魔王を生かしたことでパーティの密告によって死刑された英雄—じつは魔王に惚れられ蘇生してくれたので結婚し、順風満帆な人生を送りたいと思う—

灰色の鼠

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第12話 「奴隷差別」

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「………へ?」

 テーブルに並べられた豪華な料理に奴隷少女はぽかんとした表情を浮かべていた。
 七面鳥、パスタ、オニオンスープ、パン、プディング等々、一般では手をだし難い料理に困惑するのも無理もない。

 ルーディンを贔屓《ひいき》している料理店なので勘定はなし。
 遠慮なく色々と注文をした結果テーブルが埋まってしまったのだ。

「………」

 待てと言われている犬のようだ。
 腹を鳴らしながら奴隷少女は食べてもいいと許可をもらうまで食べようとはしなかった。

 ルーディンは奴隷少女の首ナプキンかける。
 上着が汚れないためにだ。
 食事が終わったら次は服を用意しなければ。

「なにを遠慮している? 好きなように食べてもいいんだぞ」

 キョトンとする奴隷少女。
 自由に食べてもよいということが無かったのか、ルーディンの言葉にはかなりの衝撃を受けた様子だ。

「……いい、の?」
「お前のために用意されたんだぞ。俺にはそれを口出しする権利はない。だがスプーンやフォークをしっかりと使うこと、無理せず食べることと、ちゃんと頂きますとご馳走さまを言うよう心掛けろ」

 あまり子供にとやかく言いたくないが、ロクな教育さえ受けさせてもらえなかった奴隷少女をこのままにはできない。

 それなりの作法を教えこむことが将来のためになると判断したまでだ。

 けど、やはり理解してくれなかったのか素手で料理を食べ始めてしまった。

 注意をしなければとルーディンは奴隷少女の方へと向くが、いままでの人生の中でもっとも良い食いっぷりだった。
 珍しくルーディンは顔がほころばせた。

 喉につまらせ、水で流し込む。
 何日ぶりの食事なのかはルーディンには見当もつかなかったが、今回だけは好きなように食べさせるのだった。

「たんと食べるんだぞ」

 奴隷少女の汚れた口元をハンカチで拭う。

 不思議そうに上目遣いで見られるが、奴隷少女は少しだけ嬉しそうに笑っていた。




 ———





 幼いくせに平らげたのだった。

 魔王城に戻ろうとすると、やはり止められた。

「人間をお連れになるだなんて、それも薄汚い奴隷を……どういった風の吹き回しでしょうかルーディン様?」

 ちょうど魔王城の正面門で待機していた魔王を警衛《けいえい》する近衛兵隊長ラファが訝しい顔を奴隷少女に向けていた。

 魔王サリエルの決めたことに口出しする権利がないため反感をしてこなかったが、彼もまたルーディンという存在をいまだ認めていない一人だ。

「神聖な場所に人間は入れられませんよ」
「……ううぅ」

 奴隷少女が怯え、ルーディンの背後に隠れる。

「人間への偏見、差別的発言はサリエルが毛嫌っていただろう。近くで護衛しているのなら理解していたかと思ったが」

 ラファが目を細める。

「規則に従っているだけだ………」
「人間性を無視した侮蔑が規則とは、近衛兵隊長殿も陰湿な方なのですね」
「黙れ」
「黙らない、ここを通してくれないのならな」
「もともと人間だった分際がこの俺を舐めるな!」

 剣が抜かれる。
 国内での問題こそ規則違反だ。
 敵というのなら容赦をしない。

 奴隷少女に遠ざかるようジェスチャーする。
 その動作の意味が通じたのか奴隷少女は不安そうにしながら頷き、数十歩ほど下がった。

「魔族だから偉いのか? 奴隷だから小汚いのか? 人間だから悪なのか? 違う、何でもかんでも差別化しようとする貴様が間違っているんだ。生き様の尊さを理解しようとしない、孤独な思考しかできない貴様に同情するよ」

「貴様! ぶっ殺してやる!」

 宣言通り、剣を思いっきり振り下ろされた。
 刃で確実に斬り殺すつもりの勢いだ。

「近衛兵の隊長だけあって、いい剣筋だ」

 指で剣の切っ先を受け止める。
 そして拳を握りしめる、のではなく突くような構えでラファの溝落《みぞお》ちに叩きこんだ。

「がはっ!?」

 電撃でも迸ったかのようにラファの身体が震えた。
 身体が頑丈であることを見越して、強めの突きを命中させたのだが常人なら貫通ものだ。

 無論、そのような威力を身に受けたのが魔族であろうと耐えるのは不可能。
 近衛兵隊長のラファが膝から崩れ落ち、地面に倒れた。


 周囲に野次馬が集まる。
 ルーディンは溜息を吐きながら、倒れたラファを他の兵に医療施設に送るよう頼んだ。

 見守っていた奴隷少女は唖然としていた。
 自分に対して敵意と侮蔑《ぶべつ》をむけていた魔族が、主人であるルーディンにねじ伏せられたのだ。

 奴隷である、自分を想ってのことなのか。
 それともせっかく買い取った奴隷という道具を傷つけられるのが、ただ単に不愉快だったのか。

「怖がらせたな、すまない」

 手をさしだされる。
 まさか自分のせいで迷惑をかけてしまったから叩かれるのではないかと恐れた奴隷少女は頭を隠して身を低くした。

 だが、予想とは真逆だ。
 頭を優しく撫でられたのだ。
 ルーディンも少しだけ照れ臭そうにして、顔をどこかに向けていた。

「お前は俺が買った奴隷だ。他人になにか言われたり迫害を受けたりしたら必ず守ってやる、約束だ」

 ルーディンはなにかを言っていた。
 言語力がまだ浅い奴隷少女にとって、なにを言っているのかはまだ理解できない言葉だ。

 だけど自分を酷く扱ってきた他の人とは違う魔族であると理解していた、優しそうだった。

 それと、温かった。




 ———





 城を徘徊していたサリエルと遭遇した。
 どうやら執務室での仕事をサボっており、秘書や使用人に探されているらしい。

「おっ、なんじゃその可愛い娘は!」
「さっき買った奴隷だ、今日からは俺の所有物だ」
「おお! さすがは余の婿! 見る目があるのぉ!」

 反対されるかと思ったけど想像以上に奴隷少女がサリエルに気に入られた。

 すっかりペットのように可愛がってる。

「おい、まだ水浴びもさせていない」
「そうか! なら余が入れてくるぞっ!」
「ダメだ、俺がやる。お前は加減を知らないから傷をつけられたら困るのは俺だ」
「むぅ、ケチな奴じゃな」

 サリエルの背後の、角の方から複数の影が接近していた。

「あ! サリエル様がいたぞー!!」

 サリエルの追ってだ。
 それも百人は超える数の魔王城の住人たちだ。

「イヤじゃ! 毎日机の上で仕事は飽き飽きじゃ!」
「魔王様なんだから誰よりも仕事をするのが、あなたの役目でしょうが!」

 ついに追い詰められた。
 そう思った矢先、サリエルはすぐそばの壁を叩き隠し扉を出現させた。

「隠し扉!?」
「フハハハハハハハ! さらばじゃ余の自由を縛ろうとする愚かな者たちよ!」

 隠し扉に飛び込んだサリエルが高笑いをしながら、ゆっくりと扉を閉めた。

 獣人族であろう執事の一人が得意の嗅覚力でみんなを先導して、隠し扉に逃げこんだサリエルを追いかけるのだった。






 ———






 広い入浴場の端っこ。
 ルーディンは奴隷少女の背中を流していた。

 やはり、酷い扱いを受けてきただけあって背中は痣だらけ、腕は切り傷だらけだ。

 幼い子供は力が弱い。
 だからこそ好き勝手にするのだ。

 こういう虐待的な行為に興奮する輩が世の中にいると思うだけで吐き気がする。


「………」
「痛かったら言うんだぞ」

 奴隷少女はこっちには振り返らず、小さく頷くだけだった。頬が赤い、子供だろうと恥ずかしいのだろう。

「………あ……の」

 小さな声だが怯えた様子はなかった。
 心の隅でルーディンが悪い人ではないことを認識したからかもしれない。

「あり……がと……う」

 奴隷少女は不器用ながらも告げた。
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