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第13話 「優しいご主人ちゃま」
しおりを挟む私の名前はエリアス。
ドレイって呼び方をされているけど、それじゃ不便《ふべん》だからご主人様に名前をつけてもらった。
言葉はあまり聞きとれない。
耳が悪かったからだ。
ドレイになったとき、悪い大人たちがそれを理由にいじめてきた。
服を脱がされ、鞭《むち》で何度もぶたれた。
手も、腕もナイフで何度も切られた。
痛いって言ってもやめてくれなかった。
ごはんも、あまり食べさせてくれないせいでいつもお腹がすいていた。
うるさいからぶたれ、服も着せてくれなくて、眠るときも寒かった。
お風呂にも入れなくて体がだんだんと臭くなっていくと、虫がたくさん集まってくる。
泣いても、泣いても、それでも誰も助けてくれなかった。
お父さん、お母さんも死んじゃったから味方がいない。
暗い部屋の中で苦しい想いをしながら何日経過して、ある日ご主人様と出会った。
最初はなにを考えているのか分からない顔で声をかけてきたけど耳の悪さのせいであまり聞こえなくて、またぶたれるんじゃないかって怖くなったけどご主人様は脱いだ上着を寒がっていた私にかけてくれたのだ。
お腹をすかせた時も、たくさんご飯を食べさせてくれた。
ドレイの私に対して毛嫌いするような目を向ける怖い大人からも、ご主人様は守ってくれて、私がいるから迷惑をかけたのに励ますように頭を撫でられた。
悪いひとばかりだと思っていた。
———
エリアス。
『忠信の契り』は両方が魔族ではなければならないという条件はない。
主人が魔族であり、従者が人族でも成立する。
けど、まだ契りを交わすのは早い。
彼女はまだ若い、敬意を表することの意味をまだ理解できない年齢である。
そのため常にそばにいてあげなくてはならない。
そうだ、領地を与えられたことだし最初の住人にするのもいい考えなのかもしれない。
早朝の運動を終わらせ魔王城内のある部屋に訪ねる。
「ほーい、なにかようかねー?」
書斎のような場所。
とても散らかっており声の主が、床に無造作に置かれていた本の山の中から出てきた。
白衣を着ている猫耳だ。
名前はハカセ、性別は女性。
首都ヴラッティアでも最も賢いと言われている獣人族であり、魔王城内の研究員の一人である。
「おやおや、これは珍しいお客さんだ」
「頼みごとがあって来たんだが、時間はあるか?」
「ないと言ったら嘘になります~」
「それじゃ邪魔するぞ」
床に落ちている本をさけながらハカセの元まで歩いた。
「昨日、奴隷を買ったんだ」
「ほう……奴隷ですと」
「まだ幼い方で、まともに教育を受けさせてもらえなかったせいか言葉もロクに話せないし通じない。酷く暴力を受けていたから、そのショックも原因だと思ったのだが」
「ふむふむ」
「俺ではとうてい治せはしない。悪いがハカセ、協力をしてくれないか?」
「私はカウンセラーじゃねーぞ」
「ああ、重々理解している」
ハカセが考え込む。
「けど言葉ぐらい教えてやってもいいぞ。記憶をとりもどすまで面倒を見るが条件付きだぞー」
物事を軽視しているような、どうでも良い感じのハカセだが実際はお人好しな人だ。
頼みごとを断ることがあまりない。
まるでルーディンのように。
「今度、飯おごってもらうぞ」
「お安い御用だ、新鮮な魚がだされる店に連れてってやる」
「私ゃ、肉の方が好きだ」
肉なら倉庫の干し肉を食べばいいものの、やはり鉄板の上で焼いてもらうやつのほうが美味だ。
ルーディンの前世ではパーティーにはよく出ていたが何故か小さかった。
やはり豪快に食べたいものだ。
———
「………!?」
エリアスが部屋から消えていた。
ちょうど肉を買って帰った時、自室で待っているように言ったのだが姿がない。
すぐにサリエルのいる玉座に向かう。
他の配下や従者、使用人たちがどう思うかは分からないが緊急事態だ。
街に降りれば他の魔族に襲われかねない。
彼女は人族だ、魔族の敵である。
「おい! サリエル!」
「げっ!」
変わり果てた姿のエリアスが立っていた。
サリエルやその他の使用人に囲まれて、固まっていた。
ドレスにお化粧。
長かった前髪が切られ、赤い瞳がはっきり見えるようになりルーディンの声が聞こえた途端にエリアスは勢いよく振りかえった。
「あっちゃ、サプライズのつもりだったのになぁ」
サプライズ?
なんのことかと問いただそうとしたその時。
恥ずかしそうに頰を赤くしたエリアスが上目遣いでルーディンを見て、小さな声で告げた。
「ご主人ちゃ……さま……どうで……ちゅか? 可愛いで……ちゅか?」
奴隷だったとは思えない、とても可憐で高貴な姿に変身を遂げたエリアスに唖然としてしまう。
別人かと思ってしまうほとだ。
人族の大陸でもっとも美しいとされている聖女と並ぶぐらいか、それ以上の美貌をもつエリアスに魔族の皆も釘付けになっていた。
「うむ、可愛いぞエリアス」
ルーディンは慣れない様子で答えた。
エリアスはきょとんと驚きながらも、褒めてくれたご主人様に対して満面の笑みを浮かべるのだった。
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