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第6話 「妹の抵抗と逆転」

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 ——怖いなら、兄ちゃんの手を握れよな。



 昔、私のお兄ちゃんは誰よりも優しくて強い人に見えていた。
 父親に乱暴される時、いつも守ってくれていた。
 母親に殺されそうになった時も手を握って、一緒に逃げてくれた。

 外の世界は弱肉強食だ。
 一人では絶対に生きてはいけない。
 二人で一つだと、お兄ちゃんは怖がりな私を包み込んで言い聞かせてくれた。

 それなのに、いつからか兄は変わった。
 まるで別の何かに取り憑かれたように、父親のように乱暴になり母親のように口調が荒くなっていった。

 優しさも温かさも何処かに消えてしまったのだ。

 人を殺すことに迷いはなく、自分の利益になるのなら手段を選ばない。
 その度に心が痛くなる。
 やめて欲しかった。
 それでも声を出さずにいた。
 もう彼をただの悪者にしたくない。

 優しい頃のあのお兄ちゃんに戻ってほしかったのに。
 目の前でまた、人が死んだ。

 外道のような笑みを浮かべる兄の手によって。

「感謝しろよなビカラ。本来ならコレがてめぇの役割で、運良くあいつが付いて来てくれたおかげで死なずに済んだんだ」

 兄は近づき、泣き崩れる私の髪の毛を引っ張り強引に自分の方へと向かせられる。

「だから泣くなって。笑えよ、ホラ」

 頬を引っ叩かれた。
 兄は加減を知らない。
 口の中が切れ、唇から血が流れてしまった。

「もしかしてテメェ……長年苦楽を共にしてきた俺よりも会ったばかりのアイツの身を心配しているじゃねーだろーな?」

「だって……だって……」

「ホラ、はっきり言えよ屑が」

 また頬を叩かれる。
 さすがの私も堪えきれず、堪忍袋の尾が切れてしまう。

「あんなに私に優しくしてくれた人なんて居なかったから! お兄ちゃんのように乱暴をするような人じゃないしアナタなんかより、あの人の方がよっぽど優しかった!」

 初めての反抗に口が滑らかになっていた。
 ずっとずっと溜め込んでいた怒りが曝されていく。
 その光景には流石の兄でさえ動揺していた。

 私がこんな事を言うだなんて微塵も思っていなかったのだろう。
 いつでも自分の思い通りになる、ただの道具だと勘違いしていたからだ。

 
 ——— 嫌なら嫌と言ってもいいんだぞ。


「私のことなんか、もうほっといてよ!!」

 この人ことなんて、もうお兄ちゃんとは呼びたくなかった。

「嫌い、嫌い! 大っ嫌い!」

 私はシャドラにやられた分、殴り返す。
 屈強な肉体をもつシャドラだから効かないとは分かっていたが、感情のまま殴り続けた。

「消えて! アナタの顔なんか見たくない! 私の前から消えて! 消えてよ!」

 喉が枯れるほど訴えた。
 森を響くほど叫んだ。
 溜まりに溜まった想いの数々が抜けていく。
 涙もさらに流れでてきた。

「うっせぇな、耳障りなんだよ」

 左脇腹を剣で刺された。
 痛みのあまりに絶叫しそうになったが、抜け落ちるぐらい歯を噛みしめて我慢しながらシャドラから離れようとする。

 だけど運悪く途中でつまずいてしまう。
 地面に倒れ込み、膝を打つ。

「……ひぃっ!」

 シャドラは私を殺そうとして追いかけてきた。
 ゆっくりと、ゆっくりと距離を詰められる。
 まるで、いつでも殺せるから楽しませろと言わんばかりに。
 明確すぎる殺意に怯えて、動けなくなってしまう。

 シャドラは私の前に立つと、剣を振り上げた。

「今ならまだ許せるぜ? 命乞いしてみろよビカラ」

 シャドラの甘い囁きに耳を塞ぐ。
 それでも私の答えは曲がらない、ハッキリと告げる。

「嫌だ!」

「なら死ねよ」

 剣が振り下ろされる。
 これが私の最後の抵抗。
 やっと言い返すことが出来たことに満足する。
 だけど後悔はあった。
 自由になれなかったこと、ただそれだけだ。






「——よく言った、ビカラ」

 私とシャドラの間に一筋の閃光が割って入ってきた。
 重々しい金属音、眩い火花が間に発生する。

 目の前に現れた人物が、私の命を刈り取ろうとしたシャドラの剣を受け止めていた。

「なっ! なんでテメェ……生きてんだ?」

 後ろ姿で誰なのかはすぐに分からなかったが、優しく微笑みながら顔をこちらに向けてきてくれた途端に私は安心感を覚えた。

 落下したはずの、魔女様の従者が助けてくれたのだ。





 ————




 周囲の人間を陥れなければ自分の立場を確立できない奴ほど、醜い者なんてこの世にはいない。

 アビゲイルさんに渡された筒の中には天災の魔素に備えた解毒剤が入っていた。
 落とされる前に飲み込み、効果が発揮されるまで待つ。

 毒が全身に回って仮死状態になるまで耐えるしかなかったが、あまりにも効き目が遅くて本当にあの世に逝く寸前だった。
 だが結果的に助かったので良しとしよう。
 またアビゲイルさんに借りを作ってしまったが、やはり凄い人だ。

 シャドラが先ほど説明した天災の魔素の回収方法を彼女が知っていたからこそ、願われて最初から誰かが犠牲になることを知っていたのだ。

 それだけではない。
 支度していた時に解毒方を短時間で調べ、アビゲイルさんはすぐに解毒剤を完成させて渡してくれた。

 後は「お前次第だ、私の騎士よ」とのことだ。
 シャドラの目的以外、見透かしたところで何もかもが解決したわけではない。

 奴と剣を交え、勝たなければ終わらないのだ。

「幸運にも助かって、俺の剣をたった一発止めただけで粋がってんのかよ。どうやって助かったかは知らねぇが殺せば問題ねぇな!」

 ビカラを抱きかかえ斬撃を回避する。
 無傷で済み、一旦シャドラから距離を離して安全な場所へとビカラを置く。
 そして再びシャドラの元へと戻ろうとした俺にビカラは慌てた様子で言った。

「気をつけてください。シャドラはああ見えても……れっきとした『聖騎士』ですから油断は禁物です」

『聖騎士』
 かつて俺が目指そうとした最高の騎士の称号をシャドラは持っていたのだ。
 あり得なさすぎる、それでもビカラが嘘をついているようには見えなかった。

 それが事実なら今まで俺のしてきた事とアイツが同格だというのか。
 いや、断じて違う。

 俺とアイツが同格なわけがない。
 いくら聖騎士の称号を得たとしても、その本質から逸脱した行動をする奴には相応しくないことを証明してやる。

次で、決着だ。

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