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2 王子さまと騎士

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 広い部屋には窓が一つもなく、常に鍵が掛けられていて内側からは開けられない。

 ここに幽閉されてから、どれくらい経ったのだろうか。もう数年は経過している。

 食事を運ぶ使用人や、掃除をする人が時折部屋へ入ってくるが、話しかけても誰も返事はしてくれなかった。

 毎朝目が覚めても、『おはよう』と挨拶を交わせる相手はおらず、今が昼か夜かも分からない。ただそこにはいつも静寂だけがあった。

 何度も逃げ出そうとしたけれど、何度も失敗して、いつしか無駄だと諦めてしまった。

 私は、いつまでこの牢獄に閉じ込められていなければならないの?

 お母様、お父様。会いたいです。元気に暮らしているでしょうか。

 恐れや不安も、もうなくなってしまった。残るのは、ただただ虚しいという事。

 孤独をまぎらわせ、心を埋めるのは、私の愛した歌だけ。

「孤独に叫び、かすれてしまった声
あの森を思う
女神様の声も、届かない
深い深い森の中
両手を広げ、心の中、羽ばたいて行く」

 薄暗くて広すぎる部屋の中、私の声だけが響いた。こんなにも悲しいのに、もう流し尽くして涙は出てこない。

 そんな時だ。

 何やら外が騒がしい。たくさんの足音と、声がする。ここに来てから聞いたことの無い音が恐ろしくなり、物陰に身を隠した。

 何が起こっているの?

 心臓の鼓動が早くなっていく。すると、ゆっくりと静かに扉が開かれる音がした。

「カノン・エトワール様で……いらっしゃいますか」

 私の名前。そっと物陰から覗き込むと、軍服を着ている男の人が立っていた。

 なぜ、私の名前を知っているのだろう。この方はいったい誰?

 息を潜めてその人の様子を伺っていると、ばちっと目が合った。見つかってしまった。

 私の方へ一歩一歩、歩み寄る。

「だ、誰ですか」

「どうかご安心下さい」

 優しい声色に、私は恐る恐るその顔を見上げた。

 飴色の髪の毛に、凛々しいお顔立ち。この軍服はどこの国のものだろう。私の国のものではない。

「……あなたは、誰ですか」

 そう尋ねると、軍人さんはそこに跪いた。

「……私はあなたをお助けし、お守りする騎士ナイトです」

 彼は優しく微笑んだ。きっと、この人はいい人だ。そんな気がする。私は物陰から出て、騎士の前へ身をさらけだした。

「……私を、外へ出して下さい」

 彼は私を見ると目を丸くさせ、息を飲む。

「……美しい」

 聞き取れない声で、彼は小さくなにか呟いた。

 そこで私は、開かれた扉に一人の男性の姿に気がついた。

「国王陛下。ノエル騎士長が歌姫を発見致しました」

 男性はそう言うと扉の横で敬礼する。その後ろから現れたのは凛々しい佇まいをした男だった。

「この娘で間違いないのか」

「はっ。間違いないかと。この屋敷にそれらしい人物は見当たりませんでした」

 白い肌と漆黒の髪の色、よく整った顔は無表情で、冷たい瞳をしている。

 暖かさが感じられない。綺麗な人形のようだ。

「貴様がカノン・エトワールか?」

 彼の強気な態度に怯えながら静かに、こくりと頷いた。

「俺は、エリーシャ国の国王。クレオ・エヴァレットだ」

「国王……」

 彼はお姫様を助けに来る王子様のようではなく、どちらかと言えば悪役のよう。

「お前は今から、この俺のものだ」

 セリフまで、悪役そのものではありませんか。
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