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第2章 主要人物として
第54話 「神への宣戦布告」
しおりを挟む「死ねって……いやだよ」
悪気もなく要求するアリアドネに慄然する。
当然、それを肯定できるはずもなく断ると、
「だろうね。自分が一番可愛いからね」
「そうじゃなくて、俺にはまだ残した人たちがいるし、やりたい事だって沢山ある。二十年も生きていないのに、人生に幕を閉じるなんて出来るわけないだろ」
「その残した人達はもともとお前のではないよ」
腕を組み、さも当然のようにアリアドネは言った。
あまりにも真剣で冗談には聞こえなかった。
「主人公から奪った物を返すだけだ」
「だけど俺はドロシーを愛している。彼女だって……」
「お前なんざ愛するわけないだろ。主人公の隣に並ぶのが道理だ。お前は面白いと思うか。メインヒロインが脇役に恋して主人公を蔑ろにする話を?」
「………」
確かにそれは、不快に感じるな。
俺がこの女神の読者なら苛ついているだろう。
客観的に見たら間違っているだろう。
「それでも俺はドロシーを諦めない。たとえお前が創造した物語でも、この想いを無かったことにはできない」
なにも無かった俺のことを好きだと言ってくれた。
何事も完璧に見えて、実は不器用なドロシーが好きだ。
俺を、一人の人間として認めてくれた彼女が好きだ。
愛おしくて、愛おしくて、手放すなんてことは絶対にできない。
「それがお前の答えなんだね」
俺の返事を聞いて、アリアドネは怒らなかった。
納得できなくてテーブルをまた蹴り上げる勢いで激怒するかと思った。
彼女は数秒、腕を組み考えこんだ。
そして、何かを思いついたのかニヤけた。
「この物語をもとに戻すには君が死ぬ必要があるんだ」
「だから嫌だって言っているだろ。なんでそんなに俺を自害させたいんだよ。女神様なら俺を自殺に追いやることが出来ないのか?」
「そこが私の弱点なのさ。いくら私が創造した世界でも生きている人間を制御することができないんだ。ルールみたいなもんで触れることすら許されていない。でも死んでいる人間の運命なら思い通りにしてもいいんだ」
「……けど。ドロシーはリュートのことを嫌っている。たとえ俺が死んだとしてもアイツに靡くとは思えない」
自信をもってそう言える。
それを待ってましたと言わんばかりにアリアドネは大げさに両腕を広げた。
「君が死んだあと世界を一巡させるのさ、つまりリセットさせること」
「そんなことが出来るのか……?」
恐る恐る、ちょっと震えながら訊く。
「そりゃ私は女神だからね。世界を再構築してやり直すことは容易いさ。君が死ねば一巡した後の世界で君の存在をもとから無かったことにできる。そうすれば私の思い通りのシナリオになるはずだ」
だから俺に死んでほしかったのか。
そうなったらドロシーがリュートのモノになってしまうのかもしれない。
俺が存在しなくなってしまったら、それを阻止すらできない。
「私はね、直接人を操ることはできないけど、このように話をしてしまえば誘導は簡単だ。そうして誰かの手によって関節的にお前を殺すことができる。難しいことではない」
「……」
「メインヒロインを諦めてなんとしても主人公の隣に立たせること、人知れず私の舞台からお降りること、そうしてくれたら殺しはしない。お前の本来いるべき立ち位置は観客席だから」
死を回避する方法。
ドロシーを諦めて初めの自分に戻ること。
いや、多分それだけではこの女神は満足してくれないだろう。
このまま承諾してしまったら、さらに要求されるはずだ。
「誰が諦めるかよ」
「は? なら死ぬか?」
「死なない。お前の思い通りにはさせないからな」
「あのなぁ、元の自分に戻っても大したデメリットはないいんだぞ。主要人物に関わらなければ誰と恋愛しようがお前の勝手だからな。私が言いたいのは……」
「この幸せを手放せっていうのなら何度でも答えてやる、俺は舞台から下りない。それが間違っていたとしても、大勢の人間に非難されても、俺のこの気持ちは変わらない」
強い眼差しをアリアドネに返す。
俺がここまで強気になるとは思わなかったのか、彼女の眉が微かにピクリと震えたのが見えた。
「驚いたな。死ぬこと以上に怖いものなんてないのに」
「ああ、そうだよ。怖いさ。だから死なない。お前がどれだけ刺客を差し向けても、全員ぶっ飛ばしてる」
「……チッ」
アリアドネは不機嫌な顔で舌打ちをした。
コイツにも事情はあるだろうけど、俺にも俺の事情がある。
あの根暗な自分に戻るのを知っていて、諦められるはずもない。
世界の神に敵対だってしてやる。
「なら私も、お前を殺せるよう努力するよ。まあ、お前は弱いから、すぐにカタは付くだろうね」
「誰を差し向ける気だ?」
「言わない。ネタバレじゃ萎えちゃうからね。その時がくるまで、楽しみにしてくれ」
なんか、体が透明になってきているような。
足元がっもうとっくに消えていた。
「別れの時間だね」
「待ってくれ、最後に一つだけ聞きたい……!」
消える前に、最後に聞きたいことがあった。
もっとも重要な質問というわけではないが、ここで聞かなかったら永遠に知る機会がなくなってしまうかもしれない。
「お前の感性があまり理解できなくてな……もっと面白い物語が観たいなら、あからさまに成功者のためだけに仕掛けられた舞台にするんじゃなくて、もっと苦悩したり苦戦したり、恋愛に失敗しながら成長していく展開もあったんじゃないのか?」
「……なにそれ、つまんな」
これ以上ないほど詰まらなそうな表情でアリアドネは言った。
「私は女神だぞ。高位の存在として生まれてきた私が努力家に感情移入できるはずがないだろ」
それがコイツにとっては当たり前のことなのか。
人の考えはそれぞれだからな、否定はしたくない。
そんなことを思っていると、体がもう半分も消滅していた。
元の世界に帰ったら、誰に説明すればいいのか。
信じてくれる人がいるのだろうか、女神に敵対することになった話を。
いや、誰でもいいから、とにかく相談をしてみよう。
案外、誰かが力になってくれるかもしれない。
「――――せいぜい、私を納得させてみろよ」
アリアドネの皮肉のような笑みを最後に、視界が真っ暗になった。
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