My First Magic

五十鈴 葉

文字の大きさ
上 下
2 / 25
0章 歪んだバイト

0-2 魅惑の囀り

しおりを挟む
 とある日の夕暮れ。
 
 帰宅途中の学生やサラリーマンが通る駅前で、ギターの音が響く。道の半分にまで飛び出した群れの視線の先には、フードを被った誰かがいる。
 
「何? 路上ライブ?」
「みたいだね、すっごい歌上手」
 
 透き通るような美しい声は、人々の足音さえも音楽に変える。それまで雑談をしていた人も、思わず耳をすまして聞いてしまう。そんな魅力がその歌声にはあった。
 
「…………アレは……」
 
 人混みの中、足を止める数名の中の1人が呟いた。
 心地よいギターの音、凛とした佇まいに惹きつけられる声。そして、僅かに感じる"魔力"……
 
 
 
 
 .
 
 
 
 地面に映る影が薄くなる頃、街灯がつき始めたと同時に歌手はギターを片付け始めた。それをじっと見つめるモノが1つ。歌手はそれに気がつかず、人混みの中へと姿を消した。

 駅からしばらく歩くと、周りにいたはずの人はすっかりいなくなり、ギターを持ったその人はただ1人住宅街を歩いていた。すると、突然方向を変えて路地裏に入り込む。
 密かにその人を追いかけていたもう1人が、すかさず路地裏へと駆け込む。そこで見た景色は、ギターが壁伝いに駆け上がって行く姿。
 いや、ギターを背負ったその人がすごいスピードで逃げて行く姿だ。もう1人は、それよりも素早く壁を上った。
 互いに常人離れしたその身体能力で、追いかけっこが始まる。屋根を飛び、空を駆ける。だが、追いかける方が少し速い。後ろから伸ばされた手は、ギターケースを掴んだ。
 
「!?」
「! 危ないっ……!」
 
 ギターケースを掴まれたことにより、空中で体勢を崩したその人は着地に失敗して、屋根から滑り落ちた。それを受け止めようと、もう1人が庇うようにして地面に背を向ける。
 
「っ……、?」
「……大丈夫?危なかったね」
 
 抱きしめられるような形で落ちた2人は、地面に着くスレスレの所で浮いていた。そして、フワッと風が吹いたと思ったら体が持ち上がり、ゆっくりと地面に足が着く。
 追いかけられていた方は、何が何やら分からなくなっている。次に気がついたのは、自分の視界がやけに広くなっていることと、このままだとマズイということ。
 
「逃げるなら、何回でも捕まえるぞ」
 
 取れてしまったフードを直そうと手を上げた瞬間、ガっと腕を掴まれて後ろの壁に押さえつけられた。背の高い1人と、ギターケースに背負われているような小柄な1人では力の差も歴然。
 押さえつけられている方は、諦めたように目の前の生き物を見た。そこにいるのは、長髪の顔が整った人。知り合いではない。
 
「……通り魔……?」
「………………は?」
 
 後をつけられ、逃げたら追いかけられた上に拘束されて脅されている。これは立派な犯罪だ。追い詰められたその人が絞り出した答えは"通り魔"だった。
 そんなことを言われるとは思っていなかったのか、長髪のその人はポカンとした顔で間抜けな声を出した。そして、次の瞬間肩を揺らして笑い出した。
 
「ふふっ、あははは!! まさか通り魔扱いされるとは!」
「? 違うんですか?」
「いや、失礼。君からしたらそうだよな。すまない、乱暴なことをしてしまって」
「……いえ、別に」
 
 顔を押えて笑うその人に困惑しながらも、掴まれた腕をさすりながらその人は一定の距離を取った。しかし、もう逃げるようなことはしない。これ以上付きまとわれても迷惑だと思ったからだ。
 
「それで、通り魔じゃないならなんですか? ストーカー?」
「それも違うな。確かに犯罪紛いのことをしたが、本当の犯罪者はそっちだろ?」
「何の話ですか。補導にはまだ早いでしょう」
「知らないとは言わせないぞ」
 
 ギターを背負い直したその人は考えた。自分の行動のどこに問題があったのだろうか。路上ライブの許可は得ていた。信号無視した記憶もない。何も思い当たる節がない。
 本当に何もないのだ。首を傾げて本気で悩んでいる姿を見て、余裕そうだった長髪のその人も怪訝そうな顔をする。
 
「……本当に分からないのか?」
「……路上ライブの収益は、脱税だろ……とかいう話ですか?」
「そんな話ではない。君の歌だ」
「歌?」
 
 ますます分からなくなった。その人の歌は、路上ライブだけでなく電波に乗せて世界中に発信している。数年そんなことをしているが、誰にも咎められたことはない。
 
「知っているだろ? 精神操作系の魔法は、資格を持たない者は使用してはいけない。資格保持者の中に君はいなかったはずだ」
「まさか、資格保持者を全て覚えているんですか?」
「もちろんだ」
「すご……でも、尚更なんの話をしているのか分かりません。ボクは精神操作の魔法なんて使っていませんから」
 
 そうきっぱり言い切ったその人は、回れ右をしてその場を去ろうとした。それを止めるため、もう1人がギターケースを掴んだ。後ろに引かれてその人が「ぐえっ」と声を漏らす。
 
「何するんですか!」
「……おかしい。何故、君は気づいていないんだ」
「はぁ? 本当になんなんですか!? 大体、精神操作系の魔法なんて、高度すぎて僕 ボクみたいなのには扱えません! そんなの資格保持者全員覚えてるくらいなら分かるでしょう!」
「そのはずなんだ。だから、おかしいと思って後をつけていた」
 
 2人が話す精神操作系の魔法とは、手練の魔法使いでさえもその習得には多くの年月を必要とされている。おまけに、少しでも間違えれば何が起こるかわからない大事故になりかねないのだ。だからこそ、その魔法を使うには厳しい試験がある。
 しかし、目の前にいる歌手は見た目的にまだ年端も行かぬ子供。どれだけ魔法の才があろうが、あのような場所で失態を犯すほどの勇者には見えない。
 
「……本当に魔法は使っていないのだな?」
「はい。命にかけても、そんなことはしていません」
「いや、そこまで強く疑っているわけでは……」
 
 目の前の子供が突然"命をかける"と言い出して長髪のその人は驚いた表情をする。だが、このような状況に置かれているということは、それくらいの覚悟を見せなければならないと子供は思ったのだろう。
 そこで、長髪のその人は改めて子供のことをよく見てみた。見れば見るほど不思議な子だ。
 
(……底が、見えない……)
「……あの、もういいですか?早く帰らないと親が心配するので」
「あ、あぁ……すまなかった。こちらの勘違いだったらしい」
「いえ、お気になさらず」
 
 そう言って、子供は今度こそ背中を向けた。くるりと回った際に揺れた耳飾りがもう1人の目に留まる。その瞬間、頭で理解するよりも先に口を開いていた。
 
「待ってくれ……!」
「?」
「……君の、君の名前を教えてくれないか」
「…雨宮アメミヤです。雨宮アメミヤ リベラ」

 不審者に自分の名前を告げ、子供はその場からパッと姿を消した。長髪のその人は、その事にも驚いたがもっと驚いたのはその名前だ。
 
「……なるほどな」
 
 残された1人は静かに口元を歪ませ、夜空に浮かぶ月を見た。夜の街に怪しく佇むその人を、誰も見やしない。そして、帰路に着く歌手は自宅の玄関を開けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

漆黒の聖女、銀の光を放つ

月波結
恋愛
聖女シャルロッテは教会の中でも異質。 黒が忌み嫌われる国で、黒い髪を持って生まれ、聖女の証『グリザの花』を額にいただく。 その聖力は乏しく、聖女としても末席だったのに、辺境伯領に行くよう使命を受けてから、彼女の聖女としての力が問われることになる――。 精悍な顔つきでありながら、国境を守るためにストイックなまだ若い銀髪の辺境伯の元にシャルロッテは向かう。 そこでシャルロッテを待ち受けていたのは思いも寄らない真実だった。 (カクヨムからの一部変更ありの転載です)

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ここは貴方の国ではありませんよ

水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。 厄介ごとが多いですね。 裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。 ※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。

婚約破棄された令嬢の恋人

菜花
ファンタジー
裏切られても一途に王子を愛していたイリーナ。その気持ちに妖精達がこたえて奇跡を起こす。カクヨムでも投稿しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...