、お前が歌姫であるからだ」

「罪人のように何年も閉じ込められる存在だと思っていたら、今度は国王の妃になれという……歌姫の呪縛に振り回されるのはもう沢山です」

 クレオ様を払い除け、扉めがけて走り出そうとした。

 しかし、すぐにクレオ様に手を捕まれ逃げ出そうとする作戦は失敗に終わる。

「離して下さい!」

「逃げてどうなる。森の中で飢え死にするだけだ」

「私の道は、私が決めます! 離して!」

「よく考えろ。お前は私から逃れる事は出来ない」

 どうしようもなく涙が溢れ出て、その場に座り込んだ。

「……お前はもう私に囚われたのだ」

 静かに、諭すようにクレオ様は掴んでいた手をそっと私の膝の上へ置いた。

「私は、誰のものにもなりません。あなたの妃にはならない!」

 必死で訴えるけれど、クレオ様は何も答えない。 

「……連れて行け」

 クレオ様はそう言って部屋を後にすると、給仕服の女性たちがぞろぞろと入って来て、私に頭を下げた。

「お初にお目にかかります。これから、私共がカノン様の身の回りのお世話をさせて頂きます。ご用がありましたら何なりとお申し付け下さいませ」

 真ん中の赤髪の女の人が、そう言って給仕服のドレスの端を持ち上げ頭を下げる。他の女の人達も同じ動きをした。

「さぁ、馬車がお待ち申し上げております。どうぞこちらへ」

「いや……離して!」

「……申し訳ございません、御無礼をお許し下さい」

 赤髪の女性はとても申し訳なさそうな表情で私の手に鎖をかけ、ひょいっと私を持ち上げた。こんな華奢なのに、どこにそんな力が。

 そして、数年ぶりに外へ出た。とてもよく晴れていて、光が眩しい。空は高く、風が冷たくて足がすくんだ。

「さぁ、我が国が誇る乗り心地最上級の馬車でございます。王妃様もきっとお気に召すはずです」

「私は王宮に行くつもりも、王妃になるつもりもありま……」

 それから記憶が無い。眠ってしまったんだ。良い香りがしたから、きっと眠気を誘うお香を焚いていたのかも知れない。
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