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第3章 ー離別編ー
第33話 『謎の光に包まれて』
しおりを挟む「ということで今晩だけグレンダさんを泊めることにしたんだ」
現在、拠点としている屋敷『グリモワール邸』の食堂にて、先ほど偶然にも助けたグレンダという可愛いらしい容姿をした魔道士をリンカ達に紹介していところだった。
当然、よい反応よりも先にリンカ達は不審そうな視線をネロに当てていた。
そして呆れたように、女性陣は揃って溜息をこぼす。
「……またね」
「またですねぇ」
「まただにゃ」
「またって? ネロくんってしょっちゅうそうなの?」
同調するリンカとフィオラとミミと打って変わって、ジュリエットは少し動揺しながらリンカ達に聞いた。
「見ての通りよ、周りをご覧なさい」
リンカが周囲の女性陣に指を差しながら呆れるように言った。
どうしてこんなにも女性だけがこの場にいるのか、それをジュリエットはようやく気づく。
何を思ったのかジュリエットはネロの隣に座るグレンダの方を向き、咳払いしてから質問する。
「どうも、私はジュリエットと申します。グレンダさん、ですよね? 貴方もしかしてだけど、ネロくんに不思議な感情を抱いたりはしなかった?」
ギクッ! とあからさまな反応をみせるグレンダ。
その質問に女性陣達はピクリと眉をひそめる。
ミミだけは平常心だった。
ネロには一応懐いているようだけど、案外そういう感情は全くないらしい。
だけど油断は禁物、あとは時間の問題だ。
「………………別に特に、あ、あ、あ、ありませんよ!」
挙動不審に目を泳がせながら答えるグレンダ。
隠しきれてない、まったく隠しきれてないから。
それを聞いて不審そうな表情を一瞬みせたジュリエットだったが、ニコリと笑ってから手を差し出した。
「そう、別に確認したかった訳じゃなくてね? あまり気にしないでくださいねグレンダさん。もちろん歓迎するわ」
「……は、ハイこちらこそ不束者ですかお手柔らかによろしくお願いします!」
グレンダは頭を下げながらジュリエットに差し出された手を掴もうと伸ばす。
だけどテーブルの長さからして彼女との距離では届かない。
とうてい握手は無理そうなので二人は苦笑いしながら気まずそうに伸ばしていた手を下ろす。
なんだか、暗い空気が続いている気がしたネロは手をパン! と叩いて皆の注目を集める。
「えっと、お腹も空いてきて料理も準備されたことだし、とりあえずは食事にしよう。グレンダさんも遠慮なく食べていってね」
「う、うん。ありがとね……なんか、色々と」
さっきまでの活発そうな威勢がまるでない返事が返ってきた。
迷宮でみせていたあのグレンダのキャピッ! ポーズを全然してこないじゃないか。
この屋敷に訪れてからなのか、それとも刻まれていた紋章を目にしてからか、彼女から落ち着きがまるでない様子である。
それがあまりにも面白かったのでリンカ達の前でもやって欲しかったと、少々残念がるネロだった。
「……ん……これ、おいしいっ!」
スープを口にしたグレンダから称讃の言葉が溢れる。
美味すぎたのか、スープンを落としながら勢いよく立ち上がり両手を重ねていた。
そして、彼女は周囲を見回す。
「急にどうかしたの、グレンダさん?」
「おいしいのは確かニャのだけど、そこまでのリアクションするほどかニャ?」
相変わらず呑気に料理を頬張るミミ。
やはり肉ばかりを摂取している。
たまにジュリエットが野菜も食しなさいと注意をするけど、ミミはそれを聞かずに肉を食べながら逃げてしまうらしい。
だけど最終的に拘束されてガミガミとジュリエットお母さんに叱られる。
そのままピーマン地獄の刑を判決されてしまう、それなのにミミは懲りずになぜか肉を食べ続けているのだ。
「いや、あの、この料理って誰が作ったのか……気になったの」
「この料理? ウチにはコックを雇うぐらいの金はないよ。だけど、ジュリエットちゃんがほぼ担当してくれているんだよね」
ジュリエットへとグレンダの視線が向けられた。
輝く尊敬の眼差しだ。
だけど今回、この料理を作ったのはジュリエットではない。
「まさか、ジュリエットさんがこの……料理を!」
「いや、私じゃなくて……」
苦笑いしながらジュリエットは答える。
代わりにネロが説明しようとしたその刹那、グレンダの背後から異様な気配がした。
瞬時に振り返るとそこには、
「料理をなさったのは私であります、お嬢様」
メイド服を着た清潔そうな女性が、ティーセットを乗せたトレイを手にグレンダの背後に立っていた、それもいつの間にかだ。
豊満を遥かに凌駕した胸という女性の象徴、誘惑のダークブラウンな瞳、目元に付いているセクシーな鳴き袋が彼女の色気をさらに引き立てていた。
そんな彼女の無心な表情が向けられる先には、ネロが映っていた。
「ご主人様、ただいまお茶が入りました。まだ高熱ですので食後にお召し上がりください。丁度良い温度具合に調整しておきましたので、その間に冷えることはありません」
「毎度ありがとうございますねアネットさん。是非いただきます」
「…………」
そう言いながらアネットと呼ばれる女性ははテーブルにティーカップを並べた。
そのままネロに一礼して、食堂の厨房の奥へと消えていってしまう。
絵に描いたようなメイドの姿だ。
「……彼女は、この館の使用人なの?」
立ち尽くしながら、グレンダは驚いた様子でネロに聞いた。
突然、音もなく背後から現れた得体の知れない女性だったので無理もないだろう。
「……うん、彼女は元々この屋敷の前当主に仕えていた使用人の『侍女長』だったんだ。さっきも言ったと思うんだけど、この屋敷に元々住んでいた上流階級の大貴族が没落してから逃亡を図ったんだ。おかけでこの屋敷を手放さなきゃいけなくなった。
かつてそこで仕えていた彼女『リネット・バレンタイン』さんは前当主に猛烈なまでの忠誠心を持ったんだ。館に対しての未練を断ち切れずに、この屋敷に残ったらしい。『私が仕える真の主人がどうか安心して帰還なさってくれるよう、私はここでお待ちしております』と、この屋敷に最初訪れた時に悲しそうにアネットさんは言っていたよ」
若い頃、村にいた住んでいたネロは一度だけアネットとは会っていた。
前当主の娘であるレインを心配して、遥々王都から村まで足を運んできたのが理由だった。
「けど、いざ彼女と対話してみれば優しい方だって分かったよ。ちょっと鬱陶しいぐらいの世話好きだけど……ね」
そんなネロがアネットに抱いた第一印象が『怖いお姉さん』というものだった。
まだ二十代で若い頃のレインとあまり年齢差がない彼女だったが、まるで大人のようにお節介焼きだった。
几帳面で清潔、律儀な女性。
だけどつまみ食いしてしまうような、ギャップがアネットにはあった。
アネットとネロは数年も会っていないが、まさかこのような形で彼女と再会が出来るだなんて、ネロ自身は思いもしなかっただろう。
「そういえば、この料理はアネットさんが作ったんだよ」
「ああ、あの人言ってたね、とても美味だったよ。後で………お礼なんか言ってもいいのかな?」
それを聞いた途端にネロ達は顔を青ざめてしまう。
「それはやめておいた方がいいと思うよ? そのせいで、ちょっと色々と問題が起きちゃったし、その想いだけは心の中にしまっておいて」
「え? どういう……」
再び聞いてみようとしたグレンダだったが、恐ろしそうな表情を浮かべるネロ達を眺めてそれ以上聞くことを断念した。
(……まあいいわ。けど、なんなのかしらこの男? 屋敷を持っているわ、グリモワール家の知り合いがいるわ、女の子に囲まれているわで幸運値MAXですか? まぁ、そんな訳ないわよね……そんなの聞いたことないし。居たら躊躇わずに結婚しちゃうわ私)
「あら、どうかしたのかしらグレンダさん? 顔、ゲスいわよ?」
うっかり自分の世界に入り込んでしまったことにグレンダは気つき、すぐさま我に帰る。
顔を上げると、そこにはニヤケた顔のリンカが腕を組んでお茶をすすっていた。
女の勘でリンカはグレンダの内面をほぼ察している状態だ。
自分もグレンダと同じ表情を作ってきた時期が何度かある。
不思議にリンカはそんなグレンダに対して、悪い親近感を抱いてた。
「はっ! もう、何を言うんですか女の子に対して~、ゲスくなんかないですよぉ?」
「ふーん、そう? ま、とにかくあまり詮索はしないでおくわね。ああ、ちなみに私はリンカって言うの。忠告だけど、私のこともあまり詮索しない方が……いいわよ?」
恐ろしいオーラをグレンダに放ちながらリンカはニコリと微笑んだ。
(なんなのこの女? 少し可愛いからって私を威嚇してきて? ははーん、もしかして私と同類なのかしら?)
「ごちそうさま」
食べ終えたジュリエットが手を合わせ言う。
途端二人は睨み合いを止めた。
(チッ)
(チッ)
せっかくアネットが作ったものだ、二人も黙々と食べながら食事を終えたのだった。
※※※※※※
この屋敷には巨大なお風呂をも完備している。
おかげさまで毎日、温泉に行かずとも入浴できて女性陣は非常に嬉しそうだった。
だけどその中、猫属性のミミだけは嫌がってしまっていた。
体を水で濡らしてしまうのが物凄く嫌らしい。
猫らしいと言えば猫らしい。
無理強いする気はない、彼女がそう言うのならば強引に入らせる訳にもいかない。
だけどそれを許さないのがウチのメイドのアネットである。
彼女にとって不潔は大敵。
常に屋敷に住まう住人も清潔ではなくてはというルールがアネットにはあって、逃げ惑うミミをも瞬殺。
気絶したまま入浴させられ、体の隅々までアネットは汚れを落としてしまう。
どうやら汚れを全て落とさなければ気がすまない性質らしい。
その次の日には、ツヤツヤ肌状態のミミが屋敷の中を徘徊しているのだ。
今日の入浴は女性優先、ボクは部屋で大人しく順番を待つことにした。
「……手紙でも書こうかな?」
エリーシャに送る手紙を書こう、内容はすでに決まっている。
そう思いながら机に向かおうとしたが、何かを感じたとりボクは足を止めた。
「……異変?」
屋敷から気配が一瞬にして消滅したのだ。
アネットを含めて数人も、リンカ達の気配が途絶えてしまっている。
それが何かしらの予兆なのか、嫌な予感が頭の中をよぎる。
不審に思いながら部屋の扉の方へと近づき、手をかけようとした、だけど遅かった。
突然、部屋を光が充満してしまい、とっさに反応できずに体が硬直してしまう。
抵抗も出来ない、何が起きたんだ?と。
そう認識する前に、体全てが神々しく眩しい光によって包み込まれてしまう。
「ああ…………あ…………っ」
それでも尚、ボクは手を伸ばし続けた。
自分でも分からない、だけど誰かがきっとこの手を掴んでくれるはずだ。
そう願うしか、ボクにはできることはなかった。
「………!」
意識が途切れるその瞬間。
この世界からボクという一つの存在が、音もなく消滅してしまった。
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