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0章 歪んだバイト
0-12 魔法とは
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アーラの指の表と裏が完全にひっくり返った瞬間。
牙狼の陣形が乱れ、それぞれの足が止まった。……というよりも、よたよたと酔っ払いのような足取りになっている。左右の眼球が反対方向を向いて、口からは舌が垂れている。
「な、何が……」
「やるねぇ~、あの子。今のうちに囮くんを移動させちゃおう」
「誰が囮だ……!」
「間違ってはねぇけどな」
牙狼が足を止めている間に、3人は自ら檻の中へと走り込んだ。チラッと視界の端に見えたアーラは、その場に座り込んだまま頭を抑えている。何かあったのかと一瞬心配になるが、そんな暇はない。
囮くん、基アークが檻に入ったことを確認して、ルプスがゲートの傍からアーラに向かって叫ぶ。
「準備出来たぞー! 大丈夫かー?」
「な、なんとか……もうすぐ、魔法の効果が切れるので……あとはそこから牙狼だけを残して脱出するだけです」
「それが難しいんだけどねぇ。ま、やってみますか」
「お前ら、オレを忘れるなよ! 囮は囮でも、最高の囮になってやる!」
ピンチを目の前に、何故だか仲良くなっている3人を見て、アーラは頭を抱えながらも自分の出る幕ではないと判断した。あの3人だってそれなりの魔人だ。自分の仕事はここまで。
そう思って、目を閉じた瞬間に感じた風。それは、正気を取り戻した牙狼が囮向かって全速力で駆けて行った証拠だ。
「来たぞ、アーク! 上手く避けろよ!」
「言われなくても!」
檻の中は意外と広い。上手く立ち回れば、無傷で脱出なんて簡単だ。3人は、さっきとは比べ物にならないくらいの身軽な動きで牙狼を翻弄していた。しかし、アーラはそれを見ることは出来なかった。
霞む視界が少しずつ晴れていく。込み上げてくる吐き気が治まる頃には、座り込む自分の背中を優しく撫でる誰かが、顔を覗き込んできた。
「……どこか不調な部分が?」
「? ……大丈夫です。それよりも、あの3人は……」
「彼らなら心配ないでしょう。何も出来なくて不甲斐ない……」
「いえ、別にそんな風に思う必要はないです」
天と地がひっくり返っていた世界が本来の姿を取り戻した時、隣にいたその人の顔もはっきり見えた。相変わらずオロオロしている中年は、心配そうに眉を下げている。
それを見たアーラは、何故だか少し面白くなって頬が緩んだ。無表情だったアーラの初めて見せた笑顔に、ミセリアは「ぁ……」と声を漏らす。
「あなたは、何もしないをしてくれていた。状況をただ一人、客観的に見ていてくれていたんですよ。それは必要なことだと、ボクは思います。それに、いざとなったら飛び込んでくるつもりだったでしょう?」
「…………キミは存外、優しいんだね」
「え、それどういう意味ですか」
「ワタシが思い違いをしていただけだよ。どうも人を見る目が無くてね。しょっちゅう騙される」
その言葉にはアーラも思わず納得してしまった。失礼だが、ミセリアからは悪い人のダシにされていそうな雰囲気を感じ取れる。そうじゃなくても、平和な日常は送っていなさそうだ。
アーラがものすごく失礼なことを考えていると、騒がしかった方から、さらに大きな声が聞こえてきた。ここで、あれだけ大きな声を出せるのは一人しかいない。
「今だ! 閉めろ!!」
アーラとミセリアが視線を向けると、見事に牙狼からの逃走に成功している3人の姿が見えた。ギリギリのところでゲートに防がれた攻撃が空中に離散する。
それを見た3人は、その場に座り込んで体の力を抜いていた。アーラたちは、早足で3人に近づいて声をかけた。
「お疲れ様です。無傷……みたいですね。良かった」
「お前、それ本当に思って言ってんのか?」
「? もちろん」
「そう言うお前は大丈夫か? なんか妙な魔法使ってたみてぇだが……」
「あー、あれね。アタシも気になる。一般魔法じゃないよね?」
とりあえず全員の無事を確認して、一息つく。冷静になって、1番に疑問に思うことは、牙狼の動きをどうやって止めたかだ。チラッと見ただけでは、そのカラクリは分からなかった。
4人の視線が集中する。注目の的であるアーラは、あぐらをかいて指をいじっていた。数秒間、頭の中で上手く言語化して、やっと口を開く。
「……えっと、あれはただ……三半規管を狂わせただけです。少しの間だけ」
「さんはんきかん……?」
「あれだよね、体の平衡感覚を保ってる……」
「三半規管が弱いと目を回しやすいとか、乗り物酔いしやすいとか言うよね。つまり、あの狼たちは目を回してたってこと?」
「そういうことです」
「そういうことって、お前なぁ……」
サラッと簡単そうに言ったが、その内容はとても信じられるものではなかった。生き物の三半規管をいじる魔法など、一般人が知っているはずない。ましてや、それを使いこなすなんて有り得ないのだ。
魔法とは、原子に作用することによって不可視なモノを可視化するという現象のことを言う。しかし、それは"一般魔法"と言われ、魔力の使い方を訓練すれば誰でも出来るようになる。
一方で、無から有を生み出すことの出来る幻想のような魔法を"特殊魔法"と呼び、それらの原理は本人ですら分からない。訓練してもどうにかなるような魔法ではないため、"才能の具現化"とまで言われている。
ただ、特殊魔法は個人専用の魔法という訳では無い。魔法の才がある者は、イメージだけで特殊魔法を扱えるという。
どっちにしろ、目の前にいるこの子供は何かしらの才能があるということだ。それを理解した4人は、驚くでもなく、ただただ納得した。
「……ま、それくらいできるか。オレは最初っから分かってたぞ。お前がただ者じゃないってな」
「そんなの後からいくらでも言えるよね~」
「いや、オレからしたらお前らも十分ただ者じゃないぞ」
なんだかほのぼのとした空気が流れ始めた中で、アークが言葉をこぼした。それがどういう意味なのか、他の4人は理解出来ずに首を傾げる。
「なんでそんな不思議そうな顔するんだよ。普通は防御魔法なんて使えねぇぞ? この治安のいい日本なら尚更な」
「確かに、軍を持たない我が国には防御魔法なんて必要ないからね。教育もしないし」
「だろ? 大体、本格的な魔法を使える奴なんて人工の1割程度だって言われてんだぞ。そんな逸材は世間様から引っ張りだこにされる。こんなバイトなんてしなくても死ぬほど稼げるだろ」
「それはそうなんだけどねー。でも、アタシは現状に不満とかないし、別に魔法使って何かしたいとは思ってないから」
「ワタシも同感です。魔法は1つの選択肢でしかない」
「…………贅沢なヤツら」
頭の後ろで手を組んで、拗ねたように目を細めるアークにミセリアは困ったような笑顔を向けた。そんなことはお構い無しに、自由な他の3人はくだらない話をし始めた。
そんな3人の会話を右から左へと聞き流すアークは、後ろに倒れ込んで天井を見上げる。白飛びし過ぎて正確な高さは分からないが、それなりの高さだということが分かった。
(魔法……ね)
ここにいる人達は全員、それなりの魔力を持っていることは分かっていた。アーク自身、魔力だけを比べれば誰にも負けない。
しかし、それを使いこなせるのとこなせないのとじゃすごい違いだ。色々な意味で。
魔法は、自分の頭の中で実現できると確信したことしか出来ない。加えて、魔力を原子に作用させるイメージと技術。また、魔法についての深い理解や知識がなければいけない。
つまり、ただ魔力があるだけでは何も出来ないのだ。
魔獣が使う攻撃等は、本能に刻まれたものであり、呼吸や歩行と同等の位置づけである。
(まぁ、アイツらのは魔法っていうよりも、ただの生命活動にすぎないんだけど……)
「……さ、おしゃべりはこれくらいにして、仕事を終わらせましょうか」
「おー、そこで転がってるヤンキー…………アークはどうすんだ? やるか? 魔獣チャレンジ」
いつものように勝手に付けたあだ名で呼ぼうとしたルプスは、わざわざ言いかけた言葉を飲み込んでまでちゃんと名前を言い直した。そこに一体どんな心境の変化があったのかは知らないが、距離が少し縮まったように感じる。
そして、その呼びかけを聞いたアークは、体を起き上がらせて目を伏せた。しかし、少し答えを待てば、目に熱意を宿らせて立ち上がる。
「…………やる……!」
牙狼の陣形が乱れ、それぞれの足が止まった。……というよりも、よたよたと酔っ払いのような足取りになっている。左右の眼球が反対方向を向いて、口からは舌が垂れている。
「な、何が……」
「やるねぇ~、あの子。今のうちに囮くんを移動させちゃおう」
「誰が囮だ……!」
「間違ってはねぇけどな」
牙狼が足を止めている間に、3人は自ら檻の中へと走り込んだ。チラッと視界の端に見えたアーラは、その場に座り込んだまま頭を抑えている。何かあったのかと一瞬心配になるが、そんな暇はない。
囮くん、基アークが檻に入ったことを確認して、ルプスがゲートの傍からアーラに向かって叫ぶ。
「準備出来たぞー! 大丈夫かー?」
「な、なんとか……もうすぐ、魔法の効果が切れるので……あとはそこから牙狼だけを残して脱出するだけです」
「それが難しいんだけどねぇ。ま、やってみますか」
「お前ら、オレを忘れるなよ! 囮は囮でも、最高の囮になってやる!」
ピンチを目の前に、何故だか仲良くなっている3人を見て、アーラは頭を抱えながらも自分の出る幕ではないと判断した。あの3人だってそれなりの魔人だ。自分の仕事はここまで。
そう思って、目を閉じた瞬間に感じた風。それは、正気を取り戻した牙狼が囮向かって全速力で駆けて行った証拠だ。
「来たぞ、アーク! 上手く避けろよ!」
「言われなくても!」
檻の中は意外と広い。上手く立ち回れば、無傷で脱出なんて簡単だ。3人は、さっきとは比べ物にならないくらいの身軽な動きで牙狼を翻弄していた。しかし、アーラはそれを見ることは出来なかった。
霞む視界が少しずつ晴れていく。込み上げてくる吐き気が治まる頃には、座り込む自分の背中を優しく撫でる誰かが、顔を覗き込んできた。
「……どこか不調な部分が?」
「? ……大丈夫です。それよりも、あの3人は……」
「彼らなら心配ないでしょう。何も出来なくて不甲斐ない……」
「いえ、別にそんな風に思う必要はないです」
天と地がひっくり返っていた世界が本来の姿を取り戻した時、隣にいたその人の顔もはっきり見えた。相変わらずオロオロしている中年は、心配そうに眉を下げている。
それを見たアーラは、何故だか少し面白くなって頬が緩んだ。無表情だったアーラの初めて見せた笑顔に、ミセリアは「ぁ……」と声を漏らす。
「あなたは、何もしないをしてくれていた。状況をただ一人、客観的に見ていてくれていたんですよ。それは必要なことだと、ボクは思います。それに、いざとなったら飛び込んでくるつもりだったでしょう?」
「…………キミは存外、優しいんだね」
「え、それどういう意味ですか」
「ワタシが思い違いをしていただけだよ。どうも人を見る目が無くてね。しょっちゅう騙される」
その言葉にはアーラも思わず納得してしまった。失礼だが、ミセリアからは悪い人のダシにされていそうな雰囲気を感じ取れる。そうじゃなくても、平和な日常は送っていなさそうだ。
アーラがものすごく失礼なことを考えていると、騒がしかった方から、さらに大きな声が聞こえてきた。ここで、あれだけ大きな声を出せるのは一人しかいない。
「今だ! 閉めろ!!」
アーラとミセリアが視線を向けると、見事に牙狼からの逃走に成功している3人の姿が見えた。ギリギリのところでゲートに防がれた攻撃が空中に離散する。
それを見た3人は、その場に座り込んで体の力を抜いていた。アーラたちは、早足で3人に近づいて声をかけた。
「お疲れ様です。無傷……みたいですね。良かった」
「お前、それ本当に思って言ってんのか?」
「? もちろん」
「そう言うお前は大丈夫か? なんか妙な魔法使ってたみてぇだが……」
「あー、あれね。アタシも気になる。一般魔法じゃないよね?」
とりあえず全員の無事を確認して、一息つく。冷静になって、1番に疑問に思うことは、牙狼の動きをどうやって止めたかだ。チラッと見ただけでは、そのカラクリは分からなかった。
4人の視線が集中する。注目の的であるアーラは、あぐらをかいて指をいじっていた。数秒間、頭の中で上手く言語化して、やっと口を開く。
「……えっと、あれはただ……三半規管を狂わせただけです。少しの間だけ」
「さんはんきかん……?」
「あれだよね、体の平衡感覚を保ってる……」
「三半規管が弱いと目を回しやすいとか、乗り物酔いしやすいとか言うよね。つまり、あの狼たちは目を回してたってこと?」
「そういうことです」
「そういうことって、お前なぁ……」
サラッと簡単そうに言ったが、その内容はとても信じられるものではなかった。生き物の三半規管をいじる魔法など、一般人が知っているはずない。ましてや、それを使いこなすなんて有り得ないのだ。
魔法とは、原子に作用することによって不可視なモノを可視化するという現象のことを言う。しかし、それは"一般魔法"と言われ、魔力の使い方を訓練すれば誰でも出来るようになる。
一方で、無から有を生み出すことの出来る幻想のような魔法を"特殊魔法"と呼び、それらの原理は本人ですら分からない。訓練してもどうにかなるような魔法ではないため、"才能の具現化"とまで言われている。
ただ、特殊魔法は個人専用の魔法という訳では無い。魔法の才がある者は、イメージだけで特殊魔法を扱えるという。
どっちにしろ、目の前にいるこの子供は何かしらの才能があるということだ。それを理解した4人は、驚くでもなく、ただただ納得した。
「……ま、それくらいできるか。オレは最初っから分かってたぞ。お前がただ者じゃないってな」
「そんなの後からいくらでも言えるよね~」
「いや、オレからしたらお前らも十分ただ者じゃないぞ」
なんだかほのぼのとした空気が流れ始めた中で、アークが言葉をこぼした。それがどういう意味なのか、他の4人は理解出来ずに首を傾げる。
「なんでそんな不思議そうな顔するんだよ。普通は防御魔法なんて使えねぇぞ? この治安のいい日本なら尚更な」
「確かに、軍を持たない我が国には防御魔法なんて必要ないからね。教育もしないし」
「だろ? 大体、本格的な魔法を使える奴なんて人工の1割程度だって言われてんだぞ。そんな逸材は世間様から引っ張りだこにされる。こんなバイトなんてしなくても死ぬほど稼げるだろ」
「それはそうなんだけどねー。でも、アタシは現状に不満とかないし、別に魔法使って何かしたいとは思ってないから」
「ワタシも同感です。魔法は1つの選択肢でしかない」
「…………贅沢なヤツら」
頭の後ろで手を組んで、拗ねたように目を細めるアークにミセリアは困ったような笑顔を向けた。そんなことはお構い無しに、自由な他の3人はくだらない話をし始めた。
そんな3人の会話を右から左へと聞き流すアークは、後ろに倒れ込んで天井を見上げる。白飛びし過ぎて正確な高さは分からないが、それなりの高さだということが分かった。
(魔法……ね)
ここにいる人達は全員、それなりの魔力を持っていることは分かっていた。アーク自身、魔力だけを比べれば誰にも負けない。
しかし、それを使いこなせるのとこなせないのとじゃすごい違いだ。色々な意味で。
魔法は、自分の頭の中で実現できると確信したことしか出来ない。加えて、魔力を原子に作用させるイメージと技術。また、魔法についての深い理解や知識がなければいけない。
つまり、ただ魔力があるだけでは何も出来ないのだ。
魔獣が使う攻撃等は、本能に刻まれたものであり、呼吸や歩行と同等の位置づけである。
(まぁ、アイツらのは魔法っていうよりも、ただの生命活動にすぎないんだけど……)
「……さ、おしゃべりはこれくらいにして、仕事を終わらせましょうか」
「おー、そこで転がってるヤンキー…………アークはどうすんだ? やるか? 魔獣チャレンジ」
いつものように勝手に付けたあだ名で呼ぼうとしたルプスは、わざわざ言いかけた言葉を飲み込んでまでちゃんと名前を言い直した。そこに一体どんな心境の変化があったのかは知らないが、距離が少し縮まったように感じる。
そして、その呼びかけを聞いたアークは、体を起き上がらせて目を伏せた。しかし、少し答えを待てば、目に熱意を宿らせて立ち上がる。
「…………やる……!」
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