5 / 20
第4話 「くすぐりの刑を実行する大賢者」
しおりを挟む悪夢のような光景がわずか十分という短時間で過ぎ去ると、意識が元どおりに改善された。
頭に手を触れ、多少の痛みを覚えながらも周囲に転がる蝙蝠人間の山を見回す。
どうやら終わったらしい、一匹残らず伸びている。
しかし達成感より先に疲れが身体にのしかかり、地面に尻もちついてしまう。
【大賢者化】
本来ならこの力はこの場で使用するべき代物ではない、たとえ実験だとしてもだ。
周りの有様を目にしてそう痛感しながら、この力の封印を決意した。
もしもの事態以外に、使用を禁ずるべきだ。
「アルさん! ご無事でしょうか!?」
森の方を見ると、兄のゴブをかかえたリンがこちらに駆けつけていた。
良かった、どうやらゴブだけが怪我を負ったらしい。
嫌、それじゃダメか。
「驚きました、まさか蝙蝠族の大群をこうも簡単に捩じ伏せるだなんて……凄いです!」
「……凄い、ぜ」
リンの賞賛する言葉に続いてゴブが親指とともに声をあげた、どうやら気を取り戻したようだ。
拾った棒きれに『爆風弾』と同じ原理の魔術をかけたおかげか、槍の餌食にならなかったのは良かったけど、まさかあゴブがあそこまで吹っ飛ぶだなんて思いもしなかった。
命が無いよりかはマシか。
よれよりも、と燃えさかる村の方へと振り返る。
失礼にはなってしまうとは思うが、思った以上に悲惨な光景だ。
建物の大半が全焼してしまい、たとえ鎮火したところで修復の余地がないだろう。
それに、僕には二つの元素しか使用できない。
『火』と『風』だ。
僕にはこの火を鎮火させるための手段が今ない。
この世界では通常、人間は二つか一つの元素しか使えないようになっている。
たとえ僕が大賢者だとしても、その理からは逸脱できない。
避けられない決定事項なのだ。
「とりあえず、この場にいる大将であろう人物から話を聞く。ゴブリン村を襲撃した事情も含めてね」
建物を焼き続ける炎をどうしようかと悩んだが、その時ちょうど雨が降りだし始めた。
都合が良いと思いながら村の中へと入ると、柵を突き破った蝙蝠の大男の元に近づく。
吹っ飛んだ時に頭でも打ってしまったのか、気を失っているようだ。
我ながら恐ろしいものだ。
つい最近まで魔力の許容を低下されたせいなので、ロクに魔術を使用できなかったおかげで久々に強力な魔力を用いた魔術を放ったらコレだ。
制御しようとする感覚が確実に鈍っていっている。
まあ、それは置いといて。
まず、この雨の中では落ち着いて話すら聞けそうにないので、静かな場所でも探すとしよう。
ーーー
ギリギリ火の手が届かなかった小屋を見つけ、大将であろう大男の蝙蝠と姫と呼ばれていた女剣士の蝙蝠をそこに連れ込み、意識が覚醒するのを待つ。
何らかの手で叩き起こす手段も考えられるが、流石にそこまで手荒に扱う気はないので却下。
ひたすら待つべきだと思いながら、怪我を負ったゴブを治癒魔術で治療する。
「ごめん、アルフォンスさん。俺が余計なことをしなければ面倒なことに関わらずに済んだのに」
ションボリとしながら申し訳なさそうに言うゴブに「そんな事ないよ?」と声をかけてやりたいところだったが、途中リンに割り込まれてしまう。
「本当だよ、まったく……もぉ」
その言葉にはゴブはショックを隠しきれず、涙目で落ち込んでしまった。
苦笑いしながら眺めていると、いつしか自分がこの二匹がゴブリンだってことを忘れているのに気がつく。
思考までもがゴブリンに変化してしまっているのか?
「うぅ……うう」
おっと、どうやら尋問すべく者が目覚めたようだ。
「くっ……ここは何処だ? ひっ、お前は!?」
僕の顔を見るわ目を覚ました『姫」が驚きの声をあげた。
圧倒的な力によって手と足も出せなかった相手が目を覚ましたら目の前にいるんだ、無理もないだろう。
「このぉぉおぉぉおおぉおぉ!!!」
目を合わせ尋問を開始させようとしたその時、姫は荒れ狂うように抵抗をし始めた。
額には血管が浮かび、体を拘束しているロープが軋み始めている。
自分の感覚がおかしかったせいなのか、改めて見てみるとかなり強いよこの女の人。
「まあまあ、そんなに暴れないでください蝙蝠族の姫君さん。冷静な方が話も聞きやすいですし……」
丁寧な口調で対応するも、姫はそれを聞き流しながらひたすら睨みつけてきた。
恐怖はないけど、女性に嫌悪感を抱かれるのは男として痛い。
「黙れ、低俗なゴブリン風情が! 私にこんな事をしてタダで済むと思っているのか!? 私と若になにかあれば一族が黙っていないぞ!」
ゴブリン風情、という呼び方に眉をひそめる。
やはり、この世界ではゴブリンという種族は舐められる対象に置かれているようだ。
エビルゴブリンが根絶されて以来なのか、ゴブリンは悪どい連中だと人々の思考に定着してしまったらしい。
完全に差別、ゴブとリンを見るかぎり全員が絶対的な悪魔だとは思えない。
噂に耳を貸し、偏見で信じてしまうような習性が人にはある。
たとえ相手が温厚で善良であろうと、集団だと一斉に対象の本質を否定してしまうような心理が躊躇いもなく働いてしまう。
大多数の人間がそう思っているのだから間違いはない、ハブられたくないがための愚かな思いが差別を生み出してしまうのだ。
流行り、ファッションと同じ原理である。
「一族、と言いますと。貴方がたの目的は一体なんなんですか? 聞けば、ここ現在地がどうやらゴブリン村のようじゃないですか」
「ふん、本来なら私たちが占領した場所だ! 薄汚いお前らの代わりに私たち蝙蝠族が使ってやろうとしているのだぞ、ありがたく思えっ!」
「しかし多少……いえ、あまりにも強引な手ではありませんか?」
問い詰めるように姫の瞳を覗きこむ。
焦っているのか、瞳孔が縮んだり広がったりしている。
(うわっ……)
強気でいながらも声が震えている。
自分より強者が目の前にいるのにも関わらず強がる女性にはロクな人はいない。
正直、苦手な類である。
「ふんっ! ゴブリンなんて所詮は死んで当然の生き物だ。誰が文句言うのか?」
嫌らしい笑みを浮かべながら、姫は僕の背後にいるゴブとリンに向けて言い放つ。
まるで全否定するかのような発言に二匹は頭に血を上らせる。
特にゴブの方が怒りが抑えきれず姫へと近づき、その襟を掴んだ。
「このっ、言わせておけば何も知らないクセに屁理屈を並べやがって……! 俺たちだって必死に生きているんだよ! なのにどうしてこの俺たちが皮肉を言われなきゃいけねぇんだよ!!」
「ひっ、汚い手で触れるなゴブリンが!」
「なんだと! このクソ女がぁ!」
遂に堪えられなくなったゴブが拳を作った腕を振り上げた。
「落ち着いてくれゴブ、あまり激情するとこの女性の思うツボだ」
今にでも殴りかかりそうなゴブを手で制しつつ、ふたたび姫へと質問を口にする。
「もう一つ質問ですが、この村に住まうゴブリン達は一体どこに行ってしまったんですか? どうにも貴方達しか居ないようで気になってしまうのですが。答えてもらってもよろしいですよね?」
「ふんっ、誰がゴブリンのお前なんかに答えるか! 私は姫よ!」
そんなこと言われても、こっちサイドは生憎この人の権力なんて知らない。
なので何をしようが勝手である。
「なるほど、どうやら一筋縄ではいかないようだな……なら強引にでも吐かせてみよう。ゴブ、手伝ってくれないか?」
「えっ、俺ですか?」
コクリと頷きながらゴブにある物を要求する。
それを取りにリンとゴブは小屋から出ていくと、気絶したままの大男と姫、この僕が残された。
「くっ……まさかお前、この私を辱めるつもりなのか? やはり所詮はゴブリン、女性を前にすれば見境なくその性欲で犯そうとする卑劣な下等種族にすぎない!」
すごい言われようだね、うん。
話を聞くかぎりは通常のゴブリンはそんな行為に手を染めたりはしないらしい、強姦をするのはエビルゴブリン限定である。
「ま、どのぐらい我慢できるかは貴方次第ですけど、一体どのぐらい持つのか楽しみで仕方ない」
ガラガラっと、小屋の扉が開かれゴブとリンが入ってきた。
その手には白い何かが握られている。
「ゴブ! 羽!」
「はい!」
その白いものとは『羽』のことだ。
鳥の家畜もいたので、わざわざゴブ達に頼んで取りに行かせてもらった。
さて、コレをどうするか察している者もいるだろう。
姫はそれを両手で二つ、握る僕を目にした途端に顔を青白くさせた。
どうやら気づいたらしい、これから自分に何をされるのかを。
「くっ……殺せ!」
「嫌です、殺すだなんて物騒な」
そこまで過剰な行為をする気はないけど、口を割らないのなら多少は辛い目に合わせて自分の行いの愚かさに気づかせてもらおう。
「やめろ、やめろ、やめろ、やめろぉぉぉぉぉお!!」
さあ、尋問ならぬ自分スタイルの『拷問』開始だ!
数十分後。
女性の瞳は虚ろに変化し、口からヨダレを垂らしながらグッタリしてしまっている。
一目見れば「完全に堕ちたなコレ」と思ってしまう人も居ると思うが、そんないかがわしい事はやっていない。
一言で言うと『くすぐり』作戦。
相手に苦痛をいっさい与えず、笑い疲れさせて吐き出させる作戦である。
実行するのは初めてだが、思ったよりかは上手くいった。
用意してもらった羽で足裏中心にくすぐり回した結果、蝙蝠一族の姫は見た目よりかなり敏感なためか爆笑を披露してくれた。
こっちも笑いたくなるような表情に陥る彼女だったが、時々恐ろしい表情で「殺す」を連発。
少々、恐ろしく思いながらもゴブとリンと共に続行して数十分後、姫はようやく答える気になってくれた。
結論から言うとら今回のゴブリン村占領の理由には人族が大きく関係していて、ゴブリンは巻き込まれたに過ぎないらしい。
だけど姫は言葉を続けた。
この村に到着してゴブリンの姿は元々なかったという。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
ユニークスキルで異世界マイホーム ~俺と共に育つ家~
楠富 つかさ
ファンタジー
地震で倒壊した我が家にて絶命した俺、家入竜也は自分の死因だとしても家が好きで……。
そんな俺に転生を司る女神が提案してくれたのは、俺の成長に応じて育つ異空間を創造する力。この力で俺は生まれ育った家を再び取り戻す。
できれば引きこもりたい俺と異世界の冒険者たちが織りなすソード&ソーサリー、開幕!!
第17回ファンタジー小説大賞にエントリーしました!
異世界転生した俺は平和に暮らしたいと願ったのだが
倉田 フラト
ファンタジー
「異世界に転生か再び地球に転生、
どちらが良い?……ですか。」
「異世界転生で。」
即答。
転生の際に何か能力を上げると提案された彼。強大な力を手に入れ英雄になるのも可能、勇者や英雄、ハーレムなんだって可能だったが、彼は「平和に暮らしたい」と言った。何の力も欲しない彼に神様は『コール』と言った念話の様な能力を授け、彼の願いの通り平和に生活が出来る様に転生をしたのだが……そんな彼の願いとは裏腹に家庭の事情で知らぬ間に最強になり……そんなファンタジー大好きな少年が異世界で平和に暮らして――行けたらいいな。ブラコンの姉をもったり、神様に気に入られたりして今日も一日頑張って生きていく物語です。基本的に主人公は強いです、それよりも姉の方が強いです。難しい話は書けないので書きません。軽い気持ちで呼んでくれたら幸いです。
なろうにも数話遅れてますが投稿しております。
誤字脱字など多いと思うので指摘してくれれば即直します。
自分でも見直しますが、ご協力お願いします。
感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。
貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!
やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり
目覚めると20歳無職だった主人公。
転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。
”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。
これではまともな生活ができない。
――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう!
こうして彼の転生生活が幕を開けた。
最弱スキルも9999個集まれば最強だよね(完結)
排他的経済水域
ファンタジー
12歳の誕生日
冒険者になる事が憧れのケインは、教会にて
スキル適性値とオリジナルスキルが告げられる
強いスキルを望むケインであったが、
スキル適性値はG
オリジナルスキルも『スキル重複』というよくわからない物
友人からも家族からも馬鹿にされ、
尚最強の冒険者になる事をあきらめないケイン
そんなある日、
『スキル重複』の本来の効果を知る事となる。
その効果とは、
同じスキルを2つ以上持つ事ができ、
同系統の効果のスキルは効果が重複するという
恐ろしい物であった。
このスキルをもって、ケインの下剋上は今始まる。
HOTランキング 1位!(2023年2月21日)
ファンタジー24hポイントランキング 3位!(2023年2月21日)
異世界漂流者ハーレム奇譚 ─望んでるわけでもなく目指してるわけでもないのに増えていくのは仕様です─
虹音 雪娜
ファンタジー
単身赴任中の派遣SE、遊佐尚斗は、ある日目が覚めると森の中に。
直感と感覚で現実世界での人生が終わり異世界に転生したことを知ると、元々異世界ものと呼ばれるジャンルが好きだった尚斗は、それで知り得たことを元に異世界もの定番のチートがあること、若返りしていることが分かり、今度こそ悔いの無いようこの異世界で第二の人生を歩むことを決意。
転生した世界には、尚斗の他にも既に転生、転移、召喚されている人がおり、この世界では総じて『漂流者』と呼ばれていた。
流れ着いたばかりの尚斗は運良くこの世界の人達に受け入れられて、異世界もので憧れていた冒険者としてやっていくことを決める。
そこで3人の獣人の姫達─シータ、マール、アーネと出会い、冒険者パーティーを組む事になったが、何故か事を起こす度周りに異性が増えていき…。
本人の意志とは無関係で勝手にハーレムメンバーとして増えていく異性達(現在31.5人)とあれやこれやありながら冒険者として異世界を過ごしていく日常(稀にエッチとシリアス含む)を綴るお話です。
※横書きベースで書いているので、縦読みにするとおかしな部分もあるかと思いますがご容赦を。
※纏めて書いたものを話数分割しているので、違和感を覚える部分もあるかと思いますがご容赦を(一話4000〜6000文字程度)。
※基本的にのんびりまったり進行です(会話率6割程度)。
※小説家になろう様に同タイトルで投稿しています。
2年ぶりに家を出たら異世界に飛ばされた件
後藤蓮
ファンタジー
生まれてから12年間、東京にすんでいた如月零は中学に上がってすぐに、親の転勤で北海道の中高一貫高に学校に転入した。
転入してから直ぐにその学校でいじめられていた一人の女の子を助けた零は、次のいじめのターゲットにされ、やがて引きこもってしまう。
それから2年が過ぎ、零はいじめっ子に復讐をするため学校に行くことを決断する。久しぶりに家を出る決断をして家を出たまでは良かったが、学校にたどり着く前に零は突如謎の光に包まれてしまい気づいた時には森の中に転移していた。
これから零はどうなってしまうのか........。
お気に入り・感想等よろしくお願いします!!
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
魔法王国軍の日常 〜上級冒険者に追放された少女は、レベル0から本気で生き抜いてやると決意したようです〜
たにどおり
ファンタジー
多くの人がギルドに入り、日々様々なクエストを受けて冒険に出かけている世界。平凡な冒険者ティナも、いつか一流になってそんな生活を送るのだと夢見ていた。
だが――――
「12歳で、しかもレベルの低いお前にダンジョンへ挑む資格などあるわけないだろ」
「囮役ご苦労様、ブランドに釣られたガキには良い勉強になったんじゃない?」
その夢は幼い年齢と低すぎるレベルを理由に裏切られ、目前で断たれてしまう。とうとう死すらも考えたティナは、たまたま通りかかった王国軍の女性騎士から入隊を勧められた。
そこから1年、訓練を乗り越え自分の古巣が闇ギルドであったことを知ったティナは、かつてのパーティーメンバーすら超える力をもって闇ギルドや魔王軍、異世界転移者相手に非日常な王国軍ライフを送っていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる