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第2章 主要人物として

第68話 「二人っきりの自主練」

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 花の都フロッセの中央には世界で最大の広さを誇る劇場があるという。
 今回の目的地はそこだ。

 貴族の屋敷があちらこちら建てられている区画を抜けると、そこは完全な都会である。
 高い塔がいくつも並んでおり、道の端はレンガ。
 高級そうな店も多く、見回るだけでも一日が終わりそうだ。

 感動をしながら馬車の外を眺めていると、向かい側に座っていたソーニャが得意そうに笑っていた。

「都会は初めてなんすか?」
「田舎出身だからね」
「だったら後で一緒に回ってもいいっすよ。もちろんラケルちゃんも良ければ!」
「あ・の・ねソーニャ」
「いだだだっ!?」

 楽しそうに話していると、ソーニャの隣に座っていたローズさんが怒った顔でソーニャの耳をつねりだした。

「ちょっ、なんすか!」
「自分の立場を忘れたの? 私たちがこの町に到着したことをまだ公表していないのよ。歌姫が歩き回ってバレたら大騒ぎよ!」
「うぅ、確かに、今回は我慢するっす……」
「よろしい」

 見ていて微笑ましい。
 ソーニャとローズさんって側から見たら姉妹のような関係だ。

 お調子者の妹と、それを叱る真面目な姉。
 俺も兄弟欲しかったな、喧嘩できるような。
 父親は行方不明だし、俺は母親を知らない。
 育ててくれた祖父母には感謝してもしきれない。

「あ、ここよ」

 先頭を走っていた馬車が止まった。
 外を見ると、そこには屋根の空いた大きな建物があった。
 ローズさん曰く、ここが公演を予定している劇場らしい。
 屋根は戸締り自在で、防音対策もされているので練習をする際は屋根は閉じるという。

 ちなみに関係者しか知らないことなので、劇場前を通りかかる通行人は「あれ、屋根閉じてね?」としか思わないらしい。

 順番に顔を隠した劇団員達は馬車から降りて裏口から入っていく。
 ちなみに俺とラケル師匠は顔を隠す必要はないので普通に入場した。
 特別にダインさんに練習背景を観ることを許可されたので本日は見学だ。 

 演劇が上演されるのは五日後。
 ソーニャが一時的に欠けたことでロスしてしまった時間を埋めるために、今日から猛練習だとダインさんが張り切っていた。

 劇場の裏には広間がいくつも用意されている。
 大輪の蓮花団のメンバーは四十人もおり、演出、踊り、裏方、脚本、音楽、歌、演技など、それぞれ担当に分けられていた。

 ソーニャの場合は歌と踊りと演技だ。
 なので指定の広間まで行き、そこで一日中稽古である。



「ソーニャさん、何ですかその身のこなしはっ!?」

 開始してすぐ誰かの怒声が響いた。
 広間にあるステージの方からだ。
 見ると、黒いドレスを着た黒髪の女性がソーニャを叱りつけていた。

「たかが一週間で前回教えたことを忘れてしまったのですか! 演技をする際に、一つ一つの動作に気迫を持たせるようにと、何度も教えましたよね!」
「ひぃぃぃ」

 鬼指導だ。
 確かあの人がソーニャの言っていたクロエさんだ。
 彼女が声を荒げる度にソーニャは肩をびくびくさせ、大人しく言う通りにしていた。

「鈍いですよ! もっと速く!」
「ひぃぃぃ」
「はい、休まないっ! 休まないっ!」
「はひぃぃぃ」

 演技も、踊りも、歌も、同時に短い時間の中で最大限に発揮しなければ何度も続けさせる人だ。
 公演まであと数日しかないのだから焦っているのかもしれない。

「今日中に全部頭に叩き込まないと、徹夜で指導ですからね!」
「ひぃぃぃ、お許しをぉぉぉ!!」

 だけど課せられた課題を死に物狂いで、涙目になりながらもこなしていくソーニャにはちょっぴり同情してしまった。
 実は、家出を企てていたのでは?





 六時間後。
 ソーニャは床に伏していた。
 休憩無しのぶっ通し鬼指導が終わり、クロエさんを満足させたことでようやく解放されたのだ。

 広間にはもう誰もいない。
 残されたのはエネルギーが尽きた抜け殻だけのソーニャである。

「お疲れ様、すごかったねクロエさん……」
「……厳格すぎるんすよねあの人……おかげでこっちの身が持たないっしゅ……」
「昔からあんな感じなの?」

 水を差し出しながら聞くと、ソーニャはまず渡された水を飲み干してから大きく息を吐き、答える。

「そりゃもう鬼畜の所業っすよ。けど初めに比べたらマシになったんすけどね」
「初めの頃はもっと厳しかったのか……」
「一言で表すなら鬼を超えた……悪魔だったすから」

 あんなに厳しいというのに、それ以上があるとは想像するだけで恐ろしい。
 クロエさん、ああいう厳しい人は苦手だ。
 ラケル師匠も厳しいが普段は温厚な人だ、怒らせなければ問題はない。

「それじゃ、このあと自主練をするんで、ヘリオスさんは先に戻ってもいいすよ?」
「え」

 クロエさんの鬼指導が終わったばかりなのにまだやるというのか。
 ずっと座って見学をしていた自分が言うのもなんだが流石に今日も切り上げた方がいいのでは。

 と思っている間にソーニャはストレッチを開始していた。

「もう休憩をした方が……いいんじゃない?」
「要らないっすよ、いつも通りなんで。他のみんなも声をかけないで出てったじゃないすか。この後、決まって一人で自主練をするのをみんな分かっているから、何も言わずに一人にしてくれたんすよ」

 行方不明からの、猛省。
 合流からの、容赦ない猛練習。
 それから自主練とは、何なのかこの子は。

「んじゃ、おやすみっす」
「……えっ、いや、俺も残るよ」
「へっ?」

 歌姫の自主練が如何なるものなのか興味があった。と最後まで残って見ていたい、と何故か思っていた。

「いやいや、これから歌うのは公演終幕の曲なんで、ここで聴いたらネタバレになっちゃうすよ!?」
「ソーニャがよく鼻歌で練習してたやつでしょ。前々から気になっていたんだ。ちょうど良い機会だし聴かせてよ」
「うぅ……それじゃファンに怒られるんすけど」

 やはりファンを蔑ろにはできないらしい。
 さすがに彼女の歌が猛烈に好きなわけではない人間が初めに聴いていい曲ではないか。
 無理なら仕方ない、ここは素直に引き下がろう。

「だよね、分かった。じゃ、俺は帰る……」

 彼女が望むならと団長ダインさんが手配してくれた宿屋に戻ろうとした瞬間、首根っこを掴まれた。
「ぐぇ!?」とこの世のものとは思えない声を漏らしてしまう。
 振り返ると、悩ましい顔をしたソーニャがこちらを見ていた。

「実は自信がなくて……聴かせる代わりに、私の悪い部分を指摘してくれたら有難いっす」
「そんな、歌姫なんだし何を歌っても上手いでしょ? それならローズさんかクロエさんに見てもらった方が」
「……まだ、あの二人にも聴かせたことがなくて、完璧な状態で歌ってみせたいんすよ……だから客観的な評価ならパンピーのヘリオスさんがうってつけだと思うんすよ。だから人助けだと思って、助けてくださいっす!」

 グイグイ引っ張られて苦しい。
 とにかく物凄く必死なのが伝わったけど、人を評価できるほどの自信がこちらにもないので、あまり期待をしないでほしい。

「わ、分かったから離して……苦しいっ……!」
「あ、ゴメンなさいっす!」
「ごほっ……がはっ……いつでも協力するから、もう二度と首根っこは掴まないでくれよ」
「りょ、了解っす!」


 こうして俺は、歌姫ソーニャの自主練に付き合わせられることになったのだった。
 公演まであと五日後である。
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感想 3

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みんなの感想(3件)

もっくん
2022.03.24 もっくん

最も嫌われているいる悪役~ からきました!

ロザリア まさかの学園長でほっこりしました(笑)
ラケルちゃんも お師匠になっていますし(笑)
ちょこちょこ「最も~」で見た覚えのある名前が出て来たり、居なかったキャラが今後の「最も~」でどう登場するのか楽しみだったり……(*´-`)


とにかく とても楽しいです(*^▽^)/★*☆♪

違う物語が実は繋がっている が大好物です!!!
その分大変だと思いますが、2つの作品の更新楽しみにしています(*^.^*)

解除
はつ
2021.12.03 はつ

更新を毎回とっても楽しみに読ませて頂いてます!連載頑張って下さい!

解除
2021.07.26 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

解除

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