My First Magic

五十鈴 葉

文字の大きさ
上 下
6 / 25
0章 歪んだバイト

0-6 社宅生活

しおりを挟む
 ボロアパートに母と二人暮し。頼れる親戚もおらず、ただ金を求めて裏バイトに手を出した哀れな中学生。
 
(……そういう設定ね)
 
 テスト終わりに渡された1枚の紙。汗が流れ落ちる猛暑の日に、生徒はその紙を見ながら帰路に着いた。

 そして、時は流れて夏休み。
 宿題は家に置き、部活に遊びに……といきたいところだが、三食昼寝付きという条件下で働くこととなった学生にはまだおあずけだ。
 
(ここ、社宅だったんだ。普通のアパートだと思ってた)
「あれ? アーラくん? こんな所で何してるの?」
 
 大きく綺麗なアパートをボストンバッグを持って見上げる帽子を被ったその人に声をかけたのは、ゆるふわカールの髪の毛が可愛らしい子だった。
 驚いた顔をして振り返ると、その子はとても嬉しそうに笑いかける。この子は確か、同じ学校に通っている同級生だ。クラスは違うが、時々話しかけてくれる。理由は分からない。
 
「その荷物……アーラくんここに住むの?」
「うん、少しだけね」
「じゃあ家族がユタカグループで働くんだね! 私のお父さんもユタカグループで働いてるの! だから私もここに住んでるんだー。あ! 良かったらさ、二学期から一緒に学校行かない?」
「あー……ごめん。ボクがここに住むのは本当にちょっとだけなんだ」
 
 知り合いが同じアパートに引っ越してくるということがそんなに嬉しいことなのだろうか。頬をほんのりピンクに染めながら話すその子にアーラは疑問を感じながら、周りを見渡した。
 そして、ちょいちょいと手招きをして顔を近づけ、内緒話をするように声を潜める。
 
「実は、短期バイトするんだ。その間だけ……ね?」
「え? バイト?」
「うん……ほら、うちの学校バイト禁止だからさ……これは、ボクと君だけの秘密ね?約束」
「あ……う、うん……!」
「ありがと」
 
 その子は一瞬戸惑ったような様子を見せたが、指切りげんまんを要求すると、恐る恐る小指を絡ませてくれた。ギュッと繋がれた小指は、やけに暖かく感じる。
 秘密を守ってくれそうな子で一安心したアーラは、そのままその子に笑いかけて「シー……」と唇に指を当てた。ピンクだった頬が赤くなった気がするが、これでとりあえず大丈夫だろう。
 
「君が優しい子で良かった」
「や、やさしくなんかないよ~。内緒でバイトしてる子なんてたくさんいるもんね。誰にも言わないよ」
「本当にありがと」
「いいえー、ついでに部屋まで案内してあげるよ。何号室?」
「えっと……」
 
 連絡だと確か"302号室"だと聞いていた。それを伝えると、その子は笑顔で案内をしてくれた。
 


 
 .
 
 


 
 エレベーターで3階に上がり、降りてすぐの部屋の隣。その看板に目的の番号が書かれていた。
 
「302号室はここだね」
「わざわざありがとう」
「大丈夫だよ。私もここの階だから、306号室。良かったら遊びに来て」
「うん。暇が出来たら遊びに行くね」
 
 そんな話をしながら、「それじゃあ……」と別れの挨拶をしようとした時、アーラはあることを思い出した。それと同時に、背中を向けたその子を呼び止めていた。
 
「あ、待って」
「?」
「一緒に学校行く話、誘ってくれたらいつでも大丈夫だから、また連絡して」
「え、いいの?」
「うん、特に約束してる子がいるわけじゃないしね」
「わ、分かった! また連絡するね!」
「うん」
 
 何故かとても嬉しそうなその子に疑問を感じながら、嬉しいならいっかと思いアーラはドアノブに手をかけた。ルンルンと花が咲きそうなほどの笑顔で手を振ったその子を後ろ姿を見送って、アーラは扉を開ける。
 ギィッと嫌な音を出して開いたその扉の先には、普通に綺麗な玄関があった。一人暮らしには少し大きめの靴置き、よく見るとご丁寧にスリッパが用意されていた。
 
(……アメニティ? ホテルでもないのに?)
「それはオレの私物だ」
 
 誰も居ないはずなのにもうすでに用意されているスリッパを不思議に思っていると、リビングらしい部屋の方から声が聞こえてきた。声の主は、金髪で褐色肌の人。喫煙者なのだろうか、ほのかにタバコの匂いが漂っている。
 
「そこ、置いてあるのがこの部屋の鍵。あっちの部屋はオレが使うから、お前はこっちな」
「分かりました」
「ん。そのスリッパ、使っていいぞ。元カノが使ってたヤツだからな、できればそのまま持って帰ってくれ」
「あなたが良いのなら遠慮なく」
 
 壁にもたれかかり、腕を組んだその人は言いたいことだけ端的に言った。それに動揺するどころか、質問すらせずにアーラは承諾する。靴を脱ぎ、スリッパを履く。それを見た褐色肌のその人は怪訝な顔をした。
 
「おいおい、なんの疑問もなしか?」
「?」
「……お前……もっとなんかあるだろ。挨拶とか、自己紹介とか……元カノのもん押し付けんな! とか」
「挨拶も自己紹介もそちらがしなかったので、したくないのかなと。スリッパに関しては、あとで捨てようと思っていたので」
「そ、そうか……」
 
 清々しいというか、恐ろしいほどに無関心なアーラの言葉にその人は呆気に取られた。そんなことは露知らず、アーラは言われた部屋に荷物をおいて間取りを確認し始めた。
 
 
 .
 
 
 
 同居人? は、どうでもよくなったのか再びリビングに戻ってソファに座る。スマホを見るでもなく、テレビを見るでもなく、ただ外を見ていた。
 
「…………お前さぁ……」
 
 一通りの探索が終わったのか、アーラがリビングに入ってきた気配を感じて同居人が口を開いた。さすがに独り言ではないと思ったアーラは、同居人の方を見る。
 
「このバイト、やべぇやつだって知ってんの?」
「知ってますよ」
「じゃあ金に困ってんのか」
「……そんな感じです」
 
 アーラがそう答えると、同居人は「へぇ……」と目を細めて呟いた。そして、外を見ていたはずの顔をアーラの方に向け、ぎこちない笑顔で笑う。
 
「オレの名前は山王サンノウ ルプス。中卒フリーターの成れの果てだ。反面教師にするといい」
「……ボクは、陸奥ミチノク アーラです。中学生でも稼げる仕事と聞いてここに来ました」
「おー、中学生か。何年?」
「3年です」
「じゃあ高校受験?」
「はい」
 
 受験生の夏は勝負所。それなのにバイトなんかしていていいのだろうか。普通ならそう思うのだろうが、こんな所にいる時点で普通ではない。だからか、この場にいる2人は何も疑問には思わなかった。
 ただ、やはりいくつか聞きたいことはあるようで、アーラはルプスの隣に座った。そして、気になったことを聞いてみる。
 
「あの、他のバイトの人は……」
「あー……聞いた話によると、もう一部屋借りてあって、そこには3人いるんだと。それで全員らしい」
「じゃあここはボクらだけなんですね」
「もう少ししたら工場の方に行って、一通りの説明がある。そこで言われたとおりに働けば、報酬が貰えるぞ」
「……詳しいんですね。こういうバイトは慣れてるんですか?」
「働くならスリルある方がいいだろ? チマチマつまんねぇことするの嫌いなんだよ」
「なるほど」
 
 そういう性格なら、好んでこのバイトをするのも納得だ。アーラはそう思いながら、他の人はどんな人なのか想像した。きっと、本当に生活に困っている人か、変人しかいないのだろう。
 自分のように潜入調査みたいなことをしている人は少ないはず……かと言って、本当の理由がバレるのも面倒くさいし、ある程度は他の人の情報も掴んでおくべきかもしれない。
 そう思ったアーラは、興味というよりも自分が動きやすくなるために会話を試みようと考えついた。そして2人は、たわいもない話をし続けた。


 金に困っている受験生、そう相手に思わせることに成功したと思っているアーラは何も疑わずに話す。しかし、ルプスはアーラが嘘をついていることを見抜いていた。
 本当に金に困っているのなら、たとえ誰が使っていたとしても貰ったものを簡単に捨てるなどと言うはずがない。……自分だったらそうする。

「……中坊の興味ってのは恐ろしいね。」
「?」

 金に困っていないのなら、こんな所にいる理由は思春期特有の底知れない好奇心だろう。そう勝手に決めつけたルプスは、心当たりがあるのかそれ以上は追求しなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった

ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」  15歳の春。  念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。 「隊長とか面倒くさいんですけど」  S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは…… 「部下は美女揃いだぞ?」 「やらせていただきます!」  こうして俺は仕方なく隊長となった。  渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。  女騎士二人は17歳。  もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。   「あの……みんな年上なんですが」 「だが美人揃いだぞ?」 「がんばります!」  とは言ったものの。  俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?  と思っていた翌日の朝。  実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた! ★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。 ※2023年11月25日に書籍が発売!  イラストレーターはiltusa先生です! ※コミカライズも進行中!

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

処理中です...