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悪魔の悪夢
しおりを挟む夕刻、遠くの電波塔をぼんやり見ていると都会のビル群に大きな火の玉が落下してくるような錯覚に陥る。
日が沈んだところで僕は高層マンションの屋上から冬の寒空へ翼を広げ飛び立った。
寒風に耐えながらしばらくして、白い塗装の剥げた年季のある病院に着いた。入り口付近の看板に柊ひいらぎ病院と書いてある。僕はあらかじめあの世にいる死神から送られてきたリストをチェックすると205号室、田中隆三たなかりゅうぞうとある。病院内に入って2階へ上がり、205号室を見つけて誰かがドアを開けてくれるのを待った。悪魔は人間には見ることが出来ないが、かと言って物や壁をすり抜けることはできない(生き物は可能)。その辺は不便で面倒だ。
数分後、看護師が扉を開けたので僕は扉が閉まる寸前で慌てて部屋に入った。個室のようだ。
「田中さん、夕食をお待ちしました」
「ああ」
「ではここに置いておきますね」
「ご苦労さん」
何処にでも居そうなおじいさんだなぁ。
看護師が部屋から出ていくと僕はベッドに座って夕食をボソボソと食べている田中さんに近づいて隣に座った。ため息が聞こえて横顔を見るとどこか悲壮感が漂っている。僕はこういう時にどうしたんだろう、何かあったのかなと余計なことを考えてしまう。死期が迫った人なのに。
虚空を見つめながらぼーっとしていると田中さんが箸を置いて、すぐに横になった。あっ、すっかり仕事のことを忘れていた。僕は気を取り直してリストをチェックし、田中さんが夜には亡くなることがわかった。最期の日なのに誰も見舞いに来てくれない。僕はちゃんと魂をあの世へ届けますからねと思わず声に出して言った。田中さんがうなづいたような気がした。
その日の夜、結局誰も来ないまま田中さんは息をひきとった。僕は田中さんの胸からふわふわと出てきた鮮やかな紅色の塊を手に取った。それを窓の外に向けて吹きかけると、ゆらゆら空中を漂った後パッと消えた。あの世へ行ったのだ。
僕は看護師や医者やらが頻繁に扉を開け閉めしている間を縫って部屋を出た。仕事が終わったのでいつものマンションの屋上へと戻るのだ。伸びをしながら病院の廊下を歩いていると向こうの方から制服を着た女の子がやって来た。背格好からして高校生であろうか。髪型はポニーテールで赤い質素なヘアゴムで髪をまとめている。丸顔で目は二重、力強い眉が特徴的だ。生き物なのですり抜けられるがこっちが避けようとするとそれに合わせて邪魔をする様に僕の前に立ち塞がった。僕は少し気になったがその子をすり抜けようとしたその時、
「なんで翼なんかつけてんの?それ本物?」
ん?僕は周囲を見回した。誰もいない。
「君だよ君!」
「え?僕?」
「翼なんか付けてる人君しかいないでしょ」
「なんで見えてんの!!」
「見えちゃいけないの?」
「いや、そんなことはないけどさぁ」
「だからさぁなんで付けてんの?」
「これは付けているというか生えてるんだけど」
「どういうこと?」
僕は自分が悪魔で死人の魂をあの世へ送ることが生業である事と今、柊病院で一仕事終えた後だという事を伝えた。
「そんな事ある?!」
「ある」
「悪魔なのになんで制服着てんの?てか悪魔っていう割にはツノとか尻尾は生えてないんだね」
「うん。まあね。って僕制服着てる?」
「ほら」
すると彼女は自分のポケットから手鏡を取り出して僕を映した。本当だ。僕は学ランに身を包んだ高校生のようだ。今まで自分の見た目なんて考えた事なかったなぁ。
その後質問攻めが続いたが、そろそろ僕にも質問させてくれよと会話の主導権を奪った。
「そういえば君なんて名前なの?ところでこんな夜遅くに何やってるのさ」
「私は柊楓ひいらぎかえで」
柊?どっかで見たな。
「ここの院長の子供だよ」
「あっそうなんだ。どうりで柊病院って言うわけだ」
「それで、今日は鍵忘れちゃったからお父さんの仕事が終わるまで放課後からここの待合室で本を読んでたってわけ」
「なるほどね」
まだまだ気になることはいっぱいあるが、彼女はそろそろお父さんの仕事が終わるからと言って歩き出した。彼女の後ろ姿を見送っていたらパッと振り向いて、
「明日休みだからさぁ、朝この病院の待合室に来てよ!」
と笑顔で言って僕が答える前に奥の階段に消えてしまった。時計を見るとちょうど午前12時を指していた。
その後僕はいつものマンションの屋上へ飛んで行き、そのまますぐに横たわった。今夜は特に寒いので翼で身を包んで眠りについた。
ヒューっと風を切る音が耳を突き刺す。コンクリートの地面が迫る。激突すると思うとまた落ちる所から繰り返される。こんな夢を毎日見るようになったのはいつからだろう。そういえば僕が悪魔になったのはいつだっただろう。記憶を辿っても答えには終着しない。終わらないトンネルのようだ。
翌朝、日の出と共に起きた。毎日こんな悪夢を見るせいで頭がグルグルして気持ち悪い。ポキポキ骨をならしながら起き上がると空中からヒラヒラと一枚の紙が落ちてきた。死神からの"今日死ぬ人リスト"だ。死神から送られてきたといっても実はどこから誰が送ってきたかは知らないのである。死神と呼んでいるのは僕の勝手なイメージによるものだ。
太陽の光に背を向けて眠い目を擦りながらリストをチェックする。
「えーっと。名前は・・・」
一通り確認し終わった後で、あることを思い出した。
「あっ忘れてた。あの子と会う約束をしてたんだった。朝って言ってたけど何時か聞きそびれちゃった」
でもまずは一仕事終えてから病院に行こうと軽く準備体操をしてから僕は飛び立った。
仕事が思いの外長引いてしまったので急いで病院へ向かっていると途中で眼下に道端で倒れている猫を見つけた。しかも死んだばかりのようで車に跳ねられてしまったのかもしれない。魂がふわふわと漂って消えなかったので心配になり近づいてみた。瑠璃色の綺麗な魂だ。あの世に送ってやろうと魂を掌ですくおうとしたがすり抜けてしまった。僕が困惑していると仲間の猫が近づいて来て魂を腹に抱えた。すると仲間の猫諸共パッと消えてしまったのだ。僕はさらに困惑したがすぐに仲間の猫は戻ってきた。そうか、僕は人間以外の魂はあの世に送れないのか。他の動物達はこんな風に仲間を弔って上げていたんだと感心した。
入り口に到着し、急いで入ると奥行きのある待合室の一番奥の席に彼女は座っていた。休みの日のはずなのに制服のようだ。ごめんごめんと小走りで彼女に近づいていくと彼女は本から顔を上げて
「ううん、私も今来たばっかり」
「そうなんだ。良かった。遅れたかと思ったよ。ところでなんで今日制服なの?」
「いちいち服選ぶのめんどくさいからだよ。で、今日は昨日言ってた仕事やらを済ませてきたの?」
「うん。まぁこの後もあるんだけどね」
「んー、でもやっぱりまだ信じられないな。昨日は周りにヒトがいなかったから確かめられなかったけど試しにあの人をすり抜けてみてよ」
「いいよ。でもすり抜ける時なんだかぞわぞわして嫌な気持ちになるんだよなぁ」
僕は嫌々ながらこちらの席に向かって歩いてくる人を通り抜けた。
「本当だ!すごい!あっ・・・」
彼女が突然大声で驚いたので、周りの人から困惑した顔で見られた。彼女は顔を赤らめて僕に小さく手で外に出てようと合図をした。
外に出て僕たちは病院の向かいの通りにあるカフェに入った。彼女は2人用の個室を選んでミルクティーを注文した。2人とも一息ついて向かい合った。改めて顔をよく見ると端正な顔立ちでポジティブな印象を受ける。僕がじーっと見ていると彼女が口を開いた。
「聞き忘れてたんだけどさ、君なんて名前なの?」
名前?そういや自分の名前知らないなぁと思いながら首を傾けて髪を掻いていると
「もしかして自分の名前も知らないの?!」
「うん・・・」
「じゃあ、悪魔だからあっくん」
「単純だね・・・」
「まぁいいじゃん。私のことは楓って呼んでいいよ」
「わかった」
すると注文したミルクティーが届いて楓が一口飲むとこげ茶色の手提げ鞄から数冊の本を取り出してテーブルにドンっと置いた。そして本を一冊ずつ並べた。手提げ鞄には菊田きくだ高校と書いてある。
「本って知ってる?」
「え?知ってるけど」
「ふーん、悪魔なのに本は知ってるんだ」
「うん。なんかね、覚えたつもりはないんだけどこの世界のことは普通に知ってるよ」
「じゃあこの中に知ってる本ある?」
「あっこれ知ってる。これさぁ最初はシニカルな主人公が人間の温かみを知って徐々に良い人になっていくんだよね。面白いけどこの作品に対しては実はアンビヴァレンスな気持ちを抱いていて・・・」
「そうそう!よく分かってんじゃん。私もこの作品には思い入れが深くて・・・」
その後僕と楓は共通して知っている本について話し合ったり自分のオススメの本を紹介しあったり、笑いあってとても楽しい時間を過ごした。これまで楽しいことなんかちっとも無かったのに今日は本当に楽しい時間になった。この個室を覗いた人は楓が一人で喋って笑って変な奴だと思ったかもしれない。
気付いたら窓の外が暗くなっていた。
「申し訳ないんだけど、これからまたもう一仕事あるんだ。だから今日はこの辺で・・・」
「えーっ!これからがもっと楽しい所だったのに。残念。じゃあ来週の日曜日も来てくれる?」
「いいよ。時間によるけど」
「私は大体いつもの待合室に居るから都合の良い時に来てね」
「オッケー」
その後僕たちは席を立って店を出た。すっかり暗くなっていた。店から漏れる光が僕たちを照らした。
「じゃあまた今度」
「うん。楽しみにしているよ楓」
僕はそう言うと楓に手を振って飛び立った。少し空中に上がった所で後ろを振り返ると楓も手を振っていたがこれまでの明るい表情とは打って変わって寂しそうな顔をしていた。
それから僕はもう一仕事終えてからマンションの屋上に帰ってきた。楓のあの表情がどうも忘れられずにすぐには眠りにはつけなかった。
翌朝、いつもの悪夢のせいで気分は最悪だが重たい体を起こして朝日に向かって深呼吸をした。もう日はすっかり上っていた。それから体操をしていると死神からリストが送られてきた。
「おっ今日は1人だけだな。えっ?!」
僕は自分の目を疑った。柊楓、そう書いてあった。いきなりのことで頭が回らずドバーっと冷や汗をかいた。汗が頬を伝って顎の先から落ちたところですぐに気を取り直して場所と時刻を確認した。
「菊田高校、12時20分・・・」
学校だと?とりあえずここに行ってみよう。何か助ける手立てがあるかも知れない。僕はすぐに飛び立ち、途中、時間を確認するとちょうど9時であった。飛びながら死因は急病か?それとも・・・などと思いを巡らした。
30分後遂に菊田高校に到着した。すぐに門を乗り越えて校舎に入った。廊下には人が誰もいないが授業中なのだろう。そういえば楓が何年生か聞いていなかった。楓がいるクラスをしらみつぶしに探すしかない。1階、2階、3階と1クラスずつ見て回ったが一向に見つからない。授業中はどこも扉が閉まっているようで廊下側の窓から中を見て探していたのでもしかしたら焦って見落としてしまったのかも知れない。
「もう一回、1階から探そう」
そう思って階段を降りようとすると廊下の一番奥から誰かが歩いてきた。一番奥には保健室があったはずだ。きっと保健室から出てきて教室に戻る人だ。
「そうだ、保健室を見ていなかった」
僕はすぐに走り出して保健室の前まで行くと扉を3回ノックした。
「はーい」
と中から声が聞こえた。保健室の先生だろう。そして扉を開けて首を傾けていた。僕はその間に保健室に入り込んで中を探した。
「いた!」
「え?ここで何やってんの?」
と小声で言った。楓はベッドの上で体育座りをして本を読んでいた。
「本なんか読んでる場合じゃないよ!」
「なんでよ。教室には行きたくない」
「そう言う事じゃなくて今日死ぬ人リストに楓の名前があるんだよ!」
「それ、どういう事?」
「いや、そのままだよ!今日君が死んじゃうんだよ」
「そうなんだ。まぁいいじゃんって言おうと思ったけどあっくんに会って気が変わった」
とやけに落ち着いた様子で言うと楓は本を置きベッドを降りて上履きを履いた。来て、と楓が言ったので僕はそれに従った。ベッドの脇のデジタル時計を見ると10時50分と表示していた。
僕は保健室を出て楓の後ろをついていった。彼女の後ろ姿は昨日あった時よりも何故だか小さく感じた。
二階に登った僕たちは図書館に着いた。中に入ると大きいとは言えないが多種多様な本が数多く揃っているようだ。まだ授業中のはずなのに司書の人が楓が入ってきたのを不思議には思っていないようだ。いつものことなのだろう。
「はい、ここ座って」
楓は年季の入った木製の椅子をこちらによこした。
「ところでいつも授業には出てないの?」
「うん、みんな私のことが気に食わないみたい」
「先生も?」
「そう、私が本ばっかり読んでるから」
「なんで?別にいいじゃん」
「いや、この学校女子校なんだけど、みんなすごい勉強ができるんだ。いわゆる進学校ってやつ。そんな中で私は浮いてるんだ」
「え?頭が良い人こそ本を読むべきじゃないの?」
「私もそう思うんだけど、私がクラスのみんなに本の話をしていたら最初は一緒になって話してくれたんだけどだんだん内心私をウザく思ってたみたい。それである日、もうつまないよって言われてショックでさぁ。私意外と打たれ弱いの」
「そうだったんだ」
「まぁ自分の趣味を押し付けたのは良くなかったって反省してるんだけどね。その日からクラスではずっと無視されちゃって。悪口もよく言われるんだ」
「そんな小さいことで・・・」
「まあね。でもいじめなんてそんなもんでしょ。ところで私死んじゃうんでしょ。どうすれば良いの?」
「まだ策は見つかってないんだ」
その時、3時間目終了のチャイムが鳴った。
「ねぇ後1時間だよ。どうすんの!」
「うーん。そもそもまだ死因が分かっていないんだ。急病だとしたらあらかじめ救急車を呼んで・・・」
「いや、私は病気なんかないよ。なんたってうちのお父さんは医者だよ。定期的に診てもらってるし」
「じゃあなんなんだ?!」
2人でああでもないこうでもないと考えているうちに4時間目終了のチャイムが鳴った。
「まずい。後10分しかない」
僕は冷や汗がだらだら出て悪寒が身体中を襲った。これは楓も同じのようで顔がみるみるうちに青くなっていた。すると図書館の扉がガラガラと空き女子三人組が入ってきた。そして楓の方に近づいてきて
「そこ座りたいんだけど。どいてくんない?」
と三人組のおそらくリーダー格だろう。高圧的な態度で楓を見下すような口調と目だ。自分が数分後には死んでしまうという恐怖で切羽詰まって楓は
「うるさい!!」
と大声を出して叫んだので三人組はもちろん僕もたじろいたがさっきのリーダー格は眉間にしわを寄せて楓の腕を掴んで無理やり椅子から引きずり落とした。
「はむかってんじゃないわよ!」
そのまま引きずり下ろされた楓を無理やり立ち上がらせて図書室の外へ引っ張って行った。図書室では都合が悪かったのだろう。僕は突然のことに開いた口が塞がらなかったが少し遅れてついて行った。
その後4人は屋上に続く扉に入って行ったようだ。それに追随して僕が入ると楓が罵声を浴びせられながら屋上のフェンスに追い詰められていた。僕は声をかけようとしたが楓は俯いて僕の存在なんか忘れてしまっているようだ。僕はもっと近づこうとしたがその時だった。なんとリーダー格の女がなんとか答えなさいよ!と言いながら片手で楓を押したのだ。すると体勢を崩した楓はフェンスに押しつけられたのだが老朽化していたのかフェンスもろとも落ちてしまった。僕は急いで翼を広げて落ちる楓を追いながら楓が差し出した手に自分の手を伸ばしたがすり抜けてしまった。楓は次の瞬間地面に叩きつけられた。頭を強く打ったらしく流血が酷かった。僕は泣くと言う行為を初めてしたかもしれない。それぐらいに悲しかった。救えなかった。心の中には後悔の念しかなかった。目を閉じたまま開けない楓の顔を見つめながらただただ泣いていた。そこから何分たったであろうか。楓の胸から人間特有の紅色の魂が浮いてきた。皮肉にもそれを美しく感じてしまった。その時ふと僕の頭の中をよぎったものがあった。そうだ、これならいけるかも知れない。昨日道端で見た猫を思い出した。あの時、死んだ猫の魂を抱えた仲間の猫がそのまま一瞬消えたのだった。おそらくあれは一緒にあの世へ一瞬でも行ったのだ。これを使えば楓を連れ戻せるかも知れない。僕は咄嗟に楓の魂を掴み祈るようにして目を瞑り、自分の胸の前に持ってきた。僕は先日楓と笑い合った時間を思い出していた。
数秒後僕は恐る恐る目を開けると同じ光景だった。しかし楓の体はない。ここがあの世なのか。現実と何一つ変わらないじゃないか。僕は立ち上がりあたりを見回したが誰もいない。ここが先の猫が来た所と同じなら一瞬で戻されるはずだがもしかすると現実とは全く違う時間軸なのかもしれない。僕はとりあえずいつものマンションに行くことに決めた。あそこなら街を俯瞰ふかんできる。
そしてマンションに着くと街を見渡した。普通に人はいるようだ。やはり特に現実世界と変わりはない。なので楓が魂ではなく実体を持っているものだと仮定して楓がいそうな柊病院などを当たってみることにした。
しばらく探したがなかなか見つからず、道をとぼどぼ歩いていると前から40代ぐらいの女性が歩いてきた。
「翔・・・」
ん?僕に向かって言ったのか?
「翔、なんでここにいるの?」
やっぱり僕か。あの世では僕を見ることは出来るのか。てか翔って僕のこと?
「え?僕が翔?どういうことですか」
「なに言ってんの!あなたは間違いなく翔じゃないの!あなたの母親よ」
突然の事に言葉が詰まったが僕の母(?)が話してくれた。この人が言うにはこうだ。僕は佐野翔さのかけるといい、半年前に死んだ。それで母はそれにショックを受けてその1か月後に病死したようだ。全く信じらない。そもそも僕は悪魔じゃないか。
「うーん。よく分からないなぁ。僕は悪魔で、用があってここに来ているんですよ」
「噂通りだわ」
「?」
「あなた、半年前に死んだと言ったけど自殺だったのよ。いじめでね。自殺した人間はこっちに来れずに翼を生やされてあっちから魂を送る使命を負わされるって話」
「??」
いきなりたくさんの情報量で脳が追いつかなかったが僕が言う悪魔は自殺した人に任されるものであり僕は楓のようにいじめられていたのだ。その後母は僕が生きていた頃の事を詳細に話してくれた。僕は楽しい思い出は沢山思い出したがどうにもいじめの事は思い出せなかった。
「おい!お前、何やっている」
突然後から声が聞こえた。振り返ると全身真っ青の中華服のようなものに身を包んだ人が鬼の形相でこちらを睨んでいた。
「まずいわ!」
母が声を上げたと思うと僕の手を掴んでこっちと叫んで引っ張った。僕はこれに従い急いでついて行った。後から
「そこの二人組!止まりなさい!」
と言う声が聞こえるが僕らは無視して狭い路地に逃げ込んだ。なんとか巻いたようだ。
「あの人一体何者?」
「あの人は警察よ」
「こっちにも警察はいるんだ」
「うん。まぁいつもはあっちから送られてくる魂を保護してここでの居住場所を与えるっていう仕事が主みたいだけどね。追いかけられたのは本来来るべきではないあなたが居たからよね」
そしてその路地を抜けると
「あそこよ」
母が指を指した方向には、懐かしい、僕が住んでいたマンションが聳そびえ立っていた。当時はこれが無機質に感じられてあまり好きではなかったが今見ると懐かしさ故か温かみがあるような気がした。
「ここが私たちの2人が住んでいた場所よ」
「うん、思い出した」
僕は母の後について行き、中に入った。エレベーターは使えないらしく階段で9階まで登った。部屋の中に入るとなんと楓がテーブルでお茶をすすっていた。
「ここにいたのかい!」
あっちも驚いたらしく口をポカーンと開けていた。
「あら、2人知り合い?」
僕はここで初めてこっちに来た理由、楓との関係を話した。
「そう言う事だったのね。悪かったわねさっき話で時間をとらせてしまって」
「いやいや、お陰でいじめられていた記憶以外ほぼ思い出したよ。それと楓、僕は佐野翔っていうみたいだ改めてよろしくね」
「こちらこそ。翔、いい名前ね」
「ところで話を聞いた限りだと楓ちゃんはまだこっちに住む登録が出来ていないはずだわ。道端で路頭に迷っていた所をこの家に連れてきたのだもの」
「ということはまだあっちに戻れるんじゃないか」
「うん、一つだけ方法がある。それはさっきの警察がいたでしょ。あの人たちは唯一あっちの世界にモノを転送させる力を持っている。あの人たちはに頼めば・・・」
「って無理でしょ。もう顔も割れて警戒されているだろうし。そもそも一度死んだ人間をあっちに戻すなんて事許すはずがない」
その日は夜遅くまで楓や母と作戦会議を行なったが答えは出なかった。
翌朝、日の出と共に起きた。こっちに来てもまだ悪夢は続いていたがそんな事を気にしている場合ではない。警察に見つかるのも時間の問題だ。隣の部屋で寝ていた楓を起こして2人でリビングに向かうと母はまだ起きていないようだ。僕は置き手紙をした。色々伝えたい思いはあったがありがとうとだけ書いた。
外に出て昨日母から警察がいるのは市役所だと聞いていたのでとにかくいってみるしかなかった。
市役所に着いて向かいにある建物の陰から様子を覗くと朝早いのにもう真っ青な服の男たちがウロチョロしていた。暫く様子を伺っていると後からおーいと小声で声をかけられた。振り返ると楓も振り返っていた。そこに立っていたのは全身真っ青の・・・
「やべっ!」
慌てて逃げようとすると
「大丈夫。安心して」
と優しい声でその男は言った。
「君、あの時の子だよね」
「え?」
「僕だよ。田中隆三って言ったらわかるかな?」
この世界では自分の年齢を自由に変えられるらしくすぐにはわからなかったが確かに僕があの日、魂をこっちに送った田中さんだった。僕は一か八か事情を話した。するとすぐに許可をくれた。実は田中さん、あの日僕のことが見えていたらしく僕が魂をあの世に送り届けますからねと声をかけていたのが功を奏したようだ。とても嬉しかったと言ってくれた。
その後気づくと僕は楓の魂を持ったあの世に行く前の状態で座っていた。僕はすぐに魂を楓の体に戻した。すると楓は綺麗な体に戻り起き上がった。
「良かった」
「ありがとね。本当に」
楓と僕はそのまま昨日母に聞いた僕が死ぬ前に通っていた高校へ向かった。失った記憶を全て取り戻すためである。自分の過去を反芻はんすうする事は必要な事だと楓とあっちの世界で予め決めていた事だ。
僕が通っていた高校は菊田高校と程なく近い柱山はしらやま高校であった。僕は楓を抱き抱えて屋上まで飛んで行った。屋上に着くと誰かが何人かに暴行を受けていた。いじめだ。しかもこの瞬間僕は思い出した。この人達はまさに僕を虐めていた奴らだ。僕が呆然とその光景を見ていると楓は彼らに近づいて行き
「あんた達やめなさいよ!」
と大声で言うと虐めていた奴らは
「なんだお前」
と言いながらも去って行った。虐められていた子はありがとうと小さな声で言って去ろうとした。しかし楓はそれを制し
「あなたこのままでいいの?自分を変えなきゃ世界は変わらない。自殺なんかしたらろくなことないわよ」
その子は小さく頷き去って行った。
「本当にわかったのかしら」
楓はそう言うとさらに続けた。
「私わかったの。実際にいじめられて一回は故意ではなくとも殺されて。自分が弱いままじゃ何も変わらない。私は保健室とかに引きこもって逃げていた。こんなんじゃダメに決まっているのにね」
「うん。その通りだ。僕は自殺という形で現実から逃げてしまったんだ。それでこんな事になっている。でも今更悔いでも仕方ない。だから僕は今できる事をやるよ」
僕は不意にポケットの中が気になって手を突っ込むと一枚のメモ用紙が折り曲げられて入っていた。
「翔へ
あなたの自殺を止められなかった時私は母親失格だと思ったわ。でもそれまでのあなたとの時間はかけがえのない楽しい時間だった。だからあなたに贈る言葉はごめんなさいよりありがとうのほうがふさわしい。ありがとう翔。
母より」
読み終わる頃には僕の瞳に涙が溢れていた。楓が僕の方をまっすぐ見て言った。
「お互い強く生きよう。それと今週の日曜日の約束もちろん覚えているわよね」
楓は僕に笑いかけた。涙を拭いて、もちろんと僕も楓に笑いかけた。
その日の夜はぐっすり眠れた。悪夢は見なかった。
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悪魔くんの今後がとても気になります。じんわり優しい気持ちになるいい作品ですね