Vegetables

二一

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Vegetablesー1-

1日目 月曜日 4

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「おかえりー」

 表で幸子さんの声が聞こえた。多分、配達に出ている息子さんが帰ってきたのだろう。ツルさんが言うところの二十八歳なのに彼女も連れてこないという。

 ドカドカと足音が響いて、ツルさんの孫はいきなり現れた。呆気にとられる俺の前で冷蔵庫から麦茶を注いで一気に飲み干すと、やっと見知らぬ人間に気づいて不審な目を向けてきた。

 結構コワい……まずでかい。俺は男の中ではチビで一六八センチしかないが、その俺よりも十五センチ以上は間違いなく高い。やや短めの髪と一重の切れ長な目元が睨んでいるかのような、変な威圧感がある。

「あの、今日から母に代わってツルさんのお世話にきてます……」

 とりあえず、あいさつはしないとダメだろうと頭を下げた。語尾が怖々になるのは許してほしいところだ。

「ああ……」

 それだけ? いや、もうちょっと自己紹介とかないのかよ。

りつ、なんねぇ? 若い娘さんにそんな愛想なしでいかんがね。娘さんが怯えとるよ」

 ツルさんが台所に入りながら孫、律を叱っている。あ、ちょうど昼なんだ。そういえばツルさんはお昼になると、何も言わなくても食べに来るのだと聞いていた。

「ばあちゃん、俺はこの顔が素だ」

 そういいながら二人は席につく。表から幸子さんがやってくる足音も聞こえた。

 俺は慌てて盛り付けていた料理をテーブルに出していく。今日の昼食は、冬瓜と豚バラの中華風煮物、茄子の揚げ浸し、胡瓜とワカメの酢の物だ。同じメニューでもツルさんの分は、やや薄味で柔らかく煮込んである。

 俺はツルさんの隣に座って、料理を取り皿に冷ましたり、小さく切り分けたりして食事を手伝う。

「あら、この冬瓜、おいしいわねぇ。こんな味付けで食べたのは初めてだわ」

 幸子さんが驚いたように言った。冬瓜に少し塩をして圧力鍋にかけて、ザルでいったん水気を切ってから豚肉と一緒に煮込んでいる。味付けは塩だけで、最後に片栗粉でとろみをつけてあるんだ。豚バラは出汁がよく出るから充分においしい。

「これ、まだあるか?」

「あ、はいっ」

 律が冬瓜の器を指して聞くので、急いで立ち上がった。最初は作る量がわからなくて、やや多目かなという量を作ってしまっている。

「美晴ちゃん。いいのよ、律の分なんか。律、あんた自分でやんなさい」

 母親に言われて律が立ち上がろうとする。

「あ、いいですよ。こちらのほうが近いし」

 そういって器を受け取り、お代わりをよそって渡した。律が「どうも」と受け取る。本当、無愛想な男だな。

 背は高いし男前なんだから、ちょっとニコッとでもしたらすぐに女なんか近寄ってきそうなのにな。もったいない。

「さすが夏子さんの娘さんねぇ。お料理上手だわ。いいお嫁さんになるわよ」

 幸子さんが褒めてくれる。隣でツルさんもうんうん頷いて――。

「ほんになぁ。うちに嫁にこんかね?」

 また、さっきの話が戻ってきた。こういうとき普通の女はどういう反応をすればいいんだろう。「ありがとうございます」? 「いえいえ、わたしなんて」? 分からない……。

「ばあちゃん、美晴ちゃんに失礼よ。美晴ちゃんなら、こんな木偶の坊みたいな無愛想な男より、もっといい男が捕まえられるって」

 いや、俺は捕まえたくないです……。

 褒められているんだろうけど、本当勘弁してほしい。とりあえず、困ったように笑っておくにとどめた。

 律を見ると、完全に無視して食事を片づけていた。きっと母たちからのこういった攻撃には慣れてるんだろう。

 そういえば、こいつも俺と同じで女の中に男一人なんだよな。俺のとこは母と妹だけど。

 昼食が終わると幸子さんは「銀行に行ってくるから」と律に店番を頼んで出かけていった。俺は後片づけをしつつ、夕食の一品にと少し準備しておく。これも母が言っていた。うちと同じで幸子さんが大黒柱の葛西家は、ツルさんはもう台所には立てないし、幸子さん一人では店と家を切り盛りするのが大変なんだそうだ。

 ひと段落してから、もう一度お茶を入れて居間のツルさんに届ける。そろそろ二時だ。

 悩んでからコーヒーを入れて、表の律に届ける。律はやっぱり無愛想に「どうも」とだけ言って口をつけた。

「あの、わたしそろそろ……」

 帰ります……と続けると、律は――。

「それ、持ってけって」

 野菜の入ったナイロン袋を指差した。売れ残りの野菜だ。母もよくもらってきている。売れ残りといっても家庭で食べる分には充分で、しかも葛西商店の野菜はおいしいのだ。

「ありがとうございます」

 ありがたくいただいて帰ることにする。

 あ、青虫……。俺の視線に気づいて律が青虫を取ってくれようと手を伸ばした。

「あ、そのままでいいです」

「は?」

「家で羽化させるんで、これ多分モンシロチョウになるから」

 俺は虫が好きなんだ。それも変わった虫じゃなくてどこにでもいるようなのが。葛西商店の野菜には時折青虫などが住んでいて、俺はいつもプラスチックケースに入れて羽化を楽しんでいる。

「……珍しいな」

 はっ、しまった! 女で虫好きっておかしいだろ。でも今さらどうしようもないし。とりあえず笑ってごまかしつつ、頭を下げて背を向けた。

 やっと初日が終わった――これは、疲れる。




 自宅に戻ると一息つく間もなく、寝込んでいる母の代わりに洗濯物を片付け、夕食の準備に取りかかる。母が食事当番だけは嫌だといっていた意味がよく分かった。いくら料理が好きでも二軒分の料理を毎日作るのは正直ツライ。

 俺は母の回復を心から祈った。
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