夢鍵ヒズミ

月曜日

今日も特に変わらない日常。

妻は、仕事、自分は株の取引。

飼い犬二匹も元気。

しかし、手のひらの上には見知らぬ鍵が一つ。

ベッドの上に置いてあった鍵…。

とりあえず、金子信一は、アパートの外に出て鍵を使ってみた。

鍵穴に合わないはずと思って差し込むとスッと入り鍵が回った。

ドアノブを回すと鍵は閉まっていた。

信一は、少し焦り鍵穴に鍵を入れた。

扉を開けると…。

3LDKの間取りがワンルームに変わっていた。

「ここは？」

そう、信一が二十八歳の時に住んでいたアパートだった。

「まさか…。じゃあ。」

信一は、サンダルを脱いで中に入ると奈津美が布団の中で気持ち良さそうに寝ていた。

やっぱり、戻ってる過去に戻ってるんだ…。

信一は、確信が持てずに奈津美の褐色なツルツルの肌に触れてみた。

確かな弾力がかえってきた。

「奈津美？」

「ん？しんちゃんどうしたの？」

「いや、本当に奈津美なのか？」

「当たり前じゃん。どうしたの？」

「いや…。」

奈津美は、不思議そうな顔をして布団から這い出てトイレに立った。

奈津美の後ろ姿を見ながら信一は自分の頬をつねった。

痛い…。

「しんちゃん、夜ご飯何が良い？」

え？夜？だってまだ朝じゃあ？

窓を開けてベランダに信一は出た。

夜空には月明かりが煌々としている。

「悪い夢でも見たの？」

「あ、いや…。」

「クリームシチューだけど良いかな？」

「うん。」

少し小さな口には大きくて不揃いの奈津美の白い歯が笑った。

今は、夏か…。

奈津美と結婚して半年目か。

信一の頭に鋭い痛みが走った。

何かを思い出そうとして思い出せない。

「はい。召し上がれ。」

小さな白いテーブルに置かれたお皿。

こんな狭いテーブルで食べてたのか…。

信一は、頭痛を忘れてシチューを食べた。

「ねぇ、旅行どこに行く？」

「旅行？ああ、うーん。」

「やっぱり、北海道かな？」

「ああ、奈津美、北海道好きだもんな。北海道で良いんじゃないかな。」

奈津美は、嬉しそうに旅行雑誌のページを捲っている。

奈津美にもこんな無邪気な時があったな。

信一は、少し若返った気持ちになった。

食事も終わりお互いに狭い布団の中で本を読み始めた。

知らないうちに奈津美は、寝てしまった。

信一も薬を飲んで奈津美の横顔を見つめながら眠りに落ちた。

目覚めると広いベッドの上にいた。

犬が、甘えた声で鳴いている。

隣を見ても奈津美の姿はなかった。

夢か…？

犬に餌をやると信一は窓を開けた。

外は、真っ暗になっていた。

しばらくして妻が、帰って来た。

信一が薬を飲んでないと知ると注意しながらバスルームに消えた。

シャワーの音を聞きながら信一は幻の奈津美とクリームシチューの味を思い出していた。