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第8話 「花婿修行・後編」
しおりを挟む祭り日和でもない曇りの空。
人々は戦争でも勃発したのではないかと勘違いするほどの大群が南門に集結していた。
魔王の国に何用かと君主自身が憤怒する状況だったが、なぜかと大歓迎ムードだった。
「こっちは昼寝しようとしてんのに朝っぱらからギャーギャーうるせぇんだよ! 頭おかしいだろ! 黙って俺を寝かせろーーー!!」
魔王軍の精鋭の一人、暗黒に活きる者『グレイス』
部屋に立て篭ることが生き甲斐の魔族が叫ぶ。
窓に響きわたるその声を聞き、誰しもが「あの引き籠りじゃん」と呆れた。
「って! え、なになに!? 想像以上に沢山集まっているんですけどぉお!!」
グレイスが外の光景を目撃して絶句した。
当然のような反応で本来なら彼にはこれを抑制する義務があったが、おそるおそるとグレイスは全開にしていた窓をゆっくりと閉め、安寧と安堵の世界へと回帰していった。
(あ、俺そういうの良いから……成り行きで魔王軍では最強って呼ばれてるけど……あんなの無理だし普通。国が滅んでも俺の引き籠り生活が終わらなきゃ良いことだけだし、構うものでもないか。いや、これはべつに言い訳ではなく正当のあるスタンスでいようと辿り着いた結論なので逃げ腰とか論外だから、お願いだから誰も俺の静寂と平和を荒らさないでね、お願いだから)
引き籠りは大人しく巣へと。
それこそが世の中の摂理の一つ。
揺るがぬ想いがあるからこそ一人で居られる。
自分の役割を全うするグレイスはまさに『暗黒に活きる者』呼ばれるに値する存在、
なのかもしれない。
門まで出向いたルーディンは改めて間近にした各国の戦力に心躍らされるような昂りを、脊髄まで感じたいた。
目の前には
体が震えている。
武者震いなのかもしれない、しかしルーディンを見た魔族たちは嘲笑うように言った。
「おーい、これぐらいの大群じゃ魔王様は怯みさえしねーぞ。そんな臆病じゃ魔王様の隣に立つ資格なんかねーぞ」
それが恐怖に対しての震えである、と魔族たちが勝手に解釈していた。
普通の人間なら確かに腰を抜かしている場面だ。
眼前には様々な種族の猛者が集まっており『万物鑑定』の魔術で見渡す限り、全員が規格外の強さを保有していた。
古来から魔力を身に宿すだけある。
全員が上位クラスの戦闘力を誇っていた。
「おい貴様ら! 言葉を慎め不敬者どもが!」
門の先頭で魔術師のロゼッタが声を張り上げた。
後から知ったことだが彼女も魔王軍の幹部の一人らしい。
『魔王国の幹部は七大使徒と呼ばれており、魔族随一の強さに並ぶ力を持っている者のみに与えられる光栄ある称号』
魔王直属の部下ともいえる。
怒りっぽいあの男、リーネスも幹部の一人だった。
『魔王』魔の大陸、魔族たちの君主。
『七大使徒』ロゼッタやリーネスのような幹部のことをいう。
他にもまだまだ勢力が存在するがルーディンはいま、そんなことを考えていられるほど暇ではなかった。
一万もいる種族が自分に敵意を向けているのだ。
たしかに人族だった男が、復活して魔王の婿になる。少数派の人間しか納得してくれないだろう。
ましてや魔王軍は一度の敗北を味わっている。
人族の軍勢によって、恐ろしさが根付けられているため嫌悪する理由も分かる。
「悪いが門番」
「ひっひぃい! ど、どうかしましたか!」
状況のせいで門番が怯えていた。
「ここにいる魔族のどの種がいるのか教えてくれないか。一眼見ただけでは獣人族なのか長耳族なのかが分からないんだ」
「そうですね………一番奥側にいる巨体」
門番が指差すのは一際目立つ巨躯をもった人型の魔族の集団だ。
「魔族の中でも最も背丈のある種族『巨人族』です」
「特徴は?」
「大喰らいで毎年のように資源不足に悩まされているそうです、巨体ですから」
次に門番が指を指したのは長耳の魔族たち。
「そこの美男美女が『長耳族のエルフ』です」
「特徴は?」
「胸がまな板に等しいことしか………ひっ!」
門番が禁句を口にした途端、エルフの女性陣たちの方から無数の矢が飛んできた。
幸い全部が足元に落下していったが、それが警告であることは言わずとも感じ取れた。
現にエルフたちは養豚場の豚を見るような目でこっちを見つめているのだ。
「それと獣人族、体毛に覆われているのがチャーミングポイント。身体能力ならここにいる他種族を凌駕する」
魔術や概念能力関係なしの脳筋肉系。
言われてみれば他の種族よりも獣人族の方がよっぽど筋肉がついていた。
「あとは……」
蝙蝠族、ドワーフ族、小人族、等々、知識が妙に深い門番が種族らを全員紹介してくれた。
総勢一万だ。
それを理解した上でルーディンは門をくぐり抜け、自分を待っていた魔族たちの目の前に立ちはだかった。
「おいおい、本人が直接お出ましとは勇敢だな……それともただのバカなのか」
「魔王様をだましてるんじゃない?」
「俺らを滅ぼそうとした人族を信用できるか!」
聞き捨てならない。
信用はべつにされても、されなくても特に問題はないが騙そうとしているだと?
「誤解をするのも、その辺にしろ」
異論のあるような声に魔族たちが鎮まりかえる。
まるで気に障ったかのようにルーディンは苦虫を噛んだような、渋い表情をしていた。
そして、一言放った。
「騙されているのはお前らではない、俺だ!」
キョトンとするのは先頭にいたエルフ達。
柄の悪そうな連中に見えるが、堂々とした軍人《いくさびと》のようにも見える。
しかし、唖然とするその表情は間抜けそのものだ。
ルーディンはゆっくりと自分の存在に対して抗議をする一万もの魔族の先頭部分に近づき、どこか悲しそうな表情を浮かべた。
「労働に見合う報酬は期待できない、城内もそこらが崩落しているせいで遠回りの移動はしょっちゅう、なにより料理こそが最大の試練といっても過言ではないだろう」
「おいこら、魔王城の料理人をどさくさに冒涜するな」
若そうなエルフがおそるおそる言った。
「いや、料理人は良い。腕は一流だ、文句はない………けど問題は妻の手料理にある」
「魔王様の手料理が食べられるとは……なんと羨ましいことか!」
「そうか、ならば手料理なら用意してある。食べてみるといい」
———『貯蔵』解除。
保管していたサリエルの手料理を顕現させると、それを魔族たちに見せつけた。
香りが悪臭、やはり皆が顔を引きつらせた。
「そんなに羨ましいと言うのなら食ってみろ。命の保証はできないが尊敬する魔王様の手料理で果てられるのなら本望だろ? ほら」
近づける、と同じタイミングで前方の魔族たちが後ずさりした。
「ほーら、ほーら、ほーら」
珍しくルーディンが楽しそうな表情を浮かべながら、抗議してきた筆頭のエルフを追いかけた。
異物(料理)とルーディンの恐ろしい形相に押され、エルフはだらしのない絶叫を上げながら逃げ惑った。
————
十分後。
手料理はルーディンによって食された。
死にそうな顔をしながらも、手料理に込められた愛情と想いを魔族たちに伝える。
危険を顧みず妻の愛を選ぶ。
その誇り高き戦士に、魔族たちの半分が情を持ち始めていた。
「俺が信用できないのなら強制はしない。しかし、あくまで俺が目指すのは自分の意思で平穏に生きれる場所だ。サリエルも、もう人間とは険悪な干渉はしないと宣言している。首都にいる魔族は全員それに賛同した。本当の平和を実現させるためにもな」
転生する前のルーディンが魔王軍との敵対関係にあったとき、一度だけ勝利をしている。
敗戦を強いられた魔王軍は解体。
中には人族に深い憎しみを抱いているものがいる。
そのため魔王からの支配下から逸脱する者も少なくない。
この『魔の大陸』に目覚めたルーディンが初めて遭遇した集団『とある組織』に所属して『魔王』に反抗する立場になる者もいる。
結果的に。
自分らを敗戦に追いやった『人族の陣営』。
元々、味方だった魔王の指揮する『魔族の陣営』どちらの敵にも回ってしまうことになる。
殺伐とした世界を生き抜くには『決断』がなにより大切だ。
前世のルーディンにはそんな概念は存在していなかった。
人々の願いを聞き入れることだけが営みだった。
だからこそ。
この人生こそが、この新たな命こそが分岐点なのだ。自分の意思をばかりを偽ってきた方向に、ふたたび進む道もある。
だけど今度こそ、決断して生きていこう。
また後悔しないように。
たとえ、復讐をしようと。
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