My First Magic

五十鈴 葉

文字の大きさ
上 下
25 / 25
1章 異世界学習

1-2 心の迷路

しおりを挟む
 指先はまだ冷たい。身体は震えている。それでも進む。自分の信じた道がここにあるのだから。進まない理由はない。
 なびくカーテンを退けながら進むと、ようやく見えてきた白い光。自然と速くなるスピード。どんどんと近づいてきた光がやっと手に届いた。
 
 
「……? これは……」
 
 光だと思っていたのは、ただの白い壁だった。恐る恐るその壁を触ると、ヒンヤリと冷たい感触が手に伝わる。足元も板から白い床に変わっていた。感触的には普通の床と変わらない。
 
「……ねぇ」
「!?」
 
 じっくりと観察していると、突然背後から声が聞こえた。それに驚いて反射的に振り返る。するとそこには、背の低い子供が立っていた。受験者……にしては幼すぎる気もする。
 ジロジロと観察されているのが気に食わなかったのか、その子は頬を膨らませてビシッと指をさした。それだけで相手は肩を跳ねさせる。その子はそれが少しおかしかったらしい。機嫌を治して、口を開いた。
 
「あなた、今どこから出てきたの?」
「え? どこって……カーテンの間を真っ直ぐ歩いてたら、いつの間にかここに……」
「カーテン……そう、ここはあなたのスタート地点だったのね」
「スタート地点?」
 
 互いに言葉を繰り返す。目の前の子は何か知っているみたいだ。スクールバッグを背負い直して、詳しく話を聞くべきだと思った。しかし、その子はそれだけ言ってその場を去ろうとする。
 
「ちょ、ちょっと待って! スタート地点ってどういう意味? 君も、受験者……なんだよね? 良かったら何か……」
「……あなた、変な人ね。ここまで来たなら、それなりに情報収集しているはずでしょう? なのにどうしてそんな分かりきったことを聞くの?」
 
 心底不思議そうな顔をして、その子は踵を返した。宝石のようなエメラルドグリーンの瞳と綺麗な長い金髪が揺れる。フワリと香った甘い香りが鼻をくすぐり、思わず息を呑んだ。
 いや、そんなことを考えている場合ではない。今この子を見失ったら、なんのヒントもなしに試験に挑むことになる。せめて何か……何をすればいいのかだけは聞かなくては。
 
「待って! 確かに俺はここまで来たけど、何が何だかさっぱり分からないんだ! ほら、受験者同士助け合っちゃいけないなんて書いてないしさ! お願いだ! 教えてくれ! これは一体なんの試験なんだ!?」
「…………それ、自分で言ってて恥ずかしくないの?」
 
 呆れたような鋭い視線が胸に突き刺さる。必死に喚いていた自分の言葉は、ただの無能アピールでしかないことに気がついた。これは試験なのだ。自分の力で乗り越えなければ意味が無い。
 さっきまでの気持ちを裏切るような自分の言動に、顔が熱くなるのを感じた。そして、その子は俯いてしまった相手に対してクスクスと笑っている。それもまた恥ずかしい。
 
「……いや、あの……ごめん。俺、変なこと……」
「んーん、別に気にしてない。あなた面白いね」
「ほんとごめん……」

 俯きながら謝ると、その子は楽しそうに笑っていたのをやめて首を傾げた。何故この人は謝っているのか、何も分かっていない様子だ。そんなことは無視して、その後は視線の先に体を潜り込ませた。
 
「!」
「ねぇあなた、名前は? あたしは四鏡しきょう マヨイ」
「……水澄みすみ トオルだけど……」
「じゃあトオルね。それで、あなたは本当に何も分からないの?」
「……」
 
 純粋な視線と問いかけにトオルは何も言えなくなっていた。自分で言い出したことだが、1度恥ずかしいと思えばそれ以上掘り返して欲しくなくなる。しかし、マヨイは興味ありげに首を傾げた。
 
「後悔しても、自分の言った言葉は取り消せないよ? どうしてそんな無駄なことするの?」
「…………君、心にグサグサ刺さることを言うんだね……」
「? だって、本当のことだもん。そんなことより、聞きたいの? 聞きたくないの? あなた面白そうだから教えてあげる」
 
 よく分からない理由だが、何故かとても話す気になっているマヨイ。それを聞いたトオルは、なんだかもうどうでも良くなってただ合格することだけを考えることにした。
 このままだと何も得られずに終わる。それよりも、恥を忍んで教えてもらう方がいいのではないか。そう思ったからだ。決めたからにはしっかりと教えてもらおう。トオルは顔を上げて、マヨイに向き直った。
 
「……頼む。教えてくれ、この試験は一体何をすればいいんだ」
「そんなの簡単だよ。
 ──────本当の自分を見つければいい」
 
 そう言うとマヨイは「ただそれだけだよ?」と可愛らしく笑った。しかし、それを聞いてどうしろというのだろう。トオルは今度こそ自分で頭を動かした。
 
 "本当の自分"とは……? 実技試験は、想いを試される場だと聞いた。それと何か関係していることは分かるのだが、具体的に何をすればいいかが分からない。想いだけでなんとかなるなら、こんな所にはいないだろうし……
 あれやこれやと色々考えて、首を捻っているとまたしても横からマヨイがフェードインしてきた。それに驚き後退りすれば、マヨイはより一層楽しそうに笑う。
 
「まだ分からないの?」
「んぐぐ……」
「ふへっ、ここまで来れたのは奇跡ってことだね!」
 
 奇跡……というか運なのかもしれない。実技試験なのだから、実力で合格したい。しかし、自分に何があるのだろう。実力と言っても、魔法が使えるわけじゃないし……まぁ、目の前にいるこの子もそれは同じだ。
 
「……想いの、強さ……」
「なんだ、分かってるじゃん」
「?」
「初めは過去を乗り越えること。次に前へ進むこと。そして最後は……」
 
 そう言ってマヨイはトオルの横に立ち、真っ直ぐ前に指をさした。その先には白い壁があるのみ。だが、その壁は不思議と動いて見える。大きくなったり小さくなったり……変化し続けている。
 
「ここはゴールのない迷路。私がウロウロしてた所に、あなたのスタート地点が現れた」
「ゴールのない……じゃあ試験に合格するには……」
「この試験は自分の"想い"を試されてる。昔の自分を捨てて、新しい自分を見つけることが1番の主旨」
 
 改めて説明を聞いても、どうすればいいのか分からない。新しい自分……ということは、今の自分はどうなるのだろう。それに、目的のモノを見つけたとして、その後は?
 ここでトオルはようやく気がついた。マヨイの言った"ゴールのない迷路"というのは、こういうことなのではないかと。考えても考えても答えはない。目的という話ではなく、魔法を学ぶに値する人間かどうかの素質的な部分を見極められているのではないか。
 
「……素質を見極め、資質を伸ばす」
「?」
「そういうことか。……でも、結局何をすればいいのか……」
「よく分かんないけど、あたしはとりあえずウロウロしてたよ。試験だし、何か起こるかなって」
 
 それも一理ある。何もなしに新しい自分を見つけるなんて、そんなこと出来るわけがない。では何をすれば良いのか。無限ループになってしまった思考回路。とりあえず自分も探索をしてみるか……とトオルが足を踏み出そうとしたその時。
 
「! トオル!! 走って!!」
「え?」
 
 目を丸くしたマヨイが、突然叫んでトオルの腕を掴んだ。そして、そのまま一直線に走り出す。何がなんだか分かっていないトオルは後ろを振り返る。そこには、迫り来る壁が見えた。
 全てが白いからか、どれくらいのスピードで迫って来ているのか分からないが、逃げなければいけないことだけは分かる。2人は必死にその壁から逃げた。
 
「なっ……! なんなんだ!? あれ!!」
「分かんない!! 分かんないけど、逃げないと潰されちゃう!」
 
 ただひたすらに2人は走る。しかし、このままでは埒が明かない。どこか曲がり角はないか……もしくは横の壁がいきなり低くなったり……
 
「! トオル、こっち!」
「うぇ!? ちょっ……!」
 
 2人で両側の壁を見ながら走っていると、突然マヨイが横道に逸れた。だが、トオルが見る限りそちら側には壁しかない。これじゃ、後ろの壁に潰される前に自ら衝突しに行くようなものだ。
 トオルはマヨイに導かれるまま、壁に向かって走る。ぶつかる……!! と目をつぶったその時だった。
 
「!?」
 
 足元にあったはずの床が姿を消し、体を浮遊感が包み込む。踏み込んだ足が宙に消えた。それを目視したその時にはもう手遅れだ。2人は、兎の巣穴のような暗闇に吸い込まれて、迫り来る壁からはなんとか逃げることができた。
 しかし、問題はその先である。
 
「うわぁぁぁーーー!!!!」
「っ!」
 
 滑り台は先が分かっているからこそ楽しいのだと、2人はこんな場所で学ぶ羽目になっしまった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

ここは貴方の国ではありませんよ

水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。 厄介ごとが多いですね。 裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。 ※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ

柚木 潤
ファンタジー
 実家の薬華異堂薬局に戻った薬剤師の舞は、亡くなった祖父から譲り受けた鍵で開けた扉の中に、不思議な漢方薬の調合が書かれた、古びた本を見つけた。  そして、異世界から助けを求める手紙が届き、舞はその異世界に転移する。  舞は不思議な薬を作り、それは魔人や魔獣にも対抗できる薬であったのだ。  そんな中、魔人の王から舞を見るなり、懐かしい人を思い出させると。  500年前にも、この異世界に転移していた女性がいたと言うのだ。  それは舞と関係のある人物であった。  その後、一部の魔人の襲撃にあうが、舞や魔人の王ブラック達の力で危機を乗り越え、人間と魔人の世界に平和が訪れた。  しかし、500年前に転移していたハナという女性が大事にしていた森がアブナイと手紙が届き、舞は再度転移する。  そして、黒い影に侵食されていた森を舞の薬や魔人達の力で復活させる事が出来たのだ。  ところが、舞が自分の世界に帰ろうとした時、黒い翼を持つ人物に遭遇し、舞に自分の世界に来てほしいと懇願する。  そこには原因不明の病の女性がいて、舞の薬で異物を分離するのだ。  そして、舞を探しに来たブラック達魔人により、昔に転移した一人の魔人を見つけるのだが、その事を隠して黒翼人として生活していたのだ。  その理由や女性の病の原因をつきとめる事が出来たのだが悲しい結果となったのだ。  戻った舞はいつもの日常を取り戻していたが、秘密の扉の中の物が燃えて灰と化したのだ。  舞はまた異世界への転移を考えるが、魔法陣は動かなかったのだ。  何とか舞は転移出来たが、その世界ではドラゴンが復活しようとしていたのだ。  舞は命懸けでドラゴンの良心を目覚めさせる事が出来、世界は火の海になる事は無かったのだ。  そんな時黒翼国の王子が、暗い森にある遺跡を見つけたのだ。   *第1章 洞窟出現編 第2章 森再生編 第3章 翼国編  第4章 火山のドラゴン編 が終了しました。  第5章 闇の遺跡編に続きます。

俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜

早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。 食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した! しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……? 「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」 そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。 無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!

女神様の使い、5歳からやってます

めのめむし
ファンタジー
小桜美羽は5歳の幼女。辛い境遇の中でも、最愛の母親と妹と共に明るく生きていたが、ある日母を事故で失い、父親に放置されてしまう。絶望の淵で餓死寸前だった美羽は、異世界の女神レスフィーナに救われる。 「あなたには私の世界で生きる力を身につけやすくするから、それを使って楽しく生きなさい。それで……私のお友達になってちょうだい」 女神から神気の力を授かった美羽は、女神と同じ色の桜色の髪と瞳を手に入れ、魔法生物のきんちゃんと共に新たな世界での冒険に旅立つ。しかし、転移先で男性が襲われているのを目の当たりにし、街がゴブリンの集団に襲われていることに気づく。「大人の男……怖い」と呟きながらも、ゴブリンと戦うか、逃げるか——。いきなり厳しい世界に送られた美羽の運命はいかに? 優しさと試練が待ち受ける、幼い少女の異世界ファンタジー、開幕! 基本、ほのぼの系ですので進行は遅いですが、着実に進んでいきます。 戦闘描写ばかり望む方はご注意ください。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ひきこもり瑞祥妃は黒龍帝の寵愛を受ける

緋村燐
キャラ文芸
天に御座す黄龍帝が創りし中つ国には、白、黒、赤、青の四龍が治める国がある。 中でも特に広く豊かな大地を持つ龍湖国は、白黒対の龍が治める国だ。 龍帝と婚姻し地上に恵みをもたらす瑞祥の娘として生まれた李紅玉は、その力を抑えるためまじないを掛けた状態で入宮する。 だが事情を知らぬ白龍帝は呪われていると言い紅玉を下級妃とした。 それから二年が経ちまじないが消えたが、すっかり白龍帝の皇后になる気を無くしてしまった紅玉は他の方法で使命を果たそうと行動を起こす。 そう、この国には白龍帝の対となる黒龍帝もいるのだ。 黒龍帝の皇后となるため、位を上げるよう奮闘する中で紅玉は自身にまじないを掛けた道士の名を聞く。 道士と龍帝、瑞祥の娘の因果が絡み合う!

処理中です...